「クリスマスカラーの食べ物……。
とりあえずキッチンを探ってみましょうか」
お嬢はそう言いながらキッチンへ向かった。
これが最後だと良いのだが……。
机の上に置いていたビデオカメラを持って、お嬢を追いかける。
「ゴールが近そうですね」
白石君も最後まで宝探しに付き合うようだ。
「クリスマスカラー、
クリスマスカラー……。
黒川。
黒川は、私ごときにスイカなど用意しないと言っていましたが、やはり私はスイカが怪しいと思うのです」
お嬢が食器棚の扉を一つ一つ開けていく。
「何故、スイカが怪しいんだ?」
「クリスマスカラーといえば、
赤と緑でしょ?
スイカも赤と緑じゃないですか」
お嬢が得意満面な表情を浮かべた。
「お嬢。
スイカのメインカラーは黒と緑ですよ」
白石君がカウンターの下の扉を面倒臭そうに開けながら呟いた。
「いやいや。
あんなに赤と緑が主張している果物など、この世にスイカぐらいしかありませんから」
「お嬢。
スイカは果物ではなく野菜です」
「うるさい、白石。
スイカが果物か野菜かということは、どうでも良いのです。
黒川。
スイカのメインカラーは赤と緑ですよね?」
「赤と緑の野菜なら、
トマトやイチゴ……。
他にも色々あるだろう」
「あ……。そうですね……」
少しガッカリした表情で冷蔵庫の扉を開いたお嬢の顔が、パッと明るくなった。
「わぁ! 冷蔵庫の中にクリスマスツリーがありますよ!」
お嬢が冷蔵庫から何かを出してきた。
大皿に高く積み上げられた茹でブロッコリーに、所々プチトマトや星型に抜かれたニンジンが乗せられ、マヨネーズでデコレーションされたその料理は、立派なクリスマスツリーに見えた。
「これ……、
わざわざ青田君が作ったのだろうか」
「青田は華道の師範代ですから。
これぐらい簡単に作れちゃいますよ」
華道の師範代ともなれば、ブロッコリーを高く積み上げられるようになるのか……。
「でも、かなり慎重に運ばなければ、途中で崩れてしまいそうですね」
「いや。ブロッコリーが崩れないよう、土台にマッシュポテトを使っているようだ」
「では、このブロッコリーツリーを持って行きましょう」
青田君は昨日の夜からこれを準備していたのだろうか。
お嬢の宝探しごときに、かなり情熱を注いでいるな……。
「お嬢。そのブロッコリーを何処へ持って行くつもりですか?」
「あ……。
何処へ持って行けば良いのでしょうか?」
「お前がこの屋敷の中で一番好きな場所に持って行けばいいんじゃないか?」
「私が一番好きな場所……」
お嬢はそう呟いて、ブロッコリーが積み上げられた皿をそっと持ち、キッチンを出た。
ビデオカメラを持ち、白石君と共にお嬢の後に付いていくと、お嬢は二階の大きなバルコニーがある部屋へ行った。
「やあ。
無事、暗号が解けたようだね」
青田君と赤井君と桃がバルコニーで待っていた。
「お嬢、遅いよ。うー、寒い!」
三人ともずっとここで待っていたのだろうか。
桃はコートを着て震えていた。
「ごめんね、皆。
え? もうこんな時間?」
いつの間にか日が落ちて、外は暗くなっていた。
「お嬢、
クリスマスプレゼントだよ」
青田君がクリスマスプレゼントを出すと、お嬢はバルコニーに置いてあるテーブルにブロッコリーの皿を置き、クリスマスプレゼントを受け取った。
「あ。
桃とお揃いのジュエリーボックス」
お嬢がジュエリーボックスを開けると、ミニチュアの人形が立って、流れるオルゴールの曲に合わせてに回りだした。
「可愛い。
この曲、何処かで聴いたことがあります。
何だったかな……」
お嬢がオルゴールに耳を近づけて聴いている。
「何だか悲しい感じの曲ですね……。
クラシックかな?」
「お嬢、
パンドラの箱を知っている?」
「パンドラの箱?
ギリシャ神話でしたっけ?
箱を開けると、次々に災いや不幸が出てくる……」
青田君がお嬢に訊ねると、お嬢はオルゴールを聴きながら答えた。
「そうそう。
パンドラの箱と人の心って似ていると思わない?
中身が知りたくて無理矢理こじ開けても、良い事なんて出てこない」
青田君……。
ならば何故、俺や白石君の部屋に暗号を隠した?
「お嬢。その箱の中に僕の秘密が入っているとしたら、お嬢は開けてみたい?」
オルゴールの音がゆっくりになり完全に止まると、お嬢は青田君の顔を見た。
「青田。
パンドラの箱の中身は悪い事ばかりではありませんよ?
災いや不幸が沢山出てくるけれど、最後に希望が出てくるのです」
「僕の中に希望は入っていないかもしれないよ?」
「入っていますよ、絶対。
でも開けたりしません。
災いと一緒に希望が何処かへ行ってしまったら嫌ですから」
お嬢がそう言ってジュエリーボックスを閉じると、青田君は少し寂しそうに笑った。
もしかして青田君は、自分に関わる暗号も用意していたのだろうか……。
「青田君。
暗号の中に俺を入れないでください。
今日一日、お嬢に振り回されて非常に迷惑でした。
来年は俺が暗号を作りますから」
「ごめんね、白石君。
じゃあ、来年は僕が撮影係だね」
「ちょっと待ってください!
来年も宝探しをするのですか?
皆、私を何歳だと思っているのですか?」
「頭の中身は、この屋敷に来た時から全く成長していませんが」
「白石、酷い!」
「ちょっと皆。
早くパーティーを始めようよ。
お腹空いたー」
桃が震えながらお嬢達の話に割り込むと、青田君が笑った。
「フフ。そうだね。
じゃあ、皆で料理を運ぼうか」
「えー?
青田君。
もしかしてここでパーティーをするつもり?
寒いよ……」
「桃。たまにはいつもと違う場所で食事するのも悪くないよ。
ここは見晴らしも良いしね」
この屋敷は小高い丘の上に建っているため、二階のバルコニーから街中が見渡せる。
「桃。
私もここでパーティーがしたい。
見てください。
イルミネーションで街中がキラキラしている」
「イルミネーションなんて、
今時珍しくもないじゃん。
……って。
ああ! もう分かったよ!」
バルコニーから見える景色を嬉しそうに眺めるお嬢を見て、桃も渋々パーティーの準備に取り掛かった。
バルコニーに料理を運び、防寒具を身に付けてパーティーを始める。
「この時期、イルミネーションで飾り付けされた家を見ると、幸せな気分になりませんか?」
お嬢が骨付き鳥にかぶり付きながら聞いてきた。
相変わらず色気が皆無だ。
「何故だ?」
「イルミネーションで飾り付けされた家の中には、クリスマスを楽しみにしている家族がいて。
きっと今頃、私達みたいにクリスマスパーティーをしていて……。
明かりの向こうの家族の団欒を想像すると楽しいですよ?」
「お嬢。防犯の意味でイルミネーションを付けている家もありますから、明かりの向こうに家族の団欒があるとは限りませんよ?」
「夢が無いですね。白石は」
そう言って、お嬢がまた骨付き鳥にかぶりついた。
「でも……。
クリスマスが終わった途端、お正月の準備に入るから、イルミネーションが一斉に外されて、ここから見える景色が暗くなって……。
それを見ると、堪らなく寂しい気持ちになります」
「……」
「あ……。
クリスマスの次はお正月ですね!
うー。楽しみー!」
何と返事をすれば良いのか分からず、皆黙りこんでしまった事に気付いたお嬢が、急に話題を変えた。
「来年こそ、お年玉の額が上がっていますように!」
「あれだけ黒川君の部屋にテストの答案を隠しておいて、よくお年玉の増額が願えますね」
「うるさい、白石。
今年隠したテストの数と、来年のお年玉の額は関係ありませんから」
「お嬢。ケーキを切ったよ」
「そうそう。
クリスマスケーキを食べなくちゃ!」
お嬢が言うように、明かりの向こうにいる家族はクリスマスを楽しんでいるのだろうか。
もしこの屋敷に連れて来られなかったら、俺達は今日をどんな風に過ごしていただろうか。
来年のクリスマスも、お嬢は笑っているだろうか。
「黒川ー。
黒川のケーキもありますよー」
「……ああ」
来年のクリスマスも……。