黒川からの許可を貰えたのか貰えていないのか分からないまま、松田先輩の家の車に乗せてもらって手芸店へ向かう。



サテン? ベルベット?



先輩達が生地の質感や色合いについて話し合ったり、何メートル購入するか計算しているけれど、さっぱり分からない。





「さち子さん。

 さち子さんが演じるパン屋の娘の衣装は、この生地がいいと思うけれど、どうかしら?」



桜子先輩が枯れ草みたいな色の布を持ってきた。

 

「おお。良いですね!

 このゴワゴワした肌触りと枯れた色合いがパン屋の娘を表現するのに最適だと思われます」



よく分からないけれど、取りあえず褒めておかなくては。



「そう。良かったわ。

 では型紙と生地を渡しておくから、お手伝いさんにでも作ってもらってね」



え……。

やっぱり作るの?



どうしよう。

裁縫なんかさっぱり分からない。





松田先輩が会計を済ませて、いよいよファミリーレストランへ。





初めてのファミリーレストラン。


ファミリーレストランというだけあって、家族の絆をテーマにしたレストランなのでしょうな……。





うー。楽しみー!





店内に入ると、店員がファミリースマイルで迎えてくれた。



「いらっしゃいませー。
 何名様ですか?

 当店、全席禁煙となっておりますが、よろしいですか?」



良かった……。

黒川の言っていた、不良の溜まり場では無さそうだ。



「では、
 空いている席にどうぞー」



窓際の一番広い席に着くと、松田先輩がメニュー表を配ってくれた。



「さち子さん。

 お腹が空いているなら、何か軽いものを注文するといいよ」



「あ、はい。
 ありがとうございます」



松田先輩、
相変わらず気配りが凄いな。


黒川達も見習って欲しいよ。



お、何だ?

このメニュー表。



全メニュー写真付きで、どれも美味しそう!


以前、黒川の我が儘で付いて行かざるをえなかったレストランのメニュー表は文字ばかりで、しかも何語で書かれているかすら分からなかったな。



結局、あの日は黒川が勝手に料理を決めていたけれど、これなら私でも選べる。

 

フリーダム!



ん? でも待てよ?



今、私の懐には五百円玉が一枚。

 

この『お袋の味風 鯖味噌缶詰め定食』は七百円だから、完全に予算をオーバーしている。



五百円玉と相談しながら注文しなければならないのか……。

……と、なると、四百円の『盛り盛り揚げ揚げポテト』になってくるけれど、芋ばかり食べたい気分でもないし、二百円のドリンク飲み放題を諦めなければならなくなる。



三百円以内のメニューは冷奴か枝豆か……。



うーん……。





「さち子さん、随分悩んでいるわね」



桜子先輩がクスクスと笑う。



「ス……、スミマセン」



「いいよ、さち子さん。

 初めてなんだから、
 ゆっくり選んで」



松田先輩が優しく微笑む。


メニュー表の最後のページを捲ると『本日のランチ』が大きく載っていた。



お。午後三時までの注文に限り、ドリンク飲み放題がセットになって五百円。



今は二時五十分だから、これなら注文できる!



「これに決めたッ!」



思わず叫びながら立ち上がってしまったので、部員の皆様が驚いている。



「あ……、さち子さん。

 このボタンを押せば、
 店員が注文を取りに来てくれるから……。ね……?」



松田先輩がテーブルの上に置かれていたボタンを押した。

心なしか、その手は震えていた。



「ハッ。失礼しました」



慌てて座る。恥ずかしい……。





注文を済ませると、続々と注文した品がテーブルに運ばれてきた。



「さち子さん、
 相当お腹が空いていたんだね」



私の前に運ばれてきたランチセットを見て、再び松田先輩が微笑む。



「え?」



辺りを見回すと、部員の皆様は全員デザートを注文していた。



ガッツリご飯を注文しているのは私だけだ。

『軽いもの』って、そういう意味だったのね……。



赤っ恥。



「さち子さん、
 そんなに恥ずかしがらなくていいよ。

 沢山ご飯を食べる子、
 僕は好きだな」





ま……、松田先輩……。

そこまで気を使わなくていいです。

目の前の大盛りランチは、さっさと食らい尽くして消し去りますからッ!



私は大急ぎで目の前の大盛りランチを掻き込んだ。



味わう余裕など皆無。


ふぅ、満腹。



やはり私にファミリーを満喫する資格はなかったのか。



黒川の言う事を聞いて、大人しく屋敷に帰れば良かった……。



「さち子さん。

 ドリンクバーで好きな飲み物を淹れておいでよ。

 楽しみにしていたでしょう?」



「は、はい!」



松田先輩、とことん気遣い王子。

さて、ドリンクバーに来たものの、ファミリーレストラン初心者の私はドリンクバーのシステムがさっぱり分からない。



回りの人達はカップを機械に置いてボタンを押しているようだ。



取りあえず真似してみよう。



おお。ドリンクの種類が豊富ですなー。



何から飲もうかな。



まずはお嬢様らしく、紅茶でもいただきますか。



『紅茶用・お湯』



ここにカップを置いて、ボタンを押せばいいのかな?






まずはお嬢様らしく、紅茶でもいただきますか。



『紅茶用・お湯』



ここにカップを置いて、ボタンを押せばいいのかな?

 

『ジャー……』



おお、出た出た。感動!





ん?



色が付いていませんね……。

無色透明。



ファミリーレストランの紅茶って、透明なの?



自分の席に戻り、無色透明の紅茶を飲んだ。





「……」


……うん。お湯だ。





「さち子さん、何を飲んでいるの?」



気遣い王子が声を掛けてくれる。



「お湯です」



「え? あ……、あー。

 お湯が飲みたかったのなら別に構わないけれど……。

 折角だから色々飲んでみたら?」



松田先輩。



そうしたいのは山々なのですが、お湯しか出てくれなかったのですよ。



私にファミリーを満喫する資格は無いのです。

ううっ。

気を取り直して、もう一度ドリンクバーへ行く。



私に紅茶を飲む資格などないから、オレンジジュースにしておこう。





ん?



この機械は押すボタンが無くて、どういう仕組みでジュースが出てくるのか分からないな……。



カップを置くだけで勝手に出てくるの?

 

「……」



出ない。


オレンジジュースが入っているタンクを振ればいいの?

それともオレンジジュースだけ別料金で、この機械のどこかにお金を入れなければ出ないとか?



……はッ!

もしかして、私にはオレンジジュースを飲む資格すら無かったとか?



オレンジジュースの機械にカップを置いたまま、しばらく固まっていると、背後からスッと手が伸びてきて、その手がカップを持ってレバーを押すと、カップにオレンジジュースが注がれた。



「あ……。ご親切に、ありがとうございます」



振り返ると、鼻眼鏡を掛けた背の高い紳士が会釈をして店の一番奥の席へ行ってしまった。



……。

何故、鼻眼鏡?



気になって鼻眼鏡の紳士の席を見ると、鼻眼鏡の向かい側にサングラスとマスクを掛け、両手に白い手袋をはめた紳士が座っていた。



あのグラサン紳士……。



ホワイト・ストーン氏に似ていないか?



いや、まさか。

潔癖性のホワイト・ストーン氏が、ファミリーレストランなどで食事をするわけありませんよ。

ハハハ。



ホワイト・ストーン氏似のグラサン紳士の隣には……。



ジャージー姿の青田ッ!

変装も何もしていない青田ッ!

そのまんま青田ッ!


奴らは一体何をしているの?



あッ!



三人とも『特選!店長の気まぐれランチ』を食べている!



あのランチ、千円だよね?

ズルい。ズルすぎる。





「さち子さん、そろそろ会計を済ませて帰るよ」



「あ、ハイ」



レジに行くと、私が注文した『ドリンク飲み放題付きランチセット』は五百五十円だった。



しまった……。



ライスを大盛りにすると五十円追加されるのか。



ファミリートラップ!



「あの……、松田先輩。

 五十円を……。

 五十円玉を貸していただけませんか?」



松田先輩はクレジットカードで会計をしていた。



「ああ。

 細かいお金って、面倒だから持ち歩かないよね。

 いいよ、さち子さん。今日は奢ってあげるよ」



「いえ。お金は必ず返しますから」



松田先輩……。



面倒だから小銭を持ち歩かないのではなくて、小銭すら持ち歩けない経済状況なのです。



結局私は初めてのファミリーレストランで、ファミリーの厳しさを知った。



屋敷に戻れば、きっと黒川に説教されるのだろう。





憂鬱だ……。

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