「く……、黒川。

 き……、来た」





「落ち着け、お嬢。

 青田君が

 三人を玄関まで案内する

 段取りになっているから、

 俺達は玄関で出迎えよう」





「う……、うん」





黒川の背中に隠れながら

玄関に向かう。





…………。





黒川……。





今、気が付いたけれど、

小さな猫の顔が沢山プリントされた

ファンシーな柄のTシャツに

エプロン姿だね……。





執事っぽさの欠片も無い。





玄関に到着すると、

白石と赤井と桃が

既に扉の前に並んでいた。





「白石。

 何故、サングラスとマスクと

 白い手袋をしているのですか?」





白石の隣に立った私は、

小声で白石に声をかけた。





「お嬢の学園の教師が

 執事をしていることなど、

 生徒達に知られたくないからですよ」





白石が小声で返事をした。





じゃあ、

わざわざ出迎えなくてもいいのに……。



知られたくないのなら、

何故わざわざ私が通う学園の

教師になったのか……。





「桃。

 桃は今日、

 女の子のふりをするの?」





「うん、もちろん。

 今日、赤井君とボクは、

 お嬢の友達の設定だからね」





「設定?

 設定があるのですか?」





「え?

 お嬢、台本を読んでいないの?」





「台本?

 そんなもの知りませんよ」





「あれ?

 おかしいな……。

 まあ、
 今日は赤井君とボクがお嬢の友人で、

 黒川君はお嬢の兄であり保護者。

 白石君は海外から戻ってきた親戚で、

 青田君は図々しい使用人の役だよ」





何だ?

その設定。



事前に確認しておくべきだった。



言われてみれば

皆、普段着だ。



執事っぽい格好をしている奴が

一人もいない。





青田の

『図々しい使用人』というのも

少し気になる。





「本当は、
 もっと細かい設定があってね。

 それが面白いんだよ!

 後で台本を見せてあげるから」





何それ怖い。


一体、何をするつもりだ?





「ほら。そこ、静かにしろ。

 青田君の声が聞こえる。

 もうすぐ玄関の扉が開くぞ」





『ギギギィィィ……』





え?



この屋敷の玄関扉って、

こんなにホラーチックな音が

出ましたっけ?



黒川ー。

立て付けが

悪くなっているみたいですよー。



後で直してくださいねー。





玄関の扉が開かれると、

麦わら帽子にジャージ姿の青田が

目に飛び込んできた。



農作業中だったのだろうか……。



長靴を履いているし、

軍手が真っ黒だし、

ほのかに堆肥臭い。



青田なりに

『図々しい使用人』の

格好をしているの?





「お嬢様。

 左から松田様、竹田様、

 梅田様でございます」





青田が紹介する。


松田、竹田、梅田……。



覚えやすい名前よ、

ありがとう。





松田先輩、竹田先輩、梅田先輩は、

それぞれ大きな花束を抱えて、

真っ直ぐ私の方へ向かって来た。





「さち子さん。

 本日はお招きいただきありがとう。

 楽しい時間を過ごせたらいいな」





三人の王子が

笑顔で私に花束を差し出した。





「お……、王子……」



この世に……。



屋敷に殿方を招けば、

花束がいただけるというシステムが

あったのですか?



花束など、

人生で初めていただきました。



感動!





「あ、あの……。

 よくジャージ姿の私が、

 さち子だと分かりましたね。

 桃の方がお嬢様らしいのに……」



「ああ。

 さち子さんからいただいた

 手紙に同封されていた写真に、

 マジックで注意書きがあったからね」





黒川が書いたのか……。



何と書いたのだろう。



見てみたいような

見たくないような……。





「さあ。

 松田君、竹田君、梅田君。

 応接室に案内しよう。こちらだよ」





黒川が

三人の王子様を部屋に案内する。



黒川は私の兄役なのか……。



私も黒川に合わせて

妹役をしなければならないのかな?





「青田。

 この大きな花束どうしよう。

 ずっと持っていた方が良いのかな?」





「いや。

 ずっと持っていたら邪魔になるよ。

 折角だから

 僕が玄関に生けておいてあげる。

 後は任せて」





「さすが青田。

 お願いします」





黒川に促されるまま、

私達はソファーに座った。



三人がけのソファーの真ん中に

黒川が座り、

黒川の左側に桃、

右側に私が座らされた。





何故、

黒川が王様みたいに

なっているのか……。





テーブルを挟み、

対面して置かれている

三人がけのソファーには、



松田先輩、竹田先輩、何故か青田、

梅田先輩が座らされ、

少々窮屈そうにしていた。





両端に一人がけ用のソファーが

あるのだが、


桃の側のソファーには

赤井が座り、

私の側のソファーには

白石が座った。





……何故?

何故、

黒川達まで参加しているの?



これでは女二人に男七人で、

非常にバランスが悪くないですか?



いや。

実際は女一人に男八人なんだけどね。





うー、ど緊張。





黒川は

ファンシーなTシャツを

着ているくせに、

腕組みをしてソファーで

ふんぞり返っているので、

威圧感が半端ない。





三人の王子様が萎縮して、

しばらく沈黙が続く。





「そうだ。

 妹がクッキーを焼いたので

 食べていただけるかな?」





黒川が口を開いた。





「あ、はい。

 いただきます。

 さち子さんが焼いたクッキー。

 楽しみだなー」





松田先輩が返事をすると、

青田が頷いて立ち上がった。





「ちょっと

 ごめんなさいよー」





青田が

竹田先輩と松田先輩を跨いで

キッチンへ向かう。





青田よ……。



動くのなら、

最初から一人がけのソファーに

座っていた方が

良かったのではないだろうか。





三人の王子様に、

青田が畑仕事の際に付けた

ジャージの泥が

付きそうで、

ハラハラしちゃうよ。



青田は

黒川手作りのクッキーと

お茶を持って来た後、


またもや

松田先輩と竹田先輩を跨いで

ソファーに腰を降ろした。





…………。





これが青田なりの

『図々しい使用人』なのだろうか……。





「さち子さん、

 クッキーを焼いたりするんだ。

 可愛いね」





梅田先輩がクッキーを一つ取って、

私に笑顔を向けた。





「え?

 いやー。あー。ふへへ……」





しまった!



緊張しすぎて変な笑い方をしてしまった



「美味しそうだね。

 いただきます。

 さち子さん、

 右手の甲が少し赤くなっているような

 気がするんだけど……。

 もしかして、クッキーを焼く時に

 怪我をしたのかな?」





竹田先輩。

そんな細かい事に気が付くなんて……。



王子!

貴方は優しさ王子ですよ!





「いえ、これは……。

 まあ、うん。

 当たらずしも遠からず

 というところですかな。ハハハ!」





本当は、

黒川が焼いたクッキーを

つまみ食いしようとして、

ハエ叩きで叩かれた跡なのですが。





「あれ?

 中に何か入っているようだけど……」





松田先輩が

クッキーを一口かじって、

何かに気がついた。





クッキーを丸ごと食べず、

少しずつかじって食べるところが

王子様ですな。

上品王子。





「これは

 フォーチューンクッキーと言って、

 中に占いのようなメッセージが

 書かれた紙が入っている。

 妹がよく

 お茶目なメッセージを

 入れてくるんだ」





黒川が説明をする。





へえー。

フォーチューンクッキーか……。



だから、

つまみ食いを

させてくれなかったんだね。





皆、

口から巻き紙のようなものを

マジシャンのように

デロデロと出した。





巻き紙が長いッ!

長すぎるッ!





「僕のメッセージは何かな?

『今日出会った人と結ばれる』」





「僕のは

『今日、貴方の目の前に

 女神が現れる』」





「僕は……。

『今週中に告白しなければ

 汝に災いが訪れる』」





ヒィッ!



三人の王子様が

固まっていらっしゃる。





黒川、

何故メッセージを

毛筆で縦書きしたの?





巻き紙もクッキーと一緒に

所々焼けていて、

まさに怨念!



呪いのメッセージに

なっていますよ!





「あー。

 僕のは

『この中でタイプの子を発表せよ』

 だって」





青田……。


何故お前も参加した……。





「この中で……、って。

 男でも女でもいいわけ?

 そうだなー……」





青田、

真剣に答えるな。


女は私しかいないだろう。





「ハハハ。

 うちの妹は

 本当にお茶目さんだから!」





何?

この黒川のどや顔。



『作戦大成功!』

みたいな顔をしているけれど、

大失敗だからね!





「妹よ。

 お前のメッセージは何だったか?」





「え? 私も?」





口から巻き紙を

デロデロと出してみると



『隣にいる人と接吻。

 場所はお任せ☆』



と書かれていた。



…………。




隣に座っているの、

黒川なのですが……。





何の罰ゲームですか?







「モッシャー!」



「あッ! 妹よ。

 紙まで食っちゃ駄目だろう。

 吐け!

 吐かなければ呪われるぞ」





黒川の作った巻き紙に

呪いの効果などあるものか!





「さあ吐け!
 
 吐き出せー!」





黒川が私の背中に

左斜め上、

四十五度の角度から

小刻みにチョップを

入れてくる。





イタタタタ……。


でも吐かない!


意地でも吐かないからね!





「ンメェェェ……。

 モッチャモッチャ」





私は、

宴会芸の十八番である

ヤギの物真似をしながら、

巻き紙を噛み砕き、

飲み込んだ。





このクッキー。

他の奴らに当たらなくて良かった。



当たったら大惨事だよ。



見る方もやる方も、

誰も得をしない。





幸い、巻き紙は

黒川愛用の

自然素材で作られた

高級和紙で出来ているので、

食べても害は無いだろう。





ただ、

このヤギの物真似が


私にとって

どれだけの損害を

与えてしまったのかは

計り知ることが出来ない。

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