八尋

………

母の言うとおり、八尋は女性が苦手だ。

八尋には姉と妹がいる。

美しく賢い、まさしく才色兼備というのがふさわしい姉。

見た目こそ清楚さを装っているものの、家では外で吸えない分とばかりにタバコを吸いまくるし、下着姿で平気で歩き回る。

風呂上がりなどはバスタオル一枚でウロウロしては、八尋に飲み物や下着を取ってこいと命令するのだ。

そして三歳下の妹の彩花(あやか)は、いかにも末っ子らしい甘ったれだ。

なまじ可愛い顔をしているため、泣けばなんでもお願いを聞いてもらえると思っている節があり、今では自由自在に涙が流せると言っている。

実際、大粒の涙をポロポロと零したあと、ケロリとしてチョコを摘んでいるところを見たことがある。

まだ中学生のくせに二股三股をかけ、バレれば泣いて謝ればいいと思っている。

それは姉も同じで、男たちをいいように扱っているのを八尋はずっと見てきたのである。

顔立ちだけでいえば、八尋の顔は姉妹の二人よりも整っている。

おまけに目元の泣きボクロのせいか、男受けもすこぶるいい。

おかげで二人からは目の敵にされ、恋人はもちろんのこと、普通の友人でさえ八尋には会わせないようにしていた。

姉妹だけではない。

人形めいた綺麗な顔立ちと、やたらと男にモテるせいで、八尋は女の子からは嫌われっぱなしだった。

幼稚園で一番女の子に人気のある男の子が八尋のことを一番可愛いと言ったり、お遊戯会でお姫様役を割り当てられたりしたからだ。

気の強い女の子から「オカマみたい」と言われ、乗っていたブランコから突き飛ばされたこともある。

小学校に上がってからも、いつもニコニコしていて可愛いと言われていた女の子が、八尋の筆箱をゴミ箱に捨てるところを見たりもした。

イジメといえば普通は悪ガキをイメージするものだが、八尋は女の子からしか苛められたことがない。

裏表の激しい姉と妹に、やはり裏表の激しい他の女の子たち。

女という生き物がどれだけ残酷で、笑いながら平気で嫌がらせをするか身をもって体験していた八尋が、女嫌いになっても当然のことかもしれない。

中には八尋に好意を向けてくれる子もいたが、そのときには八尋はもうすっかり女性不信になっていた。

だからどんなに良い子だと思っていても、女性に対するちょっとした恐怖心が相手を拒絶するのだった。

それに対して男からの秋波に関しては「うざい、見るな」と言うくらいで、襲われたときでさえ「何すんだ、こらぁ」と手厳しく撃退するが、そこに嫌悪感はない。

母もそれを知っているので、男相手のほうが受け入れる可能性があると考えたらしい。

八尋

……男相手にどうにかなるくらいなら、一生一人のほうがいい……

そんなの寂しいわよ

八尋

寂しくて結構。大体、息子にホモを推奨する親がどこにいる!?

あら、これも親心よ。異性がダメなら、同性でもいいから心が寄り添う人を見つけてほしいっていう親の愛が分からない?

八尋

愛は、もう少し違うところで発揮してほしい。ボクをあのホモ校から助け出して、一人暮らしさせるとか。家事は一通りできるんだから、問題ないと思うけど

とんでもない。八尋が一人暮らしなんてしたら、間違いなく襲われるわ。今は周り中が狼だらけだと思っているから気を張っているのだろうけど、気を抜いたらすぐに前髪をかき上げたりしちゃうでしょ?

八尋

それは、つい…鬱陶しいんだよ、これ

アメリカにいたときも、せっかく前髪と眼鏡で隠しているのに、気を抜いては男の人たちに目をつけられていたわよね

八尋

うっ……

痛いところを突かれ、八尋は言葉に詰まる。

この前髪は、ひどく鬱陶しい。

眼鏡で防御しているおかげで目の中に入ることはないが、前がよく見えないのでイラつくのだ。

だから人がいないところでつい髪をかき上げては、うっかり誰かに見られたりした。

そのたびにトラブルになったが、所詮は親元だ。

どこかでなんとかなると考えていたが、今は危険な寮生活なのでうっかりは一度もしていない。

八尋

あ、あれは、アメリカだからで……。こっちでは、誰にも見られてないし。一人暮らししても、充分気をつけるから

どうかしら。寮と違って、気を抜きそうな気がするけど。それに八尋、あの高校だからこそ一年半もがんばれたと思うのだけど

八尋

………

確かに、「ホモ校、危険、危険」と常に警戒していた。

これが普通の男子校で、多少はそういう傾向の生徒がいるといった程度の高校だったらポロポロとミスした可能性は高い。

あなた、わりとうっかりさんだから。世渡りも下手だし。頭は悪くないし、努力家でもあるけど、世間の荒波を器用に乗りきるタイプではないわね。思うに八尋は、誰かに愛されて守られるのが合うと思うのよ

八尋

いや、一人で荒波を乗り越えるつもりだから

無理だと思うわ~。八尋、自分が女性に嫌われるタイプだって分かってる? 女はね、自分より男受けする男なんて大嫌いなのよ。それは、彩花たちの態度を見れば分かるでしょう?女性を敵に回して生きていくのは、なかなか大変だと思うけど。もともと社交的なわけでもないし、家でヌクヌクしていたいタイプよね?

その言葉に、帝人が納得といった感じで頷く。

帝人

ああ、猫みたいに。そういやお前、見るからに猫タイプだよなぁ。いろいろな意味で

ニヤニヤと笑うその顔を殴ってやりたいと思う八尋だ。

あの高校には通っていれば、「ネコ」にはもう一つの意味があり、同性同士のセックスでの受け身をいうのだと知っている。

帝人がそのことをあてこすり、からかっているのだと分かるから、八尋の怒りも増す。

もともといい印象を抱いていなかったのに、実際に会ってみたら反発しか感じない。

男と婚約なんていうとんでもない話を、なぜこうも呑気に笑っていられるのかと思うと、イライラは募る一方だ。

同じ立場のはずなのに、帝人は助け舟にはならない。


しかし、この場には帝人の父もいる。

多岐にわたる企業を束ねる、鷹司家の総帥だ。息子が男と婚約するのを認めるとは思えなかった。

八尋は一縷の望みをかけ、帝人の父に問いかける。

八尋

鷹司さんは、反対されないんですか?

そうだね…反対だったよ

八尋

……過去形?

いくら帝人の行状が最悪だといっても、男の子と婚約はね……。しかしこのまま大学に進めば、一人や二人じゃない女の子が妊娠したと押しかけてきそうだし。そこで私と妻は、帝人が夢中になれる子なら、男でもかまわないという結論に達した。そして妻は、キミならと言ってきたんだよ

その言葉に八尋は夫人のほうへと視線を戻し、戸惑った表情を浮かべる。

八尋

いや、でもボク、鷹司夫人とはお会いしたことないと思いますけど

ふふ…八尋ちゃん、本当に気がついていないのね。アメリカの孤児院で何度か一緒にボランティアをしているのよ

八尋

……孤児院?

ええ。八尋ちゃんは、お母様に連れられて。食事の世話をしたり、遊び相手になったり。十五歳以下の施設だったから安心して前髪を上げて、何人かの男の子たちにプロポーズされていたわよね

八尋

……思い出しました。……って、ええっ!? もしかして、ミセスマリーですか?

そうよ。鷹司茉莉花(まりか)。あのときは鷹司ではなく、ただのマリーとしてボランティアに参加していたのよ

八尋

でも、マリーはTシャツとジーンズで、ポニーテールで、スッピンでしたよ。今とあまりにも違いすぎるんですけど

子供の相手をするのに、ドレスでフルメイクはおかしいでしょう?

八尋

それはそうですけど……

マリーでいるほうが、いろいろなものが見えるのよ。孤児院の実情とか、パーティーになかなか出てこようとしない中神家の息子さんの素の顔とか。ああ、そういえば一緒にボランティアをしてくれていたゴツイ男の人たちは私のボディーガードだったのだけれど、四人のうち二人が八尋ちゃんにのぼせ上がってしばらくうるさかったわ。本当にモテるのねぇ

男の人に…という言葉を呑み込んでくれたのは、おそらく茉莉花の好意だ。

しかしできれば聞きたくない情報だったと、八尋は肩を落とす。


ふうっと、大きな溜め息が漏れる。

八尋

……なんだか、いろいろありすぎて頭が混乱してます……

そうでしょうねぇ。無理もないわ。ゆっくり考えてちょうだい

ああ、私も、キミたちが互いに好き合うようなら、異存はないよ。八尋くんはとても可愛らしいしね。何より、帝人にのぼせ上がっていないのがいい

妙に寛大な鷹司夫妻に、八尋は泣きそうだ。

いくら母親同士が結託しても、せめて帝人の父には、男同士で婚約など絶対に反対だという態度を示してほしかった。

八尋

……意味が分かりません

これからが楽しみということだよ

八尋

………

ますますもって意味が分からないと眉を寄せて黙り込む八尋に、これで話は終わりとばかりに帝人の母がチリンチリンと手元にあった鈴を鳴らした。

それじゃあ、お食事にしましょうか。学校の料理も美味しいらしいけど、あそこでは食べられそうにない料理をお願いしたから

八尋

はぁ……

頭の中で整理しなければいけない問題が多すぎる。

とりあえずこの場で婚約が決定したわけではなさそうだし、八尋は断じて了承するつもりはないが、両方の親が乗り気というのは非常に問題だった。

おまけに、当事者の一人である帝人は当てにならない。
それどころか、面白がって頷きかねない恐れもあった。

八尋

なんで、こんなことに……

それでなくてもあんな高校に入れられて、毎日を緊張して生きているというのに、これ以上の厄介事を実の親が持ち込むという現実に眉間の皺が深くなる。

ここにはいないが、八尋の父だって賛成しているに違いないのだ。

フツフツと込み上げてくる怒りにどうしてくれようかとグルグル考えていると、ノックの音とともにコースの最初の料理が運ばれてくる。

見た目に美しく、手の込んだオードブル。

育ち盛りの八尋はそれを見た途端怒りを忘れ、さすがに高校の食堂とは違う料理に目を輝かせる。

有名なお坊ちゃま校だけあってとても高校の食堂とは思えないような美味しい料理を出すが、それでもやはり大人数が相手なので細部の飾りにまでこだわるのは難しい。

せっかくだから美味しく食べたいと思った八尋は、とりあえず目の前の問題を脇に置いて料理を堪能することにした。

ナイフとフォークを手に取って、前菜を口に運ぶ。

八尋

あ、美味しい……

そう? よかったわ。ふふふ…可愛い顔をして

うむ、可愛い

思わず眉間の皺を消してニコッと笑ってしまった八尋を、双方の親がともに微笑ましそうに見つめている。

しまったと思って慌てて表情を引き締めるが、メインは魚と肉、しかも松阪牛と聞いてついつい頬が緩んでしまう。

美味しい料理を前に不機嫌な顔を維持するのは難しい…などと考えながらせっせと手を動かしていると、帝人がからかいを込めた視線を送ってくる。

帝人

そんなに旨いか?

八尋

美味しいですよ

帝人

だろうな。そういう顔をしてる。ところでお前、俺と同じ年だって言ってたよな? なら、なんで妙に丁寧な喋り方してるんだ? 他の連中と違って、俺のことを崇拝してるわけじゃないだろう?

八尋

崇拝とか、ありえませんから。自分でそういうことを言うのも、理解不能です。ボクのこれは、あなたと親しくなるつもりはありませんっていう意思表示ですよ。普通の友達みたいに喋って、馴れ合いたくありませんので

帝人

つくづく面白いやつだな

八尋

普通です

帝人

いや、面白い。気に入った

八尋

気に入らなくて、結構です。はっきり言って、迷惑なので

睨みつけながらきっぱりと言いきる八尋に対し、帝人はゲラゲラと笑う。

帝人

受ける~。お前、いいな。一声かけただけで尻尾を振る連中には、いい加減飽きてたところなんだよ。気の強い美人って燃えるよな

八尋

……迷惑っていう言葉の意味、分かります?

帝人

分からん

八尋

じゃあ、教えてやるっ。ボクにかかわるな、喋りかけるな、一歩たりとも近寄るなっ……ていう意味ですよ

帝人

笑えるな~。最後だけ付け足しで丁寧語っていうのが、また受ける

八尋

うるさいっ

迂闊だった部分はしっかり揚げ足を取られ、八尋はますますカリカリする。

あら、まぁ、すっかり仲良くなって

楽しそうねぇ

帝人があんなふうに笑うところを見るのは久しぶりだな

あからさまに喧嘩腰の八尋に、それを面白がっている帝人。

そんな二人を見た親たちの感想は、どうにも理解できないものだった。

八尋

仲良くありませんからっ。思いっきり、気が合いませんからっ

怒りのままオードブルの残りを口に放り込み、ろくに味わわずに飲み込んでしまう。

八尋

ああ、しまった。もったいない……

身に染みついた庶民感覚が、贅を凝らした料理を無碍に扱ってしまったことを惜しむ。

とりあえず帝人に何を言われても耳を貸さず、無視して料理を堪能することだけに意識を集中しようと決意する。

八尋

心頭滅却すれば、火もまた涼しい……?

なんだか用法が間違っているぞと思いつつ、八尋はジッと目の前の皿を睨みながら早く次を持ってこいなどと考えていた。

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2|婚約者は俺様生徒会長!?

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