今、





私の目の前に枯れ草色の布と型紙がある。









この一枚の布の何処をどう切って縫い合わせればパン屋の娘が着る服になるのか……。

 

想像すらできない。



しかも自分の体型に合わせてサイズを調整するなんて、素人には到底無理だ。





しばらく布と型紙を眺める。



そうだ!

ごみ袋方式だ!





小さい頃、大きめのゴミ袋に頭と手を出す穴を開けて被り、ドレスに見立てて遊んでいた。



ゴミ袋に油性ペンで模様を描き、ウエスト辺りを紐で縛れば、立派なお姫様のドレスの出来上がり。



それでよく桃とお姫様ごっこをしていたな……。



赤井は風呂敷をマントがわりに王子様役をするけれど、決まって最後は、呪いによって悪の女王となった私から、お姫様の桃を救う赤井王子との対決になり、大喧嘩になって黒川達に怒られていたな……。


くっそー、赤井め。許すまじ!





とにかくこの長い布を半分に折って両端を縫い、頭と両手を出す穴を開けよう。



直線縫いなら何とかなりそう。



どうせ脇役だし、ほつれなんて遠目で見たら分からない。





私はゴミ袋方式でパン屋の娘の衣装を作り上げた。

 



よし。試着だ。

頭から被る時に生地がメリメリと音を立てるけれど、気にしない。



鏡の前に立って自分の姿を確認する。





う……、うん。



ウエスト辺りを紐で縛ればドレスっぽくなるはず。



丁度、大暴れして椅子に縛りつけられた時の縄がここにあるから、それを巻いてみよう。







パン屋?


 

何だろう……。

パン屋でもなければ、お姫様でもないな……。





「お嬢、入るぞ」





鏡の前でグルグル回っていると、黒川が部屋の扉をノックして入ってきた。





「……。何をしているんだ?」





「あ、黒川。

 今の私、何に見えますか?」





「ジャワ原人」




ですよねー。

この小道具の、パン生地を延ばすための麺棒を持ったら、ますます原始人ですよね……。





ジャワって何だー! フンガー!





「お前、中世ヨーロッパの背景を

 描いていなかったか?

 あー、分かった。

 中世ヨーロッパに突如現れた

 原始人の役か」



「新人が主役級にインパクトのある役をもらえるわけないでしょう?

 戦火に逃げ惑うパン屋の娘ですよ」



「パン屋の娘?」




黒川が、頭のてっぺんからつま先まで舐め回すように私を見る。



み……、見ないでくだされー。



まじまじと見られると恥ずかしい……。



私は小道具の麺棒で顔を隠した。



「パン屋の娘が二の腕を

 丸出しにしているのはおかしいだろう」



「袖の付け方が分からないのですよ」



「お前、ここに型紙があるじゃないか。

 何で型紙どおりに作らないんだ?

 その原始人の衣装を脱いで寄越せ」



「は……、はい」



黒川に布を渡すと、黒川が布の上に型紙を置き、マーカーで線を引いていった。



「お嬢、青いマーカーで引いた線を

 ハサミで切っていけ。

 縫い代があるから、赤い線は切るなよ?

 絶対!」



「は……、はい」





どれがどのパーツかさっぱり分からないけれど、黒川が引いた線のとおり、黙々とハサミで切っていった。





「黒川、終わりました」



「よし。じゃあ、次は仮縫いだ」



「仮縫い……。本格的ですね」


黒川がパーツ同士を合わせて待ち針を打っていく。



「仮縫いだから、縫い目は雑で構わない。

 待ち針に気を付けて、

 赤いマーカーどおりに縫っていけ」



「はい」





椅子に座って、黒川と仮縫いをしていく。





学校に持っていく体操着袋や給食袋は、

いつも黒川のお手製だった。



今まであまり気にしたことがなかったけれど、

黒川がこんな風に一つ一つ作ってくれていたんだな……。


「……黒川。

 黒川が作ってくれた給食袋や上履き袋。

 いつも豚のアップリケが

 縫い付けられていましたが、

 何故、豚だったのですか?」





「あれは豚ではない。

 白石君がデザインした柴犬だ。

 あの頃、お前が犬を飼いたいと

 言っていたが、飼えなかったから。

 せめてお前の持ち物に

 犬を付けてやろうと思ってな」



「そうだったのですか……」



黒川。

長年の疑問が今解決したよ。


白石。

ずっと豚と間違えていてごめんね。



「さて。

 大まかなパーツの仮縫いは、

 これで終わったな。

 お嬢、裾の長さを調整するから

 一度着てみろ」



「うん。

 あの……、黒川」



「何だ?」



「ここで着替えますから、

 絶対見ないでくださいよ?」


「お前の着替えなど、見るわけないだろう」





いやいや。



この人はオーバル柄のパンツを見た前科がありますからね。



用心しなくちゃ!



窓の外を見ている黒川を警戒しながらジャージを脱いで、仮縫いしたパン屋の娘の服に着替える。



黒川、窓の外を見るふりをして、窓ガラスに映った私を見ているんじゃないの?



「お嬢、まだか?」



「あ、はい。

 今、着替え終えました」


おお……。

私が作った原始人の服より洋服らしくなっている!



「……でも、黒川。

 背中がバックリ開いていますが、

 こんなにセクシーなパン屋の娘は

 破廉恥でけしからんと思います」



「ああ……。

 背中は後でファスナーを付けて、

 着脱しやすくした方が良いだろうと

 思って開けてある」





黒川、何たる心遣い!



「お嬢。

 今から裾上げで待ち針を刺すから、

 じっとしていろよ?

 動いたら針が刺さるからな」



「は、はい」





黒川が私の傍で跪いた。



こ……、この体勢……。

まるでお姫様にプロポーズをする王子様。





「く、黒川王子……」

 


「うるさい。

 黙っていろ。針が刺さるぞ」





あ。王子でも何でもなかったわ。





しばらく、針が刺さらないよう、

仁王立ちの緊迫した時間が続いた。





「丈はこの位で良いな。

 後は俺がミシンで縫って

 仕上げておいてやろう」



「わー。助かります!」



「それより、

 お前がジャワ原人の時に開けた

 穴のせいで、後ろに大きな穴が開いて

 パンツが丸見えだな……」



「エッ?

 嘘っ? ギャッ! 痛っ!」



「あー。

 ほら、動くなと言ったのに」



「く、黒川ッ!

 ずっとパンツ丸見えだったのを

 知りながら、裾上げしていたのですかッ?

 痛ッ!」



「いや。

 途中で言ったら、お前が動いて

 危ないと思って。

 でも無駄だったな。

 あー、落ち着けって」


「落ち着いていられるものですかッ!

 ギャッ!

 黒川! 今すぐ脱ぎますから、

 あっちへ向いていてください!

 痛ッ!」



「お嬢、

 洗濯した洋服を持ってきまし……、た」



白石が部屋の扉を開けた瞬間、

パンツ姿の私を見て固まった。



「うわー! 白石ッ。

 扉を開け放ったまま固まるなー!

 痛ーッ!」

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