目の前に

見知らぬお爺さん達が立っている。



誰……?



知らない人と話をしたら

駄目だって、


知らない人に付いて行ったら

駄目だって。



父さんと母さんが迎えに来るから。



必ず迎えに来てくれるから、

私は何処にも行かない。


ずっと待っている……、

待っているから……。




「…………」





夢……。



久しぶりに小さい頃の夢を見た。



いつの間にか私は、


自分の部屋のベッドで寝ていた。



分かっているはずなのに、

分かっていたはずなのに。



黒川も白石も青田も赤井も桃も、

いつかここから出ていってしまう。

 

だからそれまでに、

皆で私の結婚相手を

探してくれているんだ。



「行かないで」


なんて言えない。


「見捨てないで」


なんて言えない。



「ずっと一緒にいたい」


なんて、



ただの我儘だ。




「うっ……、うう……」



私は布団に潜って、

声を殺して泣いた。





「お嬢、

 熱が上がりすぎて、

 おかしくなっているんじゃないか?」



「おかしいのは、いつもの事だろう」



「でも授業中に

 『真面目になる宣言』を

 していましたよ?

 お嬢があんな事を言うなんて……。

 やはりおかしくなっているのですよ」



皆の声がする。




……全部聞こえていますよ。



「熱が下がるまで、

 そっとしておいた方が

 良いのではないでしょうか?」



「でも、あんなに食い意地の

 張っているお嬢が

 何も食べていないのは心配だな」



「腹が減ったら、

 食料を漁りに

 勝手に出てくるだろう」



皆、好き勝手な事を言っている。



でも

これが私の日常で、


この声が聞こえなくなるのは、

やっぱり寂しい。





しばらくすると

扉の閉まる音がして、

皆の声が聞こえなくなった



静かだ……。





「ぐぅぅ~」



代わりに私のお腹が鳴った。



人間って不思議。




どんなに悲しくても、

必ずお腹が空く。



「よし!

 食料を漁りに行ってこよう」



そう言いながら起き上がると、

目の前に黒川がいた。



「うわっ! 黒川!」



黒川が驚いた顔をしている。



「び……、びっくりした。

 いるならいると言ってください」



「いる」



いや。

今、真顔で言われても……。



「食料を漁りに行くのなら、

 これを食え」



黒川が指差す方を見ると、

机の上にお粥が置いてあった。



「これ……。黒川が作ったの?」



「当然だろう? 他に誰が作るんだ」



黒川は

仕事をしながら

今までどおり屋敷の中の事も

こなしている。



黒川だけじゃない。

白石も青田も。



掃除、洗濯、庭の手入れ……。

全てが完璧だ。



「ぐっ……、ぐろ川。

 美味しいです。ううっ……」



「ぐろ川って何だ?

 泣きながら食って

 味が分かるのか?」



「はい。

 涙が混ざって程よい塩加減で。

 ……ウッ」



「泣くか食べるか、

 どっちかにしろよ」



「食べます。食べますから。

 ぐ……、ぐろ川。

 何処にも行かないで……」



黒川の大きな手が私の涙を拭った。



「また熱が上がってきている。

 お前、

 これ以上おかしくなるなよ。

 何処にも行ったりしないから」



駄目だ……。



皆の言うとおり、

私は熱でおかしくなっているんだ。



多分、

今、私は黒川を困らせている。



「お嬢。

 お前がこの屋敷に来て、

 初めて俺とした約束を

 覚えているか?」



「約束?」



「フッ。覚えていないのか……。

 馬鹿だな」



「何の約束ですか?」



「別に。

 お前が忘れるくらい、

 どうでも良い約束だ。

 それより、早く食って

 早く薬を飲んで早く寝ろ。

 お前が寝るまで

 何処にも行かないから」



約束どおり黒川は、

私が眠るまで側にいた。



熱でぼんやりした頭の私は、

この屋敷の中だけ

時間が止まってしまえば良いのに……。
なんて

馬鹿な事を考えながら眠りについた。

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