「ンメェェェ…………」





私のヤギの鳴き声が

部屋中に響いた後、

数分間に及ぶ静寂な時間が流れた。





窓の外から爽やかな春風がそよぎ、

私の火照った頬を

優しく包み込んでくれる。





ああ……。



目の前にロッキー山脈があったなら、

私は迷わずヤギに転生して、

駆け上がってゆくだろう。



そして

二度と、この世界には戻らない。





自然と生きる!





……と、言うか、



フォローしてくれるんじゃ

なかったっけ?

執事さん達よー。



皆、お茶を飲んだり

アクビをしているんじゃないよ!





「あ……。

 先程の羊の鳴き声、

 もしかして、さち子さんが

 声帯模写をしていたのかな?

 本物の羊が

 この部屋にいるのかと思って、

 驚いてしまったよ」





竹田先輩が必死のフォローを

入れてくれた。



さすが優しさ王子!

優しさが溢れているよ。



羊ではなく、

ヤギの物真似だけどね。





「さち子さん。

 先程の羊の物真似は、

 どうすれば出来るの?」





梅田先輩。





興味を持ってくれたのは嬉しいけれど、



この物真似、



王子様の世界では利用価値が

皆無かと思われます。





「あ、いえ。

 こんな物真似など

 大した事ありませんから。

 オホホホホ……」





「妹よ。

 折角皆さんが

 興味を持たれているんだ。

 コツぐらい教えて差し上げろ」





黒川ッ!



王子様達は気を遣って

お世辞で言ってくれているんだよ!





こんな空気にしたのも、



元はと言えば



黒川の

呪いのフォーチューンクッキーの

せいですし!





これ以上、

口出ししないでいただきたい。





「わぁ!

 是非コツを教えて欲しいなー」





松田先輩、正気ですか?



こんな物真似が出来たところで、

得られるものは失笑ぐらいですよ?





「サチコ、教えてあげちゃいなYO!」





え?

今、しゃべったの誰?



白石方面から聞こえてきたような

気がしましたが……。





「妹よ。

 ストーン氏もそう言っているんだ。

 早くコツを教えろ」





イタタタタ。


隣に座っている黒川が、

肘で私の脇腹をグリグリと突いてくる。





「は? ストーン氏?」





「妹よ。忘れてしまったのか?

 親戚のホワイト・ストーン氏だ。

 お前が小さい頃、

 オシメまで替えてくれたのに……。

 まあ、無理もないか。

 彼、海外生活が長かったからな」







 ホワイト・ストーン = 白石。





なるほど。

そんな設定だったのか……。

白石、名前が適当すぎる。

バレても知らないよ?





「で……、では。

 皆様の熱いご要望にお答えして

 ヤギの鳴き声のコツを少々。

 まず『メエー』の前に

 上唇と下唇を閉じ

 『ン』の形を作っておきます。

 『ンメエー』ですね」





「ンメエー」





三人の王子が練習を始めた。





「おお。梅田先輩、いい感じです。

 次に『メエー』の『エー』と

 伸ばす部分に、

 軽く『へ』の発音を入れ、

 声を震わせます。

 『ンメヘェェェー』

 この時、市場に売られていく

 ヤギ達の

 光景を思い浮かべながら発音すると、

 よりヤギっぽい鳴き声になりますよ」





「ンメヘェェェ……」





竹田先輩、

目に涙を浮かべながら鳴いている。





いや、泣いているんだ。





売られて行くヤギの光景が思い浮かんで

辛くなってしまったんだね……。



優しさ王子!


アンタ、

正真正銘の優しさ王子ですよ!







しばらく、皆一斉に

ヤギの鳴き声の練習を初めてしまった

ものだから、部屋中がカオスな状態に。



黒川も小声でこっそり

練習しているようだが、

声が低すぎて『悪魔教典』に

載っていそうな

悪魔の笑い声のようだ。





カオス!



どうする、このカオス状態!





「あー、先輩。

 トランプでもしませんか?」





桃の一言が、

カオスな空気を一掃してくれた。



さすが桃!





「ああ。そうだな。

 ストーン氏が

 トランプを持っているから、

 神経衰弱でもしようか」





神経衰弱か……。



カードの場所を記憶するの、

苦手だな……。



ホワイト・ストーン氏が

トランプを切り始めたが、



手からカードがこぼれ落ちては拾い、

また切りながらカードを落とすを

何度も繰り返していた。



恐らく、

ストーン氏の手にはめている

白い手袋のせいで

カードが滑ってしまうのだろう。





「……あの。ストーン氏?

 神経衰弱をするのなら、

 わざわざカードを切らなくても、

 テーブルの上に適当に広げたら

 よいのではないでしょうか?」





「シャーラップ! プアガール!」





何それ?





意味は分からないけれど、

悪口を言われたのだけは伝わったよ。





それにしても白石、

役に入り込むのが上手いな。





私と一緒に芸能界を目指しませんかッ?

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