「お嬢ー。
昼ごはんの準備が出来たよー」
桃が部屋に入ってきた。
「ごめんね、桃。
今、お腹が空いていないから……。
後で食べますから、先に食べてください」
「何言ってるの。
皆待っているから一緒に食べよう。ね?」
「今は……。
皆に合わせる顔がないのです」
「今は、って。
じゃあ、いつ合わせられるようになるの?」
「……」
私が布団の中で丸まったまま黙り込むと、桃がベッドに座った。
「お嬢、体が固まったんだって?
もう動けるようになった?」
「うん」
「皆、心配しているよ?」
「……」
嘘をついたから自業自得なのに……。
私は皆から心配してもらう資格がない。
「お嬢。
ボクはお嬢と同い年だから、お嬢の気持ちが分かるよ。
大人の言うことの方が正しいと分かっていても、それを鬱陶しく思う時はあるよ」
「鬱陶しくなんて……。
黒川達の言うことはいつも正しいし、私の事を思って言ってくれていることは分かっている。
なのに私は嘘をついて裏切って……。結局、助けに来てくれるまで何も出来なかった」
「裏切ったって……。大袈裟だな」
「ごめんね、桃。
今日をやり直すことができればいいのに」
「……。お嬢。
黒川君達に、お嬢には黙っていろと言われていたけれど……」
「……」
「ボク達はお嬢が何かを隠していることぐらい、初めから気付いていたよ?」
「え?」
「あんなに楽しみにしていた新作のお菓子チェックをパスするなんて、よほど体調が悪いか何かあるからだ……、って。
でも、お嬢だってボクたちに秘密にしておきたい事もあるだろうから、深く追及せず影で見守ろうって」
「……」
「影で見ていたのは、お嬢を信用していないからではないよ?
本当にお嬢の体調が悪かった時に備えて、いつでも飛んでいける場所にいたかっただけだから」
「うっ……」
私は布団の中で、涙を堪えていた。
今すぐ皆に謝りたい……。
でも、泣いて謝って、簡単に許してもらえる問題ではないと思っていた。
「お嬢の家庭教師が来た時、皆喜んでいたんだよ?
お嬢に友達が出来たと思って」
「……」
「でも家庭教師はすぐ屋敷から出て行ったから、様子がおかしいなって。
だから、いつでも助けに入れるように、皆準備していたんだ」
「桃、ごめんなさい。
……皆にも謝ってくる」
くるまっていた布団から出ると、黒川達がそこにいた。
「うっ……、ううっ……」
黒川達の顔を見た瞬間、堪えていた涙が溢れてきた。
「あー、桃。
黒川君達に黙ってろって言われてたのに」
赤井がため息をつきながら言った。
「お嬢。
また制服のまま寝ていたのですか?
制服がシワになるから駄目だと何度も……」
「白石君、いいじゃないか。
お嬢は体が固まっていたんだし」
怒る白石を青田がなだめる。
「お嬢、早く昼飯を食え。
その後、皆で買い出しに行く」
「え……」
「お嬢。新作のお菓子をチェックすると言っていましたよね?
早く行かなければ売り切れてしまいますよ?」
「……はい。
皆……、ごめんなさい」
それから皆で大量に新作のお菓子を買い込み、私の部屋でカラオケをしながら食べた。
「やはり期間限定商品は不味いですね。
お嬢の趣味が全く理解出来ません」
「赤井君。
次、赤井君が歌う番だよ」
「このカラオケ、演歌しか入ってないのか……」
「お嬢。次、一緒に歌おう」
私はいつもと変わらない日常を眺めていた。
「お嬢。
今朝焼いたチーズケーキも食べるか?
……どうした? 具合が悪いのか?」
ぼんやりしていた私の目の前に、突然黒川が現れた。
「えっ……。
あ……、だ、大丈夫です」
「熱があるんじゃないか? 顔が赤い……」
そう言いながら私の額に触れようとした黒川の手から、咄嗟に逃げた。
「か、顔を洗ってきます」
私は慌てて目線を逸らし、部屋を出た。
またやってしまった……。
黒川の顔がまともに見られない。
洗面所の鏡に映った私は、耳まで真っ赤になっていた。
顔を洗って、しばらく外の空気を吸って自分の部屋に戻ると、すでに皆の姿はなくて、テーブルの上に黒川が焼いたチーズケーキと温かい紅茶が置いてあった。