「ぶっは! ちょっとジャージー。

 これ、いつ書いたの?」



佐藤ミサは今日も私のベッドに寝転がって暗黒ポエムを読み漁る。



「佐藤ミサ。

 私が書いた暗黒ポエムを読むのは構いませんが、少し静かにしていただけますか?

 只今、計算ドリルの筆算をしているところなのです」



「えー? どれ? はぁ?

 こんな簡単な計算ぐらい、
 暗算で解けるだろ」



「私は慎重派なのです。

 どんなに簡単な計算問題であろうと、筆算を欠かしたことがありません」



「ふーん。

 別にいいけどさー。ぶふっ」



佐藤ミサがまた、暗黒ポエムを読み始めた。


「佐藤ミサ。

 私に勉強を教える気がないのなら、帰っていただけませんか?

 毎回、問題が五問程度しか解けていなくて、しかも全て間違っていて。

 結局、佐藤ミサが帰った後、黒川と勉強しなければならないのですから」



「えー?
 黒川サンと二人きりで勉強できるの?

 最高じゃん!」



「最高?

 最高なんかじゃありませんよ。

 地獄ですよ。

 毒まむしのような鋭い視線を
 浴びながら問題を解くあの緊張感。

 オオ! 恐ろしい!

 思い出すだけでも鳥肌が立ちます」



「毒まむしって何?

 見たことないんだけど」


「私も見たことはありません。

 何となく語感が良かったから
 言ってみただけです。

 とにかく、今の佐藤ミサとの
 時間は無駄です。

 無駄の極みです」



「……。

 そうだ、ジャージー。

 アンタ、メイクしたことある?

 教えてあげようか?」



佐藤ミサ、

勉強を教える気が全くないな。



「いえ、結構です。

 まだお洒落に興味がありませんし。

 お洒落が必要になった時は
 桃に相談しますから」



「桃って……。

 あの、やたら女子力の高い執事?

 相談している割にジャージーの格好、

 滅茶苦茶ダサいんだけど。

 桃って奴も大したことが
 ないんじゃない?」



「佐藤ミサ、止めてください。

 私の悪口はいくら言っても
 構いませんが、桃達の悪口は
 絶対許しませんから」



「何なの?

 ただの執事じゃん。

 家族でもないのに」





『家族でもない』





その言葉に一瞬、白石に『家族ではない』と言われた時の事を思い出した。


「確かに家族ではありません。

 でも、桃達は私にとって
 家族以上に大切な存在です」



佐藤ミサはしばらく黙って私の顔を見ていたが、小さく溜め息を漏らした。



「ハイハイ。

 『家族以上の存在』とか、
 古いホームドラマみたいで
 気持ち悪い。

 アンタが執事達の事を
 家族以上だと思っていても、
 執事達はアンタの事を、
 ただの雇い主としか思っていないかもよ?」



「いいですよ。別に」



しばらく沈黙が続いた。



佐藤ミサ……。

何故、桃達の事になると、攻撃的になるのだろう。


もしかしたら私と佐藤ミサは友達になれるかもしれないと思っているのに。





「……。

 あ、そうだ。

 ジャージー、
 今度一緒に遊ばない?」



ベッドに寝転がっていた佐藤ミサが、暗黒ポエムを閉じて起き上がった。



「え?」



「アンタ。

 友達がいないから、
 いつもそうやって執事に依存して暗い事ばかり言っているんだよ。

 私の友達を紹介してあげるからさ。

 交遊関係を広げて、
 もっと社交的になりなよ」



「社交的になんかならなくていいです。

 それに、
 私には親友が一人いますので。

 親友一人いれば、それで充分です」



「ほらー。

 また暗い事を言っている。

 もう決めたから。
 沢山友達を集めておくね。

 あ、時間だ。
 今日はこれで終わり。
 またねー」



そう言って佐藤ミサは帰ってしまった。



私の手元には、まだ六問しか解けていない計算ドリルが残された。

今日は、いつもより一問多く解けたから、黒川、褒めてくれるかな……。





…………。





人生、そんなに甘くはなかった。


後はお察しのとおり。


…………。



佐藤ミサー!

お願いだから勉強を教えろー!  

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