黒川と白石が病院から帰ってきた。
白石はそのまま自分の部屋で休み、黒川はキッチンで晩ご飯の準備をしていた。
「黒川。
白石の具合はどうですか?」
「大丈夫だ。
薬を飲んで休んでいれば治る。
ところでお前は何でマスクとサングラスをしているんだ?
……まさか、お前も蕁麻疹が出たのか?」
黒川が慌てて私に駆け寄り、マスクを引っ張る。
「違います違います。
白石は私のパンツ丸出し姿を見て蕁麻疹を起こしてしまったのだから、しばらく私の姿は白石に見せない方が良いと思って顔を隠しているだけですから」
「何だ。驚かすなよ」
『バシッ!』
黒川がマスクを引っ張っていた手を放したので、マスクが私の顔面を直撃した。酷い。
「お前が丸出しにしていたのは尻だから、尻を隠さなければ意味がないだろう」
「ちょ、ちょっと! 尻って!
年頃女子に向かって何て破廉恥な言葉を……。
それに、尻じゃなくてパンツですよ!
今はしっかり隠していますし。
そもそもパンツ丸出し事件の発端は黒川ですよ?」
「ハハハ!」
「笑い事ではありませんよ。
私は永遠にこの姿で過ごさなければならなくなるかもしれないのですから」
「青田君から聞かなかったか?
白石君は疲れが溜まると蕁麻疹が出やすい体質だから」
「聞きました。
でも、白石の疲れが溜まったのも私のせいかもしれません。
白石、私の担任になってしまったから……」
黒川が溜め息をついた。
「馬鹿だな。
……まあ良い。
気が済むまでそうしていろ」
「はい。
こうしています」
取りあえず白石の安否確認は出来たので、少し安心した。
黒川からミカンを貰いキッチンを出ると、廊下の向こうから白石がこちらへ向かって来るのが見えた。
白石もサングラスにマスク姿の出で立ちだ。
まずい。
今ここで白石と鉢合わせるわけにはいかない。
隠れる場所が……、無い。
そうだ、オブジェになろう。
『ミカンの女神』だ。
黒川からミカンを三個貰ったので、右手に二個握りしめ、左手に一個掲げあげて、廊下の隅で女神のポーズをとった。
『ドカッ!』
白石がフラリと体当たりしてきた。
ミカンがコロコロと転がってゆく。
「あ。失礼。
サングラスで前がよく見えなかったものですから」
嘘だ……。絶対嘘だ。
白石、わざとぶつかってきたよね?
白石は倒れた私の体を起こすために一瞬手を差しのべようとしたが、その手をさっと引っ込め、廊下に転がったミカンを拾って私の背中の上に乗せて立ち去った。
白石。
何がしたかったんだ……。
「お嬢、
そんな所で何をしているんだ?」
うつ伏せでミカンを背負ったまま見上げると、赤井が不思議そうな顔をして立っていた。
「ミカンの女神を……、
体で表現しているところです」
「ふーん。演劇の練習か……。
大変そうだな。
あ、お嬢。
俺も黒川君からミカンを貰ったから、これも練習に使えよ」
赤井がさらに私の背中にミカン五個を乗せ、行ってしまった。
ム。
赤井の方が二個多く貰っている。許すまじ。
「ちょっと、お嬢。
何しているの?」
「あ、桃。
ミカンの女神がね……、えっと……。
この背中のミカンのせいで起き上がれないのですよ」
「ミカンの女神?
亀にしか見えないけど?」
「え? ……ああ、亀ね。
背中に乗っているミカンが甲羅っぽいですか?」
「うーん。
甲羅にしてはミカンが少し足りないかな」
「お嬢、桃。
何をしているの?」
うっわー。青田だ。
「青田君。
お嬢がミカンの亀になりたいらしいよ」
桃。亀になりたいなど、一言も言っていないよね?
「よしきた!」
うわー! 青田ー、待てー!
青田が段ボール箱ごとミカンを持ってきた。
「青田君。
ピラミッド型にミカンを組んでいけば、上手く背中に乗るんじゃない?」
「そうだね。
でもお嬢、亀なんかになってどうするの?」
どうするか、こっちが聞きたいよ!
……もう、いい。
ここで女神になって生きていこう。
時にはプリンの女神となり、時には塩大福の女神となれば、ここを通る民たちがプリンや塩大福を供えていくだろう……。
女神、最高!
「お嬢……。
ここで何をしている?」
桃と青田が黙々と私の背中にミカンを積んでいると、一際低い声が廊下に響いた。
「ハッ! 黒川ッ!
違います。違うのです!」
「何が違う?」
いつの間にか、私の背中に見事なピラミッドミカンがそびえ立ち、桃と青田の姿はなかった。
私は石化し、ミカンの女神は伝説となった。