「お嬢。

 お前、学校にもマスクとサングラスをしていくつもりか?」





朝食を食べ終えた後、

マスクを装着していると

黒川が声を掛けてきた。



「あー……。はい。

 白石の蕁麻疹が完全に復活するまで……。

 願掛けのつもりです」





白石の蕁麻疹は昨日より良くなっているように見えたけれど、白石はマスクとサングラスをしたまま、学校も一週間休む事になった。





「学校にサングラスを掛けて行ったら、ふざけているのかと思われるだろう?」


「大丈夫ですよ、黒川。

 包帯グルグル巻きに赤いチューリップハットのミイラ姿で行っても、誰も何も言いませんでしたから。

 ……あ!

 でもあの時、白石に公開処刑されたな。

 白石め! 許さん!」





「…………。

 せめて伊達メガネにしたらどうだ?

 サングラスだと黒板の文字が見づらいだろう。

 今回は特別に俺の伊達メガネを貸してやろう。

 絶対壊すなよ?」



黒川が自分の部屋から黒渕の眼鏡を持ってきた。



「おお。いいですね!

 伊達メガネを掛けたら、私も知的な少女に見えるかもしれません。

 黒川様の伊達メガネ。

 ありがたくお借りします」



黒川も伊達メガネを掛けたりするんだね。

眼鏡姿の黒川……。

少し見てみたいような気がする。



私は黒川から黒渕の眼鏡を受け取った。





「…………。

 あの……。黒川……」





「何だ?」





「この眼鏡、黒川がファミリーレストランで変装用に掛けていた『鼻眼鏡男爵』の鼻眼鏡ですよね?」



「ああ。『鼻眼鏡王』の鼻眼鏡だ」


「こんな物を掛けて学校に行ったら、

 サングラスよりふざけていると

 思われるのですが……」





「マスクを掛けたら鼻の部分が隠れるから良いじゃないか」





「あ。そっかー。

 鼻が高く見えて、美少女っぽくなるかもしれませんね」





早速、鼻眼鏡を掛け、その上からマスクを掛けた。





「どうですか?

 知的美少女感が出ていますか?」


「…………。出てる」





黒川ッ。私を見てッ!





白石の代わりに黒川が運転する車に乗って登校する。





『ぴゅー、スゴー、ぴゅー、スゴー……』





「お嬢。鼻息がうるさいな」





「ああ、赤井ぴゅー。

 この鼻眼鏡、鼻の部分に笛が付いているようなのでスゴー」





「お嬢も演劇の練習が大変なんだな」



いえ。

演劇とは全く関係ありませんが。





学校に到着すると、

教室の中がお通夜状態だった。





「さち子ー!」





エビちゃんが号泣しながら駆け寄ってくる。





「エビちゃん、ごきげんよう。

 ……ん?

 皆、どうしたのですか?」





「白石先生が……、

 白石先生がァァッ!

 風邪で一週間お休みだって!

 ああッ!」


あー。



白石が一週間学校に来ないから、

皆、落ち込んでいるんだね。



白石、相変わらず人気があるな。





「さち子ッ!

 どうしてそんなに落ち着いていられるの?

 そのふざけた格好は何?

 白石先生の事を馬鹿にしているの?」



え……?



この格好って、包帯グルグル巻きに赤いチューリップハットのミイラ姿よりふざけているの?


白石の為にやったつもりが、逆に白石を馬鹿にしているというの?





「さち子。

 それともそのマスクは、白石先生とお揃いで風邪を引いちゃったアピールのつもり?」





「え……。

 お揃いアピールではなくてぴゅー。

 まあ、願掛けのようなものでスゴー」





「何?

 さっきからピューピュー言っていて、

 全然聞き取れないんだけど!」



「ご、ごめんねぴゅー、

 エビちゃん。スゴー」





今日のエビちゃん、

何だか怖いな……。





放課後、

演劇部の練習場になっている体育館の壇上に集まった。





「皆。仮の台本が出来たから取りに来て。

 明日から読み合わせに入るから、

 各自、台詞の練習をしておくように」





「はい」


「それから、さち子さん。

 短いけれど、さち子さんの役にもセリフが付いたから頑張って」



「は、はいッ! ピュー」





松田先輩の所へ台本を受け取りに行くと、演劇部の皆様から温かい拍手をいただいた。



感激!





「ところでさち子さん。

 早速役作りに入っているとは感心したよ。

 皆もさち子さんを見習うように」



「え? 役作りピュー?」


「そのマスク。

 衛生管理が行き届いたパン屋の娘を表現しているんだよね?」



「え。あー……。

 まあ、そんなところでスゴー」





松田先輩、ごめんなさい。



昨日まで、パンツ丸出しの、実に不衛生で不謹慎なパン屋の娘でした。





「皆、さち子さんの努力に拍手!」





私はまたもや拍手をいただき、照れながら自分の席に戻った。





さて。

記念すべき初のセリフは何だろう……。


配られた台本を捲り、自分のセリフを確認する。





『てぇへんだ、てぇへんだ!

 おっ父、てぇへんだってばよー!』





……ん?



何だか大変な役をいただいていないか?

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