黒川が風邪を引いた日、


キッチンに

エプロン姿の白石が立っていた。



私は冷蔵庫からジュースを取り出し、

カウンターにある椅子に腰かけた。



「今日の晩ごはんは

 白石が作るのですか?」



「全く……。

 誰のせいだと思っているのですか?

 どうせ俺達が学校へ行っている間、

 屋敷中をゴリラみたいに

 ウロウロしていたのでしょう?」



「うわー。酷い。

 先生が生徒の事を

 ゴリラと言って良いのですか?

 部屋の外に出る時は、

 ちゃんと白石が用意した

 マスクとゴム手袋を

 装備していましたよ」



「まさか

 黒川君のベッドにダイブして

 いないでしょうね?」



「そんな事をして

 私に何の得があるのですか?

 逆に黒川が

 私のベッドの上で

 飛び跳ねていましたよ」



「え? 黒川君が?」



白石が固まった。


うー、面倒臭い。



「白石、冗談ですよ。

 よく黒川のそんな姿を

 想像できますね。

 真面目か!」



「お嬢。

 今、俺が包丁を握っていることを

 忘れていませんか?」



「……ごめんなさい」



それにしても白石、

滅茶苦茶細かいな……。



わざわざ定規で測りながら

野菜を切っているし、

キッチンタイマーや

計量カップを使って、

寸分の狂いも許さない勢いだ。



料理というより実験ですな。



「白石って……。

 料理が作れるのですか?」



「作った事など一度もありませんが、

 料理は分量と時間と温度さえ

 正確に押さえておけば、

 絶対失敗などしないのです。

 これは科学の実験でも……」



「へぇー……」



また白石の面倒臭い説明が始まった。


何でも科学に結びつけるのは

止めていただきたい。



要するに料理を作るのは

初めてなんだね?



うー。

白石の説明を聞いていると

風邪がぶり返しそう。




こっそり逃げよう。



「あッ! お嬢、待ちなさい」



あっさり見つかった。



「お嬢のせいで

 黒川君が動けないのだから、

 今日は仕事を手伝ってもらいますよ」



「えー?

 私は給料を頂いていないのですよ?

 どちらかと言えば雇い主側ですよね?

 タダ働きなどしたくありません。

 訴えるぞー」



「終わったら

 シュークリームを差し上げますが」



「是非、やらせてくださいッ!」



シュークリームの甘い罠によって、

私は庭掃除を仰せつかった。


一応、病み上がりなんだけどな……。





無駄に広い庭を掃いていると、

青田の声がした。



声のする方へ行ってみると、

青田と赤井と桃の三人がいた。



「三人とも、

 ここで何をしているのですか?」



「お。お嬢か。

 黒川君の為に

 餅をつこうと思って、

 今準備をしているところだ」



「ふーん……」



「お嬢も餅をつきたいか?

 手伝わせてやってもいいぜ」



「いえ。庭掃除があるので、

 遠慮しておきます」



「どうした?

 いつものお嬢なら、

 餅と聞けば即飛びついてくるのに。

 今日はやけに大人しいな。

 熱でもあるんじゃないのか?」



赤井よ。

昨日まで熱にうなされていた

私の姿をお忘れか?



それに今の私は、

爺くさい餅よりも

ハイカラなシュークリーム

の事で頭が一杯なのだ。


三人仲良く

ペッタンペッタンしているが良い。



プププ。





私は三人から離れ、

シュークリームの事だけを考えて、

ひたすら庭を掃きまくった。



フー。いい汗かいた。

大地よ、ありがとう。



さて。

シュークリーム、シュークリーム。



私はいそいそと

白石の元へ報告をしに行った。



「白石の旦那ー。

 庭掃除を完了しましたー」



「うわっ!

 お嬢。全身ドッロドロに

 なっているじゃないですか!

 余計な仕事を

 増やさないでくださいよ」



「あの……。

 シュークリームの約束は……?」



「風呂に入って

 身を清めてきてください。

 その歳で

 泥遊びをしていたのですか?

 頭の中が幼稚園児並みですね」



結構頑張ったのに……。

酷いよ……。





風呂に入ると、

急に怒りが込み上げてきた。



「もうッ!

 皆揃って『黒川君、黒川君』って!

 私が熱を出しても

 大して心配しないくせにッ!

 くっそー。白石め。

 一週間……、

 いや、一ヶ月無視してやる。

 私の『無視無視地獄』に

 泣き叫ぶがいいわ!」





怒り心頭で風呂から上がると、


白石がシュークリームと

オレンジジュースを用意して

待っていた。



「え? 何これ白石。

 期間限定『苺味』の

 シュークリームじゃないですかッ!

 私の為に?

 私の為に

 買い求めたと仰るのですかッ?」 



「お嬢、うるさいですよ。

 黙って食べてください」



「でもッ! 期間限定ですよ?

 滅茶苦茶レアではないですかッ!

 年に一度……、

 下手すれば

 一生出会えないかもしれない、

 幻のシュー・

 クリームゥゥゥーーーッ!」



「あッ!

 興奮しすぎて

 鼻血が出ているじゃないですかッ!

 苺味なのか鼻血味なのか

 分からなくなりますよ?

 昨日、桃が

 プリンを買っているついでに

 買ったのですが……。

 買わない方が良かったですね」



「あッ!

 プリンがあった事を忘れてた!

 わーい。

 シュークリームの後は

 プリンプリン~!」



「だから鼻血を垂らすなー!」



白石に、

両方の鼻の穴に

ティッシュを突っ込まれた。


鼻が詰まっていると、

味が分からなくなるよね……。



「ところで白石。

 今日の晩ごはんは何ですか?」



「サーロインステーキです」



慎重に下ごしらえしていた割に、

肉をジュージュー焼いただけか……。



サーロインは評価するけれど。



「……で。

 黒川の分は何にしたのですか?」



「サーロインステーキですよ?」



「いや。

 病人って、

 肉とか消化が悪そうなものは

 食べないと思います」



「黒川君の分は

 食べやすいように

 細かく切ってありますから

 大丈夫です」



マアッ!

肉も野菜も全て綺麗な立方体!



白石、

何処に情熱を注いでいるんだ?



黒川なら何でも食べそうだから、

まあ、いいか。

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