「さち子、

 何を抱えているの?」



白石の車を降り靴箱に向かう途中、背後から声を掛けられた。



「あ。エビちゃん、
 ごきげんよう。

 これは演劇部で使う背景ですよ」



「演劇部?

 さち子、
 応援団に入っていなかった?」



「あー。
 応援団も入っていますよ。

 今は掛け持ちをしているけれど、

 いずれ応援団は辞めるつもりです」



「さち子が演劇部……」



「ハハ。

 やっぱり似合いませんよね?」



「あ、ごめん。

 そういう意味じゃなくて。

 さち子、
 人前で目立つ事が嫌いだったから、

 少し意外で……」


「そうですよね。

 私も部活に入部するつもりは全くなかったけれど、いつの間にか応援団と演劇部を掛け持ちすることになってしまって驚いています」



「……。さち子、変わったよね」





私は変わるつもりがないけれど……。



爺ちゃんが死んでから、少しずつ環境が変わっていく。




昼休みが始まると同時に、私は黒川手製の弁当を掻き込んだ。




「さち子、
 いつも以上に食べるのが早いね」



「エビちゃん。

 今日は昼休みに応援団の
 ミーティングがあるから
 急いで行かなくちゃ!
 
 ゴッハー」


「ちょっと、大丈夫?

 むせてるじゃない。

 慌てないでよ」



エビちゃんが水筒からコップにお茶を注いで手渡してくれた。



「ありがとう、エビちゃん。

 ゴフッ。いってきます」



「気を付けてね」





ミーティングで、今月応援に行く試合の日程表を渡される。



桃が所属しているチア部と一緒に行くのか。



そう言えば桃、土日によく出掛けていたよな……。

放課後、昨日描いた背景を松田先輩に渡す為、体育館へ行く準備をする。

 

……ん?



教室の隅に置いておいたはずの背景がない。



もしかして白石、自分が描いたポメラニアンが今さら恥ずかしくなって捨てたのかな……。





まあ、いいや。



どうせ見せてもボツになるだろうし。

松田先輩に新しい模造紙をもらって描き直そう。


体育館へ向かうと、松田先輩と二人の部員が作業をしていた。



「あれ?

 さち子さん。
 今日も練習はないよ?」



「あ、はい。

 背景を描いていたのですが、
 失敗してしまって……。

 新しい模造紙を少し分けて
 いただけませんか?」



「おお、さち子さん。

 早速取り掛かってくれて
 いるんだね。

 模造紙なら沢山あるから、
 遠慮なく使って」





松田先輩、優しいな……。


私は松田先輩から模造紙を多めに受け取り、白石の車で帰宅した。





キッチンの前を通ると、黒川が夕食の仕度をしていた。





「黒川。
 ただいま帰りましたー」



「お帰り。何だ?

 昨日描いた背景、
 ボツになったのか?」



黒川が、新しい模造紙を抱えた私を見ている。



「いえ。もう一度書き直そうと思って。

 黒川、聞いてください。

 昨日描いた背景を教室に置いておいたら、いつの間にか無くなっていたのです。

 恐らく白石が、化け物のようなポメラニアンを描いてしまったことを恥じて、こっそり捨ててしまったのだと思います。

 酷いと思いませんか?」


「……。

 お前、その事を白石君に
 言ったのか?」



「いいえ。言っていませんが」



「白石君はそんな事をしないだろう。

 少しそこで待っていろ」



黒川はオレンジジュースが入ったグラスをカウンターに置き、何処かへ行ってしまった。



私がオレンジジュースを飲みながら待っていると、黒川がアルバムのような物を数冊抱えて戻ってきた。



「白石君は、お前が描いた絵は
 ただの落書きだろうがチラシの裏に描いたものだろうが、全て丁寧にファイリングしている」



私はカウンターの脇に置いてある椅子に座り、黒川が持ってきたアルバムを開いた。


そこには沢山の絵が貼り付けてあり、その一つ一つに日付と誰が描いた絵か、何を描いた絵かが、白石の几帳面な文字で丁寧に記されていた。



皆、絵が下手だな……。



あ。

キャンディーの包み紙に描いた落書きだ。



これはテストの裏に描いた落書き……。



「背景は、お前の勘違いで別の場所に置いたか、誰かがゴミと間違えて捨てたんじゃないか?」



ゴミと間違えて捨てる方が酷くないか?



「そうですね……。

 私の勘違いだったかもしれません。

 明日、もう一度よく探してみます。

 黒川。
 このアルバム、
 しばらく借りていいですか?」


「ああ」



私は模造紙とアルバムを抱えて自分の部屋へ戻った。



ベッドに寝そべってアルバムを開く。



あ……。このパンダ。

随分前に『パンダのお尻は白か黒か』で揉めて、皆うろ覚えで描いたやつだ。



白石が描いたパンダが、黒いビキニを着ているようにしか見えなくて、皆で大笑いしたな。



懐かしい。



そんな事を思い出しながら、私はいつの間にか眠ってしまった。

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