★★★

八尋がいるのは二年C組。

クラス分けは成績順ではないので、どのクラスも学力的には均等だ。

以前、成績順にしたときに、上位のクラスが下位のクラスを蔑み、発奮するどころか目に見えてやる気がなくなったりしたため、均等にしたらしい。

おかげで帝人とは別の組だ。

英才教育を受け、幼少の頃から天才と言われてきた帝人はろくに授業も受けないのに常に学年一位に居座り続け、八尋が自己最高得点を取ったときでさえ二十点以上の差をつけられていた。

もしクラス分けが成績順だったら、上位成績者に入っている八尋は間違いなく帝人と同じ組になっている。

たまたま八尋のクラスには生徒会の役員が一人もいないため、平穏でいいと喜んでいたのだった。

しかし幼等部の頃からほとんど変わらない顔ぶれということで、二年に上がったその日からもうきっちり派閥ができていた。

家柄や成績、互いの家のしがらみなどでくっついたり対立したりといろいろである。

ここでも八尋はしがらみのなさでどこの派閥にも属さず、またその外見から誘いの声をかけられることもなくひっそりと生活していた。

週末を久しぶりに実家で両親と過ごし、再び始まった緊迫の日々。

両親にはしつこいほど婚約なんてありえないと言っておいたので、帝人との不愉快な会話の数々はなかったことにして頭をリセットした。

いつもどおりの時間に起き、いつもどおり適当に朝食を作って食べ、いつもどおり制服に着替えて授業を受ける。

まったくもっていつもどおりの生活に安堵を覚えつつ、昼休みに購買でサンドイッチと飲み物を買って、八尋は教室に戻ろうとしていた。

昼休みは食堂が混むので、教室で食べることが多い。

クラスメートは今さらジロジロ見ないし、話しかけてきたりしないから楽なのである。

前髪が鬱陶しくてろくに前が見えないから、下ばかり見て歩くことになる。

ぼんやりしていたつもりはないが、いきなり空き教室に引っ張り込まれた。

八尋

――っ!?

まずいと思ってとっさに相手を殴りつけようとした拳は、あっさりと受け止められる。

顔を見てみれば、もっとも顔を合わせたくない相手だった。

八尋

うわっ、エロ会長!

帝人

……ヤリチン会長よりはマシか……?

八尋

なんだって人をこんなところに引っ張り込んだんですか?

帝人

いや、未来の婚約者殿に挨拶をしようかと思ってな

八尋

ありえませんから。あなたと婚約するつもりは、一カケラもありません。そう、一ナノどころか、一ピコもなし

帝人

そこまで言うか

八尋

事実ですから。ところで、ボクに近づかないでください。平穏な高校生活に亀裂が走ります。ボクは三年間、地味に過ごすつもりなんです

帝人

確かに地味だな、その変装。一歩間違うとオタクだぞ

八尋

いいんですよ、別に。おかしな注目さえ集めなければ。素顔を晒してケダモノどもに襲われるより、ガリ勉やオタクと言われるほうが遥かにマシです

帝人

ま、確かにな。お前のその顔は、ここじゃヤバイ。お前の家はしがらみがない分、舐められやすいしな。せっかくの綺麗な顔が隠れるのは気に入らないが、必要な用心だと思うぞ

八尋

その用心も、会長に接触されると台無しなんですけど。エロエロ生活を送っているんだから、それくらい分かるでしょう?

人気投票で選ばれるだけあって、生徒会の面々にはそれぞれファンクラブができている。

中でも生徒会長である帝人のものは人数も多く、過激かつ陰湿だ。

それは帝人が見目の良いファンたちに手を出すからである。

しかも次から次へと節操なしで、なまじ相手をしてもらえるから期待が生まれ、反対に自分が捨てられたり選ばれなかったりすると、暗い情念が湧くらしい。

いつしか、帝人の相手はファンクラブの中の力関係で選ばれるようになった。

帝人自身は性欲を満たすためにしている行為だから頓着しないのだろうが、相手をしてもらおうと近寄る生徒はファンクラブから選ばれていた。

帝人はそのときの気分で抱いたり抱かなかったりするだけである。

その不文律を無視して近づけば、手ひどい目に遭うことになる。

まずは警告。

だが、もし帝人がその生徒の誘いに応じていれば、総勢百名を越す会員からの嫌がらせを受けるのだ。

それでも引かなければ暴行と性的暴力。
映像を使っての脅しなど、手段を選ばない。

幼等部の頃から徐々に形作られてきたファンクラブは今や立派に組織化され、過激に走る傾向にあった。

それが普通だと、決まりを無視して抜け駆けする生徒が悪いのだと思い込み、なんの疑問も抱かない。

それこそ子供の頃から変わり映えのしない面子で育ち、山奥の空間に閉じ込められて、そういうものだとして成長してきてしまった。

八尋

あなたのファンクラブが、一番タチが悪い。ただ話しているというだけで、集団ヒステリーを起こすんですから。こんなふうに二人でいることがバレたら、ボクも餌食ですよ。冗談じゃない

帝人

だから、見られないようにしてやっただろう。感謝しろよ

八尋

アホですか。感謝しろって言うなら、ボクに一切近づかないでください。視界にも入れないでいてくれれば、ものすごく感謝しますよ

本気でそんなことを言う八尋に、帝人はニヤニヤ笑う。

帝人

つれないヤツ。本当に面白いな、お前

そう言って再び腕を掴み、グッと八尋を引き寄せる。

今度はいったいなんなんだと八尋が眉を寄せて帝人を睨みつけると、帝人はそのまま顔を近づけて唇を触れ合わせた。

八尋

―――

キスされ、八尋は目を白黒させる。

唖然としたのも束の間、帝人の舌が歯列を割って侵入してこようとしているのに気がつき、我に返ると同時に思いきりドンと帝人の胸を突き飛ばした。

八尋

ペペペッ。何すんだ、エロ会長! 病気が伝染うつったらどうしてくれる!?

帝人

誰が病気持ちだ。失礼な!

八尋

お前だよ、お前っ。あれだけ節操なくやりまくってるんだから、性病の一つや二つ持っててもおかしくないだろ!

またしても丁寧語が破壊されているのだが、言っている八尋はもちろんのこと、帝人も性病持ち扱いされて気がつかない。

帝人

アホたれ。そんなもん、持っとらんわ。こう見えても俺様は、セーフセックスの男なんだよ。スキンは必ずつけるし、キスだってしない

八尋

はーっ? 突っ込みはするけど、キスはしない? それはそれでサイテー。いくらセフレとはいえ、ただの穴扱いかっ

帝人

据え膳を食って何が悪い。名前も顔も認識していない相手に、生でやるほうが問題だろうが

八尋

いやいやいやいや。問題なのは、名前も顔も認識していない相手とセックスするあんただ。節操がないにもほどがあるから。そんなんでセーフセックスとか言われても、バカバカしくて笑っちゃうわい

帝人

なんでだよ。思いっきり、セーフセックスだろうが。俺が名前も顔も認識していないのは、その気がないからだっ

八尋

いーやーっ、ホンット、最低。そんなことを堂々と言う人間が存在するなんて、信じられないぞ。やることやるんだから、せめて顔くらい覚えてやれっ

帝人

興味ねぇ

八尋

最低男め!

帝人

それでもいいって言うような連中の顔を、俺が覚える必要があるか? そんなプライドのない人間の顔なんて、覚える価値はないね

八尋

………

口元を歪めて言う帝人の表情に、本音が見えた気がする。

確かに、プライドがないと言われても仕方がない。

いくら熱狂的なファンで、少しでも目を向けてほしいからといって、名前も…顔すら覚えていない人間の相手をするなんて、八尋だったらごめんだった。

そんなセックスには、なんの意味もない。

肌を触れ合わせ、体を交わらせる特別な行為が、ただの排泄で終わってしまうのだ。

帝人

俺の周りにはな、そんな連中しかいないんだよ

吐き捨てるような呟きが、胸に突き刺さるような気がする。

八尋は大きく溜め息を漏らした。

八尋

……分かった。確かに、一理あるかもしれない。あいつら、外側だけ見てキャーキャー言ってるし。でも、だからって、納得はしないけど。都合がいいからって利用してるんだから、あんたにだって非はあるだろ

帝人

そうかもな。腹が減ってるところに魚が次から次へと食べてって言ってきたら、普通は食うだろう? それがタイかマグロかハマチかなんて、俺は気にしないし、いちいち覚えてなくても当然だ

八尋

今度は魚扱い!? 食べたのが魚だったら覚える必要ないけど、人間だろ。それにそんなにどうでもいい相手だっていうなら、しなきゃいいのに。男しかいない全寮制なんだから、諦めて我慢するとか

帝人

溜まるだろうが。健康に悪いぞ

八尋

だったら、自分ですれば?

帝人

はー? 自分でなんて、つまらないだろうが。右手が恋人ってか? 八尋、お前、童貞は間違いないよな? 女嫌いって話だし。もしかして、さっきのがファーストキスか? 右手が恋人なんて寂しいだろう? なんだったら俺がやってやるよ

ニヤニヤとだらしない笑みを浮かべながら、手がいやらしく八尋の腰を撫で回している。

帝人

細い腰だなー。こんなんじゃ、俺のマグナムはきついぞー。でも、しっかりトロトロにしてから入れてやるから、安心しろ

八尋

セクハラ会長めっ!

八尋はそう怒鳴ると、膝蹴りを思いっきり帝人の股間に決めた。

帝人

うっ! て、め……っ

八尋

天罰だ!

鍛えようのない急所である。

同じ男の八尋にはそれがどれほどつらいものか分かっていたが、同情はしない。


フフフンと機嫌良く笑い、空き教室をあとにした。

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3|婚約者は俺様生徒会長!?

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