赤井と私は

小さい頃から何でも張り合っていた。



お互い、

負けず嫌いがエスカレートしすぎて

違う方向へ脱線し、

最後は黒川を激怒させてしまう。





小学校の授業参観。



忙しくて

ほとんど屋敷に帰って来ない祖父が、

珍しく見に来てくれた。



私は張り切っていた。

祖父に良いところを見せなければと。



赤井も私以上に張り切っていた。

赤井。

たまには私に花を持たせてやろうと

いう気にならないのか?



「この問題が分かる人は

 手を挙げてください」



お。

珍しく私でも分かる問題。



「ハイッ! ハイッ!」



私も赤井も、

身を乗り出して手を挙げた。



「では、山田さん」



くそう。山田め……。



「次の問題、分かる人」



「ハイッ! ハイッ!」



「さち子さん……。

 手を挙げる時は、わざわざ前まで

 来なくて良いですよ」



しまった!

興奮しすぎて教壇まで行ってしまった。



『爺ちゃん、怒っているかな……』



 
自分の席に戻りながら

チラリと祖父の方を見ると、

祖父は笑っていた。



……良かった。



「次の問題、分かる人」



「ハイ!」



赤井が手を挙げた。

負けるものかー!



「ハイッ! ハイッ!」



「そ、それでは、さち子さん」



やりました。大勝利!


爺ちゃん、

私の勇姿を見ていただけましたか?


答えはさっぱり分からないが……。



「あ。全く分かりません」



「さち子さん、

 分からない時は

 手を挙げなくて良いですよ?」



皆に笑われる。



『爺ちゃん、

 今度こそ怒っているかな……』



そっと後ろを振り向くと、

祖父は皆と一緒に笑っていた。



良かった……。



祖父の隣にいた黒川は、

全然笑っていなかったけれど。





またある日のこと。



無性にお腹が空いていた私は、

キッチンで夕食の準備に

取り掛かっている黒川の元へ行った。



「黒川ー。お腹が空きました。

 何か甘いものを……、

 甘いものをイタダケマスカッ!」



「……分かった。

 じゃあ、青田君から大根を

 一本貰って来てくれ。

 それと引き換えに、煎餅をやろう」



煎餅か。

甘いものが欲しかったのに……。


仕方がない。

煎餅で我慢するよ。



私が長い廊下を歩いていると、

いつの間にか赤井が付いて来た。



「赤井、何ですか?

 私は今、ミッション中で

 忙しいのですよ?」



「何のミッションだ?」



「青田の畑から大根を貰って、

 黒川の元へ届けるのです」



「随分、簡単なミッションだな。

 俺も手伝ってやるよ」



む。赤井、

また私と張り合おうとしているのか。



赤井が先にミッションを

達成してしまったら、

煎餅が貰えなくなってしまう

ではないか。



「結構です。

 赤井の助けなど要りません。

 さあ、あっちへお行き」



赤井の足が次第に速くなる。



コイツ……。

やはり黒川のご褒美狙いだな。



負けてなるものかー。



私と赤井は競歩をしながら、

裏庭へ行った。



「青田ー。

 大根一本くださいなー!」



ん?

青田がいない……。


一本ぐらい、青田の許可なく

抜いていっても良いかな……。



これが悪夢の始まりだった。



スポン!



「小さい!

 お嬢の抜いた大根、

 滅茶苦茶小さい!」



「ム! 赤井。

 私のより大きい大根を

 抜く自信があるようだな!」



「おう! もちろんだ!」



スポン!



「ウハハ。

 赤井も大した事がないではないか!」



「クッ……!」



この瞬間、どちらがより大きい

大根を抜くか、熱いバトルが勃発した。



夢中で抜き、

抜く大根も

ほとんど無くなってしまった頃、

右斜め後ろ四十五度の方向に

強い殺気を感じた。



そっと振り返ると、

青田が笑顔でこちらを見ていた。



「今日の夕食は何かな?

 随分、沢山の大根を使うんだね?」


ハッ……!

青田が滅茶苦茶怒っている。

怒りを通り越して笑っている!



『……バタッ!』



突然、私の隣にいた赤井が

白目を剥いて倒れた。



「赤井、どうしたの?

 あ……、赤井ィィィ!」



「お嬢、大丈夫だよ。

 赤井君は気を失っただけだから」



気を失った?

青田が怖すぎて気を失ったの?


青田、どれだけ怖いの!



「お嬢。その大根、

 最後まで責任を持って食べようね。

 食べ物を粗末にしては駄目だよ?」



青田は赤井を抱き上げて、

静かに去っていった。



青田、怒っているよね……。



この大根を何とかしなくては。



私は自分の部屋から

風呂敷を持って来て、

大根を全て包み、黒川の元へ行った。



「一本で良いと言ったのに、

 何で大量にあるんだ……」



黒川が呆れている。



「黒川、どうしよう……。

 青田を怒らせてしまったようです」



「お前、

 よく青田君を怒らせられるな。

 本当に馬鹿」



黒川が静かに言った。



「はい。本当に馬鹿でした……」


「仕方がねーな。

 この大根は俺が何とかしてやるから、
 
 お前は早く青田君に謝ってこい。

 青田君は多分、

 赤井君の部屋に居るだろう」



「はい」



珍しく、黒川に怒鳴られなかった。


多分、呆れられた……。



「……青田、いますか?」



赤井の部屋の扉をそっと開けると、

ベッドで眠っている赤井の側で

青田が椅子に腰掛けていた。



「……赤井は大丈夫ですか?」



「赤井君は昔から緊張しすぎると

 倒れてしまうから、

 心配しなくていいよ」



青田が静かに笑った。



「……そう。

 あの……、青田。

 青田が大切に育てていた大根を、

 むやみに抜いてしまって

 ごめんなさい」



「もう怒っていないよ」



「どうして? 怒ればいいのに。

 さっき、

 黒川にも怒鳴られなかった……」



「それは、

 お嬢がちゃんと反省したからだよ。

 お嬢は二度と野菜を

 粗末に扱わないでしょう?

 反省した人を怒っても、

 意味がないからね」



「青田……。ごめんなさい」



私の目から涙がボタボタと落ちた。

青田がそっと私を抱きしめた。



怒鳴られるより、

呆れられる方が辛い。





その日から大根料理が続いた。



「えー? 大根料理ばかり!

 何で大根なの?」



「あ……。

 桃、残すなら私が代わりに

 食べますから」



「桃。

 どうせお嬢が何かをやらかした

 罰なのでしょう。

 察した方が良いですよ」



白石、鋭い。



白石は文句も言わず黙々と食べていた。



「……。

 まあ、ダイエット中だったから、

 たまには大根づくしも良いけどね」



桃も文句を止めて食べ始めた。



皆が優しい。

こんな事で、

皆の優しさに気付くなんて……。



本当に私は馬鹿だ。

閑話(赤井とお嬢の日常)その2

facebook twitter
pagetop