それは、ある夏の夜の話。
「桃……。いますか……?」
私は桃の部屋の前に立っていた。
その日は一日中、大雨で、屋敷の外で雷が鳴っていた。
「うわっ!
びっくりした……。
どうしたの? お嬢」
桃が、頭から毛布を被った私の姿を見て驚いている。
「今日、テレビで『恐怖映像百連発☆未知との遭遇三時間スペシャル』が放送されるでしょう?
良かったら一緒に見ませんか?」
「見ないよ、そんなの。
大抵、ネットで拾ってきた嘘くさい映像ばかりじゃん」
「興味が無いなら見なくて良いです。
隣にいてくれるだけで構いませんから」
「お嬢……。
また一人でトイレに行けなくなるよ?
毎年それで黒川君達に怒られているよね?」
「分かっていますよ。
でも今日のスペシャルは、どうしても見たいのです。
長年、謎のベールに包まれていた『雪男』の正体が、今夜暴かれるのですから」
「先に言っておくけど、正体を暴くとか言っている番組で暴いた事なんて、一度もないからね?
それに、本当に雪男を発見したのなら、とっくにニュースになってるって」
「いやいや。
今日こそ絶対暴きます。
前回、黒川と一緒に見た放送で、結構良いところまで突き止めていましたから」
「前回、黒川君と見たの?
じゃあ、黒川君と見ればいいじゃん。何でボクなの?」
「黒川は私を驚かそうとして突然大声を出すので心臓に悪いのです。
いつ大声を出されるか分からない、あの恐怖!
おおッ。
思い出すだけでも恐ろしい……」
「黒川君……。
しばらくお嬢が一人でトイレに行けなくなって面倒臭い事になるのに、何で驚かすの……。
白石君も怪奇現象とか興味無さそうだし……。
じゃあ、青田君と見ればいいんじゃない?」
「いえ。白石はお願いすれば一緒に見てくれますが、番組が真相を解明する前に謎を暴いていきますから。
しかも説明が長くて意味不明。
ロマンが無いのですよ、白石は。
青田は途中で飽きて、どうでも良い話をしてきますし。
この間も『豚まんと肉まんと中華まんの中でどの呼び方が一番好き? 僕は豚まんかな? 何だか響きが可愛いよね? 響きで言えば、肉まんも可愛くて捨てがたいけどね』と、延々と話しかけてくるので、全く番組に集中できませんでした。
あ。でもその後、青田が買いに行ってくれた肉まん。
美味しかったな……」
「ふーん」
「赤井は全然面白くないシーンで急に笑い出すから怖い。
赤井の笑いのツボは今世紀最大の謎ですよ」
「へぇー」
「だから、お願い。
桃しか頼む人がいないのですよ」
「うーん……。
いいけど、後でトイレに行けなくなっても知らないよ?
ボクは絶対ついて行かないからね?」
「ありがとう、桃ッ!
今日の為に食べるのを我慢して溜め込んだお菓子が沢山ありますから、一緒に見ながら食べましょう!」
大量のお菓子をスーパーのレジ袋に詰めて、桃と一緒にリビングへ向かう。
「ところでお嬢。
何で頭から毛布を被ってるの?」
「雷が怖くて……」
「もう……。
怖がりなくせに、あんな番組を見て大丈夫なの?
眠れなくなっても知らないよ?」
「その時は青田のどうでも良い話を聞いて夜を明かすので大丈夫です!」
「いろいろ問題ありそうだけど……」
リビングの扉を開くと、既に黒川と白石と青田がソファーに座ってテレビを見ていた。
「なッ!
何で黒川達がここにいるのですかッ!」
「何でって……。
テレビを見ているからに決まっているだろう?」
黒川が私の質問に驚いた表情を見せた。
「何の番組を見ているのですか?
今、その番組を見なくても死にませんよね?
さあ、大人達は解散解散ッ!」
「番組名が知りたいのか?
『真夏の合コン大作戦!海あり山あり2時間丸ごとラブラブスペシャル』だ」
「マァッ!
とんでもなくハレンチなタイトルを、何の恥じらいもなく言えたものですね、黒川。
恋愛に興味があるのなら、今すぐ外に出てナンパでもしてきたらどうですか?」
「こんな悪天候の中、外でナンパ待ちをしている人なんていませんよ」
「白石。そんな事ばかり言っているから、恋のチャンスを逃してしまうのですよ。
野球に例えるなら、見逃し三振です。
今この瞬間、傘を差しのべてくれるのを待っている人がいるかもしれないじゃないですか。
さあ、恋の特大ホームランを打ってきて」
「雷が鳴っている時、建物の外で雨宿りをするのは危険ですから、屋内に避難した方がいいですよ。
傘を挿すのも危険な行為です。傘が避雷針代わりになって、落雷する確率が高まりますからね。あ。雷は金属製の物に落ちやすいというのは間違いですよ。雷は高い所目掛けて落ちますから」
うー。
また白石の長い説明が始まった。
「お嬢。お前は何が見たいんだ?
見たい番組があるのならチャンネルを変えてやろう。
何チャンネルだ?」
「お嬢はこの後始まる『恐怖映像百連発☆未知との遭遇三時間スペシャル』が見たいん……」
「桃ッ!」
桃が黒川に番組名を教えようとしたので、私は咄嗟に桃に体当たりした。
「イタッ……。
何? 何なの? お嬢」
「シィーッ!
黒川達も一緒に見ると言い出したら面倒な事になりますから。
奴らを追い払うまで、余計な事は言わないでください」
「えー。いいじゃん、別に。
皆で見る方が楽しいし、大勢いた方がお嬢も怖くないでしょ?」
「この番組に楽しさなど求めていませんから」
「お嬢。何を持ってきたの?
あー。
お菓子が沢山入っているねー」
いつの間にか青田が、レジ袋に詰め込んでいたお菓子を取り出し、テーブルに並べていた。
「あッ! 青田ッ……、止め……」
「ん? 最近、戸棚に隠しておいたものが少しずつ消えていると思っていたが……。まさか、お前……」
マズイ。
黒川がこっちを見ている。
「ヌハハ!
ヤダナー、黒川。
これは皆でテレビを見ながら食べようと、今日まで私が預かっていたのですよ」
「いいねー。
じゃあ僕は、赤井君を呼びに行くついでにお茶を淹れ直してくるね」
青田がティーポットを持って部屋から出て行った。
「仕方がないですね……。
たまにはお嬢の見たい番組に付き合いますか」
白石が溜め息をついた。
いや。
無理して付き合わなくていいんだよ?
……と、言うか、付き合うなッ!
「なーんだ。お嬢。
本当は皆で見たかったんだね」
桃がニッコリ笑う。
「あー……。
ハハハ……、ハ……」
果たして『恐怖映像百連発☆未知との遭遇三時間スペシャル』は無事、最後まで見られるのだろうか……。