★★★

山の中腹にある、全寮制男子校。


金持ちの子息が通うことで有名なこの名門校は、中等部から全寮制となる。

名目上は団体生活と社交性を身につけるためとされているが、本当はおかしな遊びを覚えさせないためだ。

夜遊びやドラッグから遠ざけるだけでなく、金持ちと見て群がる女性たちを近づけないという意味合いも大きい。

彼らの未来はある程度決められている。

今現在婚約者がいないからといって、自由に相手を選んで結婚できるわけではない。

―――釣り合いの取れた結婚を。

―――互いにメリットのある相手を。

そう簡単には抜け出せない山の中の寮で、周りは幼等部の頃から見知った顔ばかり。

家の格や資産、親同士の付き合いなどを理解し、自分がこの狭い関係の中でどういうポジションにいるのか嫌でも意識せずにはいられない。

それでも生徒はそれなりに高校生活を楽しんではいたが、ここでの失敗は自分だけのことではすまない。

家にまで及ぶ可能性があるのである。

だから失敗してはいけないという思いが根底にある、窮屈なものでもあった。

中神八尋(なかがみやひろ)は現在、高校二年生。

中学に当たる三年間はアメリカで育ち、高校になってまた日本に戻ってからの入学だった。

一貫教育ならではの利点を生かし、全国的に見ても非常に学力レベルが高くなっているため、外部から入学してくる生徒は珍しい。

当然八尋は初めのうち注目の的だったが、その容姿からすぐに興味は逸れていった。

癖のない真っ黒な前髪が目を覆いつくし、おまけに黒縁のゴツイ眼鏡。

鼻や頬には派手にソバカスが散っていて、この高校で尊ばれる「格好いい」「可愛い」「美しい」といった要素からはほど遠かった。

おまけに八尋自身もまったく愛想がなく、生徒たちの輪の中に加わろうとしなかったため、あっという間にクラスメートたちも無関心となる。

そんなわけで八尋は編入してからの一年間は生徒たちの中に埋没し、平穏な日常を送っていたのである。

夏休みをアメリカで両親たちと過ごし、迎えた秋。
珍しくも週末に、母親から呼び出しがあった。

外泊届けは出してあるから、出てきなさいと言う。

ホテルで食事をするから、ラフすぎない格好でという注釈つきだった。

八尋はきちんとしたシャツにパンツ、それにジャケットを羽織って寮を出る。

母が寄越した迎えの車の中で、八尋は長くて鬱陶しい前髪をかき上げ、眼鏡を外して用意された布で顔を拭く。

八尋

ふうっ……

茶色のメイク用ペンシルで書かれたソバカスは消えてなくなり、現れたのは黒い髪、黒い瞳の人形のような美しさを持った少年だった。

前髪で隠されていた目は綺麗なアーモンド型で、濡れたように潤んでいる。

左目の下には泣きボクロがあり、小さなこれが八尋に妙な艶を与えていた。

高すぎず低すぎず形のいい鼻の下には、ピンク色に艶めく唇がある。

本人には非常に迷惑な話だが、まだそこかしこにあどけなさを残す八尋は、どうにも人の欲情を煽る容姿をしていた。

ほとんど変装に近いこの格好はアメリカにいたときからなので、年期が入っている。

とにかく男受け、外国人受けする容姿をしている八尋は、次から次へと猛アタックされるのに辟易して前髪を長く伸ばし、必要もないのに不格好な眼鏡をかけるということを始めた。

八尋

大和撫子って、なんだ。ボクは男だっての。意味もよく分からんくせに、使うんじゃない。能天気なアメリカンめ。東洋の真珠なんて言葉は女に言ってやれっての

この変装をするようにしてから、とりあえずアタックしてくる男は少なくなった。

たまに、何かの拍子に垣間見た素顔に惚れる男がいるくらいだ。

その代わり、「不細工なチビ」とか、「野暮ったいジャパニーズ」と嘲られることはあったが、八尋は自分に害のある人間はやり込める主義なので、面と向かって嘲笑してきた相手に対しては得意の舌戦でへこましていた。

この高校に入学してからもそれは同じである。

中学からずっと男ばっかりの全寮制、きっとアメリカにいたときより危険は大きいに違いないと思っていたら、あまりにも予想どおりだったからちょっと笑えた。

教師から事務員に至るまで異性は一人も存在しないため、必然的に思春期の興味は同性へと注がれる。

ここでは見事に同性愛がスタンダードになっていた。

結局、日本に帰ってもこの鬱陶しい格好をやめることはできず、八尋は友達作りを諦めてひっそりとした寮生活を送っているのだった。

男に襲われるかもしれない危険と闘うより、不細工な眼鏡っ子として周囲に無視されるほうがずっと楽だ。

いかにも暗そうな外見といい、苛められる要素はたっぷりでも、実際には苛められていない。


学年で常に五位以内に入っている八尋の成績は、八尋を嘲笑する生徒たちへの牽制になっている。

それに前髪の長さに加え、キューティクルが輝く妙に艶々している黒髪が外見の不気味さに拍車をかけるらしい。

迂闊なことをすると呪われそうだと思われているようで、わざわざちょっかいを出してくる生徒はいなかった。

おかげで無視はされてもイジメはないのだから、八尋にとっては平穏そのものに思える高校生活である。

車は延々山道を走り続け、八尋は靴を脱いで後部座席で寝に入る。

着きましたよと起こされたときは、完全に熟睡モードだった。

八尋

んー…上野(うえの)さん、寝癖ついてない?

小さい頃から中神家の専属運転手をしている上野は八尋にとって馴れ親しんだ相手で、だからこそ安心して眠れるし口調も甘えたものになる。

すでに壮年へと突入している上野は、クスクス笑いながら言う。

上野

大丈夫ですよ。いつもどおり、とても可愛らしいです

八尋

……嬉しくない

上野

奥様は、最上階にあるフレンチレストランでお待ちになられてます

八尋

分かった~。じゃあ、行ってきます

上野

いってらっしゃいませ

両親はとても忙しいし、街まで行くのも面倒だから、こういう賑やかな場所に来るのはとても久しぶりだ。

八尋は服に皺ができていないか確かめ、ホテルに入っていった。

エレベーターはどこだろうと見回していると、すぐにホテルマンが飛んでくる。

場所を聞くと快く案内してもらえ、にっこり笑って礼を言えば顔が赤くなって八尋の顔に見惚れる。

八尋

……やっぱり、日本の男も要注意

一人になったエレベーターの中で、八尋はふうっと溜め息を漏らした。

最上階に着いたので降りると、店は捜すまでもなく目につくところにあった。
入口で名前を言うと、個室へと案内される。

ランチには遅めだが、ただ食事をするのにわざわざ個室を取るのは珍しい。

不思議に思った八尋だが、中に足を一歩踏み入れ、驚きの声を上げる。

八尋

ゲッ! ヤリチン会長!?

中には、母の他に三人いた。

母と大して年齢の変わらなさそうな夫婦らしき、やけに顔の整った男女と、八尋がいる高校の生徒会長である。

あら、いやだ。帝人(ていと)ったら、そんなふうに言われているの?

かなり失礼な発言にもかかわらず怒ることなく、コロコロと笑いながらそんなことを言う女性に、生徒会長である鷹司(たかつかさ)帝人が目を吊り上げて怒鳴る。

帝人

言われてねぇ! なんだ、お前は。よく俺様に向かってそんなことが言えるな

八尋

事実ですから。この手の呼称は本人の耳には届きにくいものですが、陰では実際に言われていますよ

帝人

……マジでか?

八尋

はい

きっぱりと頷く八尋に、帝人は舌打ちをする。

帝人

チクショウ。どこのどいつだ、そんなこと言いやがるやつは

八尋

一部の、ホモだらけの状況にうんざりしている常識的な生徒たちです。外界から隔離して息子たちを守っているつもりなんでしょうが、おかげで校内ではホモが大繁殖。個人の自由だから四の五の言いたくありませんが、だからといっておおっぴらに盛るのはいかがなものでしょう? 生徒会室や視聴覚室はラブホテルではないはずですが

帝人

……なぜ知っている

八尋

有名ですよ。生徒会の仕事をろくにしないで、ところかまわず盛っていると。顔と家柄の人気投票でなった生徒会長だから、仕方ないのかもしれませんけどね

帝人

お前、顔のわりに毒舌だな

呆れたように言う帝人に、八尋は硬い表情を崩さない。

八尋

事実を事実として言っているだけなのに、毒舌なんて言われたくありません。毒舌に聞こえるのは、あなたの素行に問題があるからだと思いますよ

帝人

いや、充分毒舌だろ。俺様相手にそんなこと言うやついないぞ

八尋

それは、会長があの高校で特別視されているからでしょう。顔と家柄があれだけ重視される高校って、珍しいと思いますけど。普通、人気投票で生徒会役員を決めますかね? 一年で生徒会長って、変でしょう?

帝人

……お前、うちの高校なのか?

八尋

そうですよ

帝人

おかしいだろ? お前みたいな綺麗な顔をしたやつがいたら、俺が知らないはずない

八尋

うわっ、最悪。さすがヤリチン会長の発言

帝人

それ、やめろ

八尋

ヤリチン会長?

帝人

その顔で、ヤリチンなんて聞きたくないっての。せっかく綺麗な顔してるんだから、可愛くしてろ

八尋

あなた相手に可愛くするつもりは毛頭ありません

フンッと鼻息も荒く言いきる八尋に、それまで黙って見ていた八尋の母が、クスクスと笑いながら言う。

話が弾んでいるところ悪いのだけれど、八尋、とにかくお座りなさいな。そこで立っていられると落ち着かないわ

八尋

弾んでない

しっかりと否定しながら、八尋はしぶしぶ母の隣に座る。


目の前には生徒会長の鷹司帝人。

見ていたい顔ではないので視線を逸らすと、帝人の隣に座っていた女性と視線が合った。

八尋

こんにちは。もしかして、会長のお母様ですか?

ええ、そうよ。こんにちは。息子がヤリチン会長なんて言われているなんてねぇ。素行に問題があるのは知っていたけど、恥ずかしい限りだわ、本当に

八尋

あの、おかしな高校の弊害ですよ。中学から外界と切り離して生活させるなんて、間違ってます。おまけに、家同士の妙なしがらみもあるし。恐ろしく窮屈な場所ですよ、あそこは

その中で、うちの息子は伸び伸びしすぎて……。複数の男の子たちと、節操なく関係を結んでいると聞いたときの親の気持ちが分かるかしら? 最悪としか表現のしようがないのよ、本当に

八尋

はぁ…お察しします。……ところで、これってどういう集まりなんでしょう? 母から、鷹司さんのお名前を聞いた覚えはないのですが

あら、そうなの?

八尋

はい

説明を求めるように母のほうを見ると、母は微笑みながら言う。

前々から親しくお付き合いしていたのよ。お互い、アメリカと日本を行き来しているし、とても気が合ってね

八尋

そうなんだ…それで、ここにボクが呼ばれたわけは?

一秒でも早くこの場から立ち去りたい八尋は、とにかく用事をすませてしまおうと考える。

帝人とその両親がいる以上、ただのランチではないと嫌でも気がついたからだ。

八尋の母と帝人の母が顔を見合わせ、目配せしたあとで口を開いたのは帝人の母だった。

八尋ちゃんにお願いがあるの

八尋

はぁ……

帝人と婚約してくれないかしら?

八尋

はっ!?

予想もしなかった言葉に、八尋は目を見開く。

それからムムムッと眉を寄せ、首を傾げながら聞き直した。

八尋

……すみません、今、よく分からない日本語が……

婚約よ、コ・ン・ヤ・ク。許婚、エンゲージ。もちろん、行く行くは籍を入れる方向で

八尋

………。おっしゃっている言葉自体は分かりましたが、意味が分かりません。いつから日本では男同士で結婚できるようになったのでしょうか? それとも、会長は実は女性とか? 男と偽って男子校に潜り込んで、淫ら極まりない生活を送っているんですか? だからあんなに相手かまわずなんですかね?

もちろん本気で言っているわけではないが、これがやけに受けた。

自分の息子が皮肉られているというのに、帝人の母と、それまで黙っていた帝人の父まで楽しそうに笑う。

はっはっはっ。百八十センチもあるゴツイ娘を持った覚えはないな

そうよー。嫌だわ、こんな娘。帝人は正真正銘男性で、八尋ちゃんも男性。だから八尋ちゃんには鷹司家の籍に入ってもらって、正式な婚姻ではなく養子という形の事実婚になるのだけど

八尋

……やっぱり、意味が分かりません

混乱する八尋を、帝人がニヤニヤしながら見ている。

それにムッとして、八尋は文句を言う。

八尋

会長は、こんなバカな話を了解したんですか?

帝人

いや、お前と同じで、なんの説明もなしに連れてこられた。男同士で婚約なんて、思いきったこと言うもんだよな

八尋

感心してる場合ですか。当事者のくせに、他人事みたいに言わないでください。婚約なんて冗談じゃないって、会長も思うでしょう?

帝人

いや、まぁ、そうなんだけどな。お前を見て、少し気が変わった。いくら男同士とはいえ、この俺との婚約を嫌がるなんて珍しいよな

八尋

あの高校ではそうかもしれませんけど、ボクは普通ですから。ごくごく、普通。なので、男との婚約なんて断固拒否します。第一、どうしてそんな話を持ってくるかな?

ギロリと母を睨むが、母は肩を竦めて言う。

だって八尋、女性は苦手でしょ? 女の子と恋愛が無理でも、一生一人でいるのは寂しいじゃない? 鷹司さんの息子さんみたいに素敵な子なら、一緒にいて楽しいんじゃないかと思って。幸い同じ高校で、年も同じだしね

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1|婚約者は俺様生徒会長!?

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