休憩時間は地獄のひとときだった。


極悪執事どもが芋を頬張りながら

私の暗黒歴史を読み漁る。



「こんな事、よく妄想できるな。

 誰の影響だ?」


「黒川君。そんなもの、

 食べながらよく読めますね。

 思い出すだけでも

 吐き気がしますよ」



黒川、白石。

好きに言っていればいいよ。



「おいおい、黒川君、白石君。

 お嬢の生態を分析するための

 資料だよ?

 もっと真面目に読もうよ」



青田。

真面目に読む価値あります?



私は窓辺に座り、

外の景色を見ながら芋を頬張った。



鳥たちよ、どこへ飛んでゆく。

私も一緒に連れて行っておくれ……。



「とりあえず、このお嬢の暴走した

 妄想の中から好みの男の特徴を

 ピックアップしてみたらどうかな」


「お。いいねー。

 見た目だけでも好みが分かれば、

 学園内でお嬢と恋愛させる男を

 見つけやすいし」



鳥たちよ、

私の背中に翼を与えておくれ……。



「はい。リストアップできましたよ」


「さすが白石君。仕事が早いね」


「発表します」



発表しなくて良い。



「お嬢の好みを全ポエムから

 抽出した結果。

 白馬に乗っている、歯が白い、背が高い、金髪もしくは銀髪、まつ毛が長い、頭が良い、足が長い、優しい、白が似合う、黒が似合う、お姫様抱っこをしてくれる、浮気をしない、少々強引、私しか知らない秘密がある、影がある、笑顔が可愛い、セクシー、喧嘩が強いが喧嘩はしない、紳士、女の子にモテる、笑いのツボが一緒、実はどこか国の王子様……」



「ぅわぁァァァ……!」



「お嬢、いきなりどうした?」


「いきなりじゃねェ!

 いきなりなんかじゃねェー!

 白石、まだあるのかァァー!」



「まだまだありますよ?」



「もう良い!

 もう良いんだァァ!」



「お嬢、落ち着け。

 芋が喉につっかえるぞ」



「芋ならもう胃の中を通過中だァァ!

 何なら今、

 喉につっかえて倒れた方が

 マシだァァ!」


「お嬢が暴れ出した!

 誰か縄を!

 早く縄を持って来てくれ!」



私は額に保冷剤を貼られ、

縄で椅子にぐるぐる巻きにされた。



「虐待だァァァー!

 誰かァァァ!

 助けてくださーい。

 ここに虐待執事がいますよー!」


「フッ。

 この広い屋敷でいくら叫んでも、

 助けなど来ない」



くッ……、黒川。

なんて嬉しそうな顔をしているの?



悪人や。

コイツ、極悪人や……。



「ポエムを纏めた結果、

 『お嬢は身のほど知らず』

 という事が分かりましたね。



当たり前だ。

妄想だもの。



「あの……、皆さん。

 私は好きになった人が

 好きなタイプでしてね。

 別に全て当てはまらなければ

 ならないとか、

 絶対こうでなければならないとか、

 そういうものではなく……。


 と、言うか、

 早く縄を

 ほどいていただけませんか?」



「でも、最後の

 『どこかの国の王子様』

 という事は、やっぱり金持ちが

 タイプなんじゃない?」



桃ー! 聞けー!

スルーするなー!



「そういう事だな。

 結局『世の中、金が一番』

 って事だな」


「そうそう」



馬っ鹿ヤロー!



「もう、勝手に会議を

 進めちゃってください。

 私は先に風呂に入って寝ますから。

 だから……、

 だから早くこの縄を解いて下さい。

 お願いします」


「やれやれだな。

 折角お嬢の将来について

 真剣に語り合っているのに。

 本人は他力本願か」



いや。


他力本願で暮らそうとしているのは、

お前達の方だからね?


どいつもこいつも

自分の事しか考えていない奴ばかり。



黒川よ、

縄を解いていただき、

ありがとうございました。



「それでは皆さん、ごきげんよう」



私は執事どもに深々とお辞儀をし、

部屋から退出した。



フッ……。

フフッ……。


オホホホホ!



勝手に会議を続けているが良い。

相手あっての恋愛ですからね。

相手がいなければ、

いつまでたっても恋愛なんて

始まりませんよ。



私は一人、大浴場へ行き、

焼き芋臭くなった洋服を脱いだ。



ガラガラ。



大浴場の扉を開けて、

ツーステップ、ツーステップ。



「わーい! 一番風呂だー!」



まあ、女風呂だから

毎日一番風呂なんだけどね。




……ぅワッツ!



ツルッ……、スッテーン……、ゴスッ。




誰ですかッ!

こんな場所に石鹸を置いた人は。



そして

こんな場所に桶を置いた人はッ。



私は桶に後頭部を打ち付け、

意識を失いそうになった。



……だ、駄目だ。



こんな姿で意識を失っては

駄目だ……。



タオルを……、

せめてタオルを……。



あ。今日の下着、

白石に絶対見られたくないやつだ……。



絶対に……。




辺り一面、真っ白な世界。



ここは何処?


天国?

転生した?

異世界ファンタジー?



あ……。


向こうで黒川が手招きをしている。


あそこへ行っては駄目だ。

バッド・エンド確定ルート。



あ。

あそこにも黒川。

あっちにも、こっちにも。



……と、言うか、そこら中に黒川。



うォエー、気持ち悪い。

黒川のゲシュタルト崩壊。



黒川黒川黒川黒川黒川……。




「黒川ッ!」


「何だ?」



わっ!

めちゃくちゃ至近距離にも黒川が!



「く……、黒川?」


「だから、何だ?」


「ここは何処?」


「何を言っているんだ?

 よく見ろ。お前の部屋だろう」


「ああ。夢だったのね……」


「何が?

 風呂場で素っ裸で倒れていた事か?

 それとも……」


「ノォォォーッ!」



はい、把握しましたー。


黒川、

それ以上、言ってはなりませんよ?



チィッ!

暗黒少女に転生し、

極悪執事どもをバッサバッサと

薙ぎ倒していく、

壮大なファンタジーストーリーが

思い浮かんでいたのに……。



……はッ、下着ッ!



「く……、黒川。
 
 し……、白石は?」



「もう朝だから洗濯中だ」



ノォォォー!



「ところでお嬢。

 後頭部の痛みはどうだ?

 昨日の夜は救急車を呼んだり、

 脳波の検査を受けたり……。

 とにかく大変だったんだからな」


エー?

そんな事になっていましたか。

反省。



「まあ、脳に異常は無かったし、

 意識も戻って安心した。

 あまり心配させるなよ」


うう。黒川。


黒川から優しい言葉を

頂けるなんて……。


暗黒少女にならなくて良かった。



「黒川様。

 有り難きお言葉、

 もったいのうございます。

 後頭部は少し痛みますが、

 心配するほどの痛みでは

 ございませんゆえ、ご心配なく」


「お前、

 相変わらず日本語が滅茶苦茶だな。

 まあ良い。
 皆も心配しているんだ。

 早くお前の元気な姿を見せて、

 朝食にしよう」



「は、はいッ!」



部屋の扉を開けると、

青田以外の皆が

部屋の外に立っていた。



昨日の夜から

徹夜で心配してくれていたのだろうか。


青田以外。



「皆……。

 心配してくれてありがとう。

 青田以外」



暗黒少女になって

コイツらを薙ぎ倒さなくて良かった。

青田以外。


涙が止まらないよ。

青田以外。



「お嬢、凄いな……」


そうでしょう、そうでしょう。


皆の為に、

現実世界に戻って来ましたよ。


危うく『黒川地獄』に

落ちるところでしたが、

奇跡の生還を果たしましたよ。


「学校、どうしますか?」


「皆ッ。

 大丈夫だから心配しないで。

 タンコブごときで

 学校を休んだりなんか

 しませんからッ!」



「お嬢がそう言っているのなら、

 いいんじゃない?」


「さあッ、皆。

 朝ごはん、朝ごはん~」



席についてテーブルの上を見ると、

私の前には、黒川特製の

フレッシュジュースしか

置かれていなかった。



皆の席にはトーストやベーコンや

スクランブルエッグが置いてあるのに。




「あれっ? 黒川。

 私のテーブルの前が寂しいような

 気がするのですが……。

 気のせいかしら?」


「いや。その顔じゃ、

 食べられないと思っての配慮だ」



どの顔だよ。




自分の手で顔を触ると、


……ん?

……んん?



顔中に布のような感触が。




慌てて自分の部屋に戻り

鏡の前に立つと、

顔中、包帯でグルグル巻きにされ、

目と鼻の穴と口の部分だけが

かろうじて開いている姿が

映し出された。




うっわー。何これ?


ミイラでも作りたかったの?


黒川、

よくこの姿を見ながら真顔で語れたな。



お前は本当に黒川だよ。

真っ黒川だよ。




私が鏡の前で立ちすくんでいると、

つい先程起きましたと言わんばかりの

青田が、シルクのパジャマ姿で

片手に新聞を持って

私の部屋を覗きに来た。



「お嬢、おはよー。

 それ、

 上手く巻けているでしょう?

 なかなか難しかったよー。

 後頭部全体を打っていたからねー」




うがー。


またもや青田かー。

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