「ぐっは。苦しいィィ。

 息が……、息が出来ない。

 死ぬ……。助けて……」



「お嬢、落ち着いて。

 水を飲んだらいいよ」



「青田……。

 こ……、こんな状態で、

 どうやって飲むのですカハッ!」



「ストローがあるから、

 少しずつ飲んで」



「ワッカリマシタ……、ゴハッ!」



私は黒川に背中を擦られながら、

青田が持つ

グラスに入った水を

ストローで飲んだ。



「どうだ?」



「あ……、はい。

 少し落ち着きました。フゥー」



私が畳の上で

うつ伏せのまま寝転んでいると、

他の三人が目を覚ました。



「あ。もう年が明けている。

 明けましておめでとう。

 ……って。

 何でお嬢が倒れているの?」



「期限切れのカップラーメンを

 意地汚く食べて、むせたようだ」



「ふーん」



「お嬢。

 目と鼻と口の全てから

 ヨダレが出ているじゃないですか。

 新年早々、

 嫌なものを見せないで下さい」



「白石。

 それが、つい先程まで

 生と死の狭間で闘い続けた

 人間に対する言葉ですか?

 闘う人間は皆、尊いものですよ。

 それに、

 私の目や鼻から

 ヨダレは出ませんから」



私は畳の上で

うつ伏せになったまま、

静かに白石を説き伏せた。



「先程まで

 生と死の狭間にいたわりには、

 よく喋りますね」



「シャラップ! 白石」



「はいはい。

 年も明けたことだし、

 新年の挨拶をして

 一旦お開きにしよう。

 お嬢、起き上がれる?」



青田が、

うつ伏せ状態の私を

起こそうとした。



「嫌だ。起きない。

 このまま

 放っておいてください」



「またお嬢がごね出した。

 一体何がしたいんだ?」



「付き合いきれませんね。

 さっさと

 新年の挨拶を済ませて

 退散しましょう」



五人の執事が、

うつ伏せで寝転んでいる私を囲み、

正座をした。



「明けましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願いいたします」



五人が

寝転がっている私に向かって

深々と頭を下げる。



「…………」



恥ずかしい……。


これは何の儀式ですか?

私は生け贄ですか?



あ。でも、


あと2人と、

素敵な王子様が揃えば


私、白雪姫っぽくない?

うふふ。



「お嬢。

 お前も挨拶ぐらいしろ」



「あ……、

 明けましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願いいたします」



「よし」



いいの?


うつ伏せのままで挨拶したけれど、

本当にいいの?





私はそのまま

大広間に敷かれていた布団まで

黒川に引きずられていった。



黒川様、

畳の目が地味に痛いです。



「じゃあ、お嬢、またねー」



コタツやテレビや

部屋の明かりが消され、

皆が大広間から出ていった。



……寂しい。



私が楽しみにしていた正月って、

こんな感じだったっけ?



まあ、いいか。


お正月の楽しみは、

まだまだ沢山ありますからね。

ぐぅー。





夢の中で、

私は黒川と

チョモランマ登山をしていた。



チョモランマ?

エベレスト?

ヒマラヤ山脈?



ん?

黒川、

違いが分からないので

教えて下さい。



夢の中の黒川は、

何も答えず

ひたすら笑顔で登っている。



……まあ良い。

富士山よりもスケールが大きい。



澄みわたった空に、

一羽の大きな鳥が飛んでゆく。



コンドル?

鷲?

鷹?


黒川、あの鳥は何ですか?




黒川が

「ハゲ鷹だよ」と微笑む。



そうか……。

ハゲ鷹か

縁起の良い夢と

微妙にずれているな……。



二人で力を合わせて山の頂上へ。




おおッ!

美しい朝日……。



黒川がナップサックから

カセットコンロと

ナスビを取り出す。



何?

今から焼きナスを作るって?


カセットコンロが着火しない?


ん?

空気圧?

危険?

ボルケーノ?


…………ボルケーノ!



「ヴォルケェーノォォー!」




「お嬢ー! 目を覚ませー!」


「ハッ! ……夢!」



目を覚ますと

目の前に赤井がいた。



「赤井、

 助けてくれてありがとう」



「は? 何が?

 黒川君が、

 早くお嬢を起こして

 朝食の準備を手伝わせろと

 言っていたから、

 起こしにきただけだ」



「赤井。

 私は先程まで、

 黒川とチョモランマで

 ナスビがボルケーノな

 初夢を見ていました」



「色々問題のありそうな夢だな……」



「赤井の初夢は何でしたか?」



「俺は見ていないな……。

 夢って、見る人の欲望や

 願望や不安に思っている事が、

 そのまま現れるんじゃ

 なかったっけ?」



「じゃあ、私の夢は?

 黒川と

 チョモランマナスビで

 ボルケーノには、

 一体どんな欲望が

 隠されているのですかっ?」



「そんなの知るか。

 黒川君に聞けよ。

 それより早く着替えて

 朝食の準備をしようぜ」



「ハイ」



着替えるため、

自分の部屋へ行く途中、

シルクパジャマ姿の青田に

出くわした。



「お嬢、おはよう。

 早く着替えないと、

 もうすぐ朝食の時間だよ」



「青田もパジャマのままだけど……」



「僕は朝食後、

 着物に着替えるから、

 このままでいいよ」



「ふーん。

 ところで青田は、

 どんな初夢を見ましたか?」



「んー?

 畑のトマトが

 大豊作だった夢かな」



「夢でも現実でも

 畑の事ばかり……。

 つまらない人生ですな」



「放っておいて」



自分の部屋で着替えて、

顔を洗ってキッチンへ向かうと、

カウンターに

豪華なおせち料理が

並べられていた。



「凄い!

 黒川、

 これ全て手作りですか?」



「ああ。

 既製品も入っているが、

 大体作れそうなものは

 自分で作った」



「食べるのが勿体ないですね。

 あ、黒川。

 今年の初夢は

 黒川とチョモランマナスビで

 ボルケーノだったのですが、

 黒川の初夢は何ですか?」



「ちょっと待ってくれ。

 新年早々、

 お嬢が発している言葉が

 何語かすら分からなく

 なってきたのだが、

 これは俺が年を取ったから

 なのだろうか……」



「黒川が

 年老いてしまったことなど、

 どうでも良いです。

 初夢は何だったのかを

 聞いているのですよ」



「夢か……。

 真夜中に、

 急に喉が乾いて

 真っ暗な廊下を

 一人で歩いていると、

 今まで見たこともなかった

 隠し扉を発見して……」



ヒィ……。

ホラーですか?


本格的に怖い話が

始まりますよね?



黒川の低音ボイスが

怖さを一層引き立てる。


私が耳を塞ぎながら

ドキドキしていると、

黒川がニタリと笑った。



「その扉を

 開けるか開けまいか

 随分悩んだのだが、

 思いきって開けてみると……」



「あ……、開けてみると?」



「お前が隠していた

 大量のテストがゴッソリ出てきて、

 それに押し潰されたところで

 目が覚めた」



「…………」



黒川……。

疲れているんだね……。



「お嬢、

 雑煮の餅は何個入れるか?」



「三個!」



「食い過ぎだ。一個で良い」



最初から一個にするつもりなら、

なぜ聞いた。



「ほら。お前の雑煮だ。

 こぼさないよう持って行け」



「ハイ!

 ……あ!

 キャラクターカマボコが

 三枚入っている!

 黒川、

 昨日の約束を

 忘れていなかったのですね」



「当たり前だろう」



「黒川ラブ! 黒川ラブ!」



「…………」



大広間のコタツの、

昨日、黒川が座っていた席を

確保すると、


白石達がおせちを持って現れた。



「白石。

 白石の初夢は何でしたか?」



「もう最悪でしたよ……」



「何? 何?」



「お嬢が

 突然ギネスブックに

 名を残したいと言い始めて、

 一時間の間に

 どれだけヨダレを垂らせるか

 挑戦しようとするから、

 全力で阻止する夢でした」



白石も

かなり疲れていますな……。



「でも……。

 夢の中なら

 少しぐらい応援してくれても

 よかったのにな……。

 新たな才能を開花させる、

 良い兆しだったかもしれないのに」



「いえ。

 あんな才能、

 全く役に立ちませんからね」



雑煮を食べていると、

黒川がおせち以外の料理を持ってきた。



「お嬢、そこをどけ」



「嫌です。

 座る場所は

 早い者勝ちだと

 言っていたじゃないですか」



「なら良い。俺はここに座る」



黒川が私の真後ろに座った。



「え? 何故そこに?

 おかしいでしょう?

 二人羽織りでもするつもりですか?」



「ここは俺の指定席だ。

 絶対ここに座る」



「こちらこそ、

 絶対動きませんからね!」



黒川が私の頭上で

雑煮を食べ始めた。



「熱ッ!

 汁が飛んできて熱いです。

 頭皮が……、

 頭皮が死んでゆく……」



「ならば

 他の空いている席へ移動しろ」



「意地でも動きませんから!」



この

大人げない黒川と私の陣取り合戦は

しばらく続くのであった。

 

閑話(お嬢と五人の執事)お正月編4

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