屋敷に戻り、青田が制服を乾かしてくれている間、私は自分の部屋で髪を乾かしながら佐藤ミサの言葉を思い出していた。
私を陥れようとしている人間が近くにいる。
一体誰で、何の目的があるのだろう。
学園内に自由に出入り出来て、佐藤ミサも知っている人間……。
一つ一つ絞っていけば犯人に辿り着くかもしれないけれど、犯人の正体を知るのは少し怖い気がした。
「お嬢、入っていいかな?」
扉の向こうで、青田の声がした。
「あ、うん。いいですよ」
返事をすると、青田が私の制服を持って入ってきた。
「制服、ここに掛けておくよ?」
青田はそう言って制服をハンガーラックに掛けた。
「青田。
やっぱり今日話した事は私の勘違いだったかもしれませんから……。
だから心配しないでください」
「無理だよ」
「え……」
「心配するよ。
仮に今回の事が無かったとしても。
たとえお嬢が幸せだったとしても、この先もずっとお嬢を心配し続けるから」
「青田……」
分かっていた。
『心配するな』と言っても、青田が私を心配してくれる事ぐらい。
「お嬢。僕は……」
青田が何か言いかけた時、部屋の扉を叩く音が聞こえ、黒川が部屋に入ってきた。
「お嬢、具合が悪いのか?」
「あ……、うん。
でも、もう大丈夫です」
「青田君。
今日は俺が迎えに行く予定だったのに済まなかったな」
「黒川君。僕がお嬢の為にする事で、いちいち礼とか謝罪とかいらないから。
じゃあ、お嬢。僕は自分の部屋に戻るね」
青田はそう言って部屋から出ていった。
「黒川、ごめんね。
昨日、黒川が先に帰ってしまった事を怒っていた私が、何も言わず先に帰ってしまって……」
「具合が悪かったのだから仕方がないだろう。
それより、本当に大丈夫なのか?」
「え? ……うん。大丈夫ですよ?」
黒川が私の顔を覗き込むように見てくるので、私は目を逸らした。
「……」
黒川が、じっと私の方を見ている。
「く……、黒川。な……、何ですか?」
「……」
「黒川。ちょっ……、ほ、本当に大丈夫ですから。
だからそんなにジロジロ見ないでくださ……、……ン!」
黒川の手が伸びてきたので、私はぎゅっと目を瞑った。
「フッ……」
黒川が小さく笑ったので、そっと目を開くと、黒川は手を下ろした。
「お嬢」
「何?」
「髪……。
しっかり乾かさないと風邪をひく」
「うん……」
黒川の顔がまともに見られない。
黒川、そんな顔をしないで。
苦しいよ。
黒川に言えたら、黒川の前で泣けたら、少し楽になるのかな。
「黒川……」
「ん?」
「ううん。何でもない」
「……。分かった。
ドライヤーなら洗面所にあるから、それを使え」
「うん」
やっぱり言えない。
自分で解決しよう。
翌朝、教室へ向かうと電子黒板の前に人が集まっていた。
「ごきげんよう。
皆、どうしたのですか?」
私が黒板に近付くと、皆がさっと避けて、黒板に書かれているものが見えた。
「ん? ……!」
男女で抱き合っている姿が大きく描かれた絵。
男の絵の横に矢印が伸びて『スクールカウンセラー』、女の絵の横には『さち子』と書かれていた。
私は慌てて絵を消そうとした。
エッ?
これ、どうやって消すの?
誰か、電子黒板の操作方法を教えてください!
クリアボタン?
このボタンを押せば消える?
ああッ!
間違えてコピーボタンを押してしまった。
抱き合った男と女の絵が沢山出てきて四方八方に動く。
教室中でクスクスと笑う声が聞こえて、頭の中がパニックになる。
何?
どうやって止めるの?
白石が来る前に何とかしなくちゃ!
ボタンを適当に押すと、今度は絵が巨大になった。
また皆にクスクスと笑われて、恥ずかしさで体中が熱くなる。
「さち子、このボタン」
そう言ってエビちゃんがボタンを押すと、画面が消えた。
「さち子。
ごめんね、私のせいなの……」
エビちゃんが、涙を溢しながら言った。
「エビちゃん?」
「昨日、保健室で見た光景が衝撃過ぎて……。
教室に戻って二、三人に話したら、あっという間に広まって……。
ごめんね、さち子。本当に、ごめんね」
「……。いいよ、エビちゃん。大丈夫だよ。
誤解されるような事をしたのは私だし。
噂なんて、あっという間に広まるけれど、あっという間に消えるものだから」
私はエビちゃんにそう言ったけれど……。
この出来事は、そんなに簡単に済まされる問題ではなかった。