私にも何度かある。

どんなに時間が経っても絶対に忘れられないし、いつでもその瞬間を思い出せる。



結婚もそうかもしれない。

その瞬間に賭けて、その感動した瞬間を信じて、この人だと思って結婚するのかもしれない。





私の以前の職場の上司はこれまで出会ってきたどの上司よりも優秀な人だった。

彼女は役職がついていた。

役職者たるもの、組織からスタッフを守らなくて誰が守るのか、という信念の元、いつもスタッフを守り、励まし、時には庇ったり、スタッフの気持ちを一つにできる人だった。

誰よりも働くし、誰よりも多くの知識を持った人だった。

そして、誰よりもスタッフをよく見てる人だった。上司はTさんと呼ぶ事にする。



数年前、継子がめちゃくちゃ大変だった頃、私は日常を忘れる事ができる仕事に没頭していた。

職場では誰も私を継母だと差別しない。

誰かのお母さんの私ではなく、私の事を私個人として見てくれ、評価してくれる職場が好きだった。

その頃の日常は継子の悩みが絶えなくて家に帰るのが辛かった。

子供達も今よりも小さかったし、セメントちゃんも小さかった。

その頃、継子は発達障害と診断を受けていて通院し内服治療を行っていた。

そして療育を受けていた。



私が療育の先生を信用して本当の気持ちを言ったのが全て悪かったのだと思う。

「継子の育児が辛い。継子に愛情が持てなくて辛い」

そんな本音を漏らした。

療育の先生はセラピストで、私の話を真剣に聞いてくれたから、分かってもらえるのかもしれないと思って本当の思いを言ってしまった。

精神的にかなり追い詰められてしまったから、誰かにすがりたくて分かってもらいたくて言ってしまった。



でもそれがきっかけで、主治医から酷い継母ハラスメントを受けてしまう事になった。

(この話はまたいずれ書きます。)



私は好きで継子の面倒をメインに見てるわけではなかった。

本来は継子の育児は実父である夫がするべき事、そう思っていた。

そして、そういう約束で私達は再婚した。

自分の子供の育児は必ず自分でしようねと。



でも現実は違った。

夫は仕事で帰りが遅く、休みの融通も効かず、継子の日々の育児や通院は私がしていた。

例え愛情がなかったとしても、私は毎日毎日育児をしていた。



それなのに、主治医からの継母ハラスメント。

そして問題ばかり起こす継子。

主治医は夫の事はなぜか良いお父さんと評価しているような印象があった。

主治医からのハラスメントについて悩んでいる事を夫に伝えても夫は真剣に考えてくれなかった。

「気にせずほっておけばいい。」

そんな風に言われた。



毎日が限界だった。

そんな時、上司のTさんは声を掛けてくれた。

「何かあった?大丈夫?表情がおかしいよ」と。

上司のTさんのお子さんも療育に通った経験があると以前聞いていたので、継子の問題行動の事、主治医からのハラスメントについて相談する事にした。



上司のTさんは誰よりも怒ってくれた。

主治医に対しても夫に対しても。

そして私の心が限界になっている事もよく理解してくれた。

そして私と一緒に泣いてくれた。



そしてTさんはこう言ってくれた。



「桃子さんの仕事を私はずっと見てきた。桃子さんがどういう人か私は知ってる。

主治医がどう言おうが、桃子さんは主治医が思うような人間ではない。」



真っ直ぐな目で私を見つめてそう言ってくれたTさんの顔を私はずっと忘れないと思う。

私が継子に愛情が持てないと言っていても、そう言ってくれた。

Tさんの気持ちが有り難くて、私を信じてくれているのが分かって涙が止まらなかった。



その日の帰り、私はTさんが思ってくれてるような人間になりたいと、心からそう思った。

Tさんがそんな風に言ってくれたけど、自分が恥ずかしかった。

本当の私はTさんが思うよりもずっと醜い心で生きている。

その事を知っているのは私だけだ。



だからもっとよい母になろう。

そう思ったのに、なれなかった。



Tさんはこんな私でも受け入れてくれると思う。

人は多くの側面を持って生きている、そんな事もきっと理解しているから出た言葉だろう。



でも自分が継子に対して嫌いだと思う度に、私はTさんが思うような人間ではないと感じてしまう。

Tさんが私を信じて言ってくれた言葉やあの瞬間が宝物だと思うから、よい母になれない自分が悲しい。



私はこれまで本当にたくさんの人から支えてもらってきた。

でも、たくさんの人の期待を裏切ってきているんじゃないだろうか。

機体を裏切る継母の私

facebook twitter
pagetop