「桃。裏庭の草むしり。

 確か、君にお願いしたと
 思うんだけど」



「草むしりは終わったよ」



「うん。

 お願いしていた場所は

 すっかり綺麗になっているね。

 だけど、どうして赤井君だけが

 泥だらけになっているのかな?」



「ああ。

 赤井君が、どうしても草むしりをしたいと言ってきたから。

 代わりにやってもらったの」



「……じゃあ、約束していた

 ご褒美のおやつは、赤井君に

 あげなければいけないね」


「……!

 青田君、ごめんなさい。

 ボクに頼まれた仕事だから

 ボクがやりたかったのに……。

 赤井君に無理矢理

 代われって言われたから」





桃が急に表情を変えて泣きじゃくった。



嘘泣きをしているのは分かっている。





桃は年齢の割りに悪知恵が働いて要領が良い。



素直な赤井君を上手く使って、自分の評価を上げるのに必死だ。





桃のような子どもは、施設では珍しくなかった。

自分の評価を上げるため、嘘をついて大人だけに媚を売って、里親候補に気に入られて早く施設を出て行きたい。





桃の気持ちは痛いほど分かるけれど、この屋敷で媚を売る必要はない。





「桃。

 草むしりをしたくないのなら、
 しなくていいんだよ。

 君が手伝いたいと言ってきた
 からお願いしただけで。

 僕は君に嫌々手伝ってもらおう
 なんて思っていないから」





僕は桃の頭をそっと撫でた。



「青田君、ごめんなさい……」





恐らく、桃は僕の言葉なんか聞いていない。



ただ謝って、その場を収めれば良いと思っているだろう。



別に構わない。



僕が今まで見てきた、愛情不足で育った子どもは大体そんなものだ。





相変わらず赤井君は毎晩夢にうなされて、白石君は部屋を掃除するたび蕁麻疹を引き起こした。



それでも黒川君は無関心で、桃は嘘をつく事を止めなかった。



他人同士が同じ屋根の下で衝突せずに暮らすには、自分も無関心になればいい。



無関心でいたい……。



なのに何故、毎晩うなされる赤井君を抱き締めて、僕は泣いているのだろう……。





それから数ヵ月後、

僕と黒川君と白石君は、爺さんに連れられて

全く知らない人の葬儀に出た。



祭壇の前に、赤井君や桃と同じ年頃の少女が黙って立ち尽くしていた。





「はじめまして。

 私は君の母さんの父さん。

 つまり、君のお爺さんだよ」



爺さんが少女の前に歩み寄り、屈んで話し始めると、少女は視線だけを爺さんに向けた。



その目は虚ろで何を考えているか分からなかったけれど、まだ両親の死を理解していない様だった。





「君の母さんが子どもの頃に住んでいた屋敷で、君の父さんと母さんが迎えに来るまで一緒に待っていよう」



「……」



爺さんが笑顔で少女に手を差し伸べると、少女は長い時間考えてためらいつつも、そっと爺さんの手を取った。



「……!」


少女を屋敷に連れ帰った後、僕は爺さんに詰め寄った。



「爺さん、
 何であの子に嘘をついた?

 あの子の両親は死んで、
 二度とあの子の前に現れない。

 それを待ち続けるなんて……」



「あの場で『君の父さんと母さんは死んだ。一生迎えに来ない』と言って、あの子は冷静でいられただろうか?

 泣きわめく子どもを引きずって、全く知らない場所へ無理矢理連れて行く方が、私には酷な気がした」



「それでも、
 嘘だと分かる時が必ずくる。

 早く現実を受け止めた方が、
 あの子のためになるはずだ」


「青田君。
 君の様に、自分の運命を簡単に受け入れられる人間ばかりではないのだよ」





僕が自分の運命を受け入れている?



馬鹿な。



僕は、自分を捨てた母親も施設で育った時間も、この屋敷で自分勝手に生きている奴らも全て憎んでいる。





「僕は自分の運命を簡単に受け入られるほど強い人間ではない!」



「青田君。

 私は君が強い人間だとも、あの子が弱い人間だとも思っていないよ」



「……」


僕は何も言わず爺さんの前から立ち去り、自分の部屋に戻った。



爺さんに『強い人間』だと思われていなかった事が悔しかった。



施設で母を待ち続け、迎えに来ない母に見切りをつけ、施設で小さい子の世話をして、いつも笑顔でいた自分を全て否定された気分だ。





僕の事を何も知らないくせに……。





「クッ……」



ベッドの上で声を殺して泣く。



こんな時は、やたら広くて、他人に無関心な人間ばかりが集まるこの屋敷で良かったと思う。


相部屋の狭い施設なら、泣くことすらできない。





それから数日後、爺さんは、自分の孫娘だからといって、大事にしろとも特別扱いしろとも言わず、そのまま海外へ行ってしまった。

閑話(青田の過去)その二

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