今日は『佐藤ミサ』こと、サトミンがやって来る日だ。



サトミン……。

それは黒川達が雇った私の家庭教師。



王子様の訪問や応援団への入団、体育祭、黒川との墓参りなど、色々あってすっかり忘れていたけれど、これから佐藤ミサの恐怖の二重人格と戦っていかなければならない。



「佐藤さん。

 ジャージーの勉強を見るのは

 大変かもしれないが、

 お願いするよ」



「ハーイ。

 黒川さん、大丈夫ですヨ。

 任せてください」



「お嬢。

 佐藤さんの言う事を聞いて、

 ちゃんと勉強しろよ?」



「うー。はいはい」



黒川が部屋から出て行った後、早速、佐藤ミサは私の部屋を物色し始めた。



「あの……。

 佐藤ミサさん?

 この部屋に金目の物は
 ありませんよ?」



「バーカ!

 そんな事したら警察に
 捕まるだろうが」



「じゃあ、何をお探しで?」



「うるせー。

 漢字ドリルでも解いてろ」





佐藤ミサが漢字ドリルを投げつけてきた。



あ、酷い。

小学六年生用だって。


流石に解けますよ。





土産? 田舎? 権化? 厳か?
松明?



ン? ンン……?

全く読めませぬ。





私が小学六年生用の漢字ドリルに悪戦苦闘している間、佐藤ミサはクローゼットの奥から、私が書き綴った暗黒ポエムを発見し、読み漁っていた。





「あッ!

 佐藤ミサ、
 それは読まないでッ!」



「ブッフー!

 アンタこれ、本気で書いたの?」



「ほ……、本気ですよ?」


「こんなの書く奴、
 本当にいたんだ」



「いますよ」



「ぶっは! 面白ーい」



「……」





佐藤ミサが私の暗黒ポエムを読みながらゲラゲラ笑っている姿を立ち尽くして見ていると、黒川が扉をノックして部屋に入ってきた。





「お嬢、進んでいるか?

 お茶を持って来た」





いつの間にか佐藤ミサは暗黒ポエムを隠し、ちゃっかり椅子に座っていた。



「お前、
 何故そんな所で
 突っ立っているんだ?

 手に持っているのは
 漢字ドリルか?

 どれ、見せてみろ」





黒川が私の手から漢字ドリルを奪う。





「あッ!

 見ないで、黒川」





「ウミガメ? でんしゃ?

 けんか? きびしか?
 
 マツアキラ?

 一問も合ってねえな……。

 マツアキラって誰だ?」





「頑張って答えを埋めてみたのですが、一つも合っていませんでしたか……」



「何故、

 一問目の土産がウミガメに
 なるんだ?」





「だって、

 ウミガメは土の中に
 卵を産むじゃないですか」





「なるほど……。

 お前、なかなか頓知が利くな。

 まあ、今日は
 初日だから仕方がねーな。

 努力した事だけは認めてやろう」





「ありがたき幸せッ」





「……」



佐藤ミサが黙って私を睨んでいる。

ヤダ怖い。





「お嬢。

 そんな所で突っ立っていないで、

 椅子に座れ。

 一旦休憩だ」



「ハイ」





黒川がカップに紅茶を注いでいる間も、佐藤ミサがずっと睨んでいる。



何なの?

本当に怖い。



「佐藤さん、

 ジャージーとは上手く
 やっていけそうかな?」



やっていけない!



黒川、
早く佐藤ミサの正体に気付いて。





「黒川サン、安心してください。

 ジャージーは頑張り屋さんだから、

 きっと成績が伸びますよ」





嘘だよ、黒川。



一問も教えてくれないのに、成績なんて伸びないからね。





「そうだ、黒川サン。

 ジャージーが
 この屋敷を案内したいと

 言っているのですが。

 今から案内してもらっても
 構わないですか?」


嘘だ。

そんな事、一言も言っていないから。





黒川、駄目だよ?



私の部屋に金目の物が無かったから、

次は屋敷中を物色したいんだ。





「ああ、構わない。

 お嬢、
 佐藤さんに屋敷を案内して差し上げろ」





黒川……。





「あ。じゃあ、

 黒川も一緒に案内しませんか?」


「俺は今から

 夕食の準備に取りかかる。

 案内ぐらい、

 お前一人で出来るだろう?」



「あ……。うーん……」



「何だ? お嬢。

 佐藤さんと仲良くしろよ?」





黒川は小さく笑い、部屋から出ていった。





「さあ、ジャージー。

 まずは、この屋敷の執事を紹介してよ」





佐藤ミサが邪悪な笑みを浮かべる。



佐藤ミサ、何を企んでいるの?

紹介するだけなら構わないけれど、皆に迷惑は掛けたくないな……。





「あ。じゃあ、

 キッチンで夕食の準備をしている

 黒川でも見に行きますか?

 上手くいけば、お菓子をゲット

 できるかもしれませんよ?」



「馬鹿か!

 さっき会ったばかりだろうが!」





佐藤ミサ、ご立腹。



ですよね……。

分かっていたけれど。


黒川の前では大人しくしてくれそうだからさ。





「それに今ダイエット中だから、

 お菓子なんか食べねーよ」





え?

そんなに華奢なのにダイエット?



桃もそうだけど、女子力の高い女子は大変ですな。



では、黒川が佐藤ミサ用に準備したお菓子は私が代わりに食べて差し上げよう。



ラッキー!


「ジャージー、

 早くアンタんちの執事を紹介しな」





「うー。はいはい」





仕方がない。



佐藤ミサの事だから、白石達の前なら大人しくしているだろう。



適当に紹介しておこう。



佐藤ミサを連れ、

まずは赤井の部屋へ向かった。





「赤井ー、いますかー?」


「何だ? お嬢。

 今日は家庭教師と勉強する日じゃ

 なかったか?」





赤井が部屋から出てきた。





「はい。

 その家庭教師を赤井に紹介したくて。

 赤井、コイツが佐藤ミサです。

 佐藤ミサ、ソイツが赤井です」



「お嬢……。

 紹介の仕方が適当だな」





当たり前だ。

適当に紹介してるもの。



さっさと紹介を終わらせて、佐藤ミサのおやつをいただかねば。


「赤井サン、始めまして。

 佐藤ミサでーす。

 私の事はサトミンって
 呼んでくださいねっ!」





「よろしくな、サトミン。

 ちなみに俺はお嬢と同い年だから、

 さん付けしなくていいから」



「ヤダー。

 ジャージーと同い年?

 笑っちゃう。

 じゃあ、
 赤井クンと呼ばせてもらいますね」





どこに笑う要素があるんだ?


「ん? ジャージーって何だ?

 ところでお嬢。

 サトミンにアドバイスしてもらって、

 お嬢も、もっと見た目に気を使った方がいいぞ」



「うるさい、赤井。

 佐藤ミサ、次行きますよ」



「はーい。

 赤井クン、またねー」





次に私は佐藤ミサと屋敷の外に出た。



丁度、青田は庭先で庭の手入れをしている最中だった。



「青田ー。

 ちょっといいですかー?」



「お嬢、どうしたの?

 もしかして勉強が嫌で逃げてきた?」



「ハハ、まさか。

 今日は真面目に勉強していますよ。

 先ほど黒川に褒めてもらいました。

 今は休憩時間なのです」



「へえー。偉いな。

 じゃあ、

 後でとっておきのお菓子をあげるね」



「わーい。

 青田、私の隣にいるのが家庭教師の

 佐藤ミサです。

 佐藤ミサ、目の前にいるのが青田です。

 青田、

 ついでに佐藤ミサ分のお菓子も

 貰えますか?」

「もちろん。

 庭の手入れが終わったら

 用意しておくから後で取りにおいで。

 佐藤ミサさん、

 お嬢の事、よろしくね」



青田が佐藤ミサに微笑んだ。





やりました!

二人分のお菓子をゲット。



佐藤ミサの分は、もちろん私が頂きますよ。





「あ……、ハイ。

 青田サン。

 ジャージーは私に任せてください」



佐藤ミサ、急に大人しくなったな……。


二人きりでいる時と大違い。





「佐藤ミサ。

 次は強敵の所へ行きますから、

 心しておいてください」



「……」



佐藤ミサが黙り込んでしまったが、構わずランドリールームへ向かう。



「白石ー。入りますよー?」



そっとランドリールームの扉を開くと、白石はアイロン掛けをしていた。

「……」



白石は佐藤ミサの姿を見て、あからさまに不機嫌な顔をした。



白石は自分の領域に他人が入ってくるのを極度に嫌う。





「白石。

 少しお時間よろしいですか?」



「何だ? 手短に言え」





お。

白石が白石先生になっている。



佐藤ミサの前だと敬語を使わないのか……。

「白石、

 隣にいるのは家庭教師の佐藤ミサです。

 佐藤ミサ、こちらが白石様です。以上」



「……」





長年、白石と一緒に暮らしているから分かる。



白石は今、滅茶苦茶機嫌が悪い。



こんな時はなるべく関わらず、とっとと立ち去った方が良い。





「さあ、佐藤ミサ。退散しますよ」


佐藤ミサの方へ目を向けると、佐藤ミサが白石を見て、驚いた表情で固まっていた。





ん?

佐藤ミサ、白石の事を知っているの?



……。



そんな事どうでもいいや。

早く退散しよう。





「白石、失礼しました」



私は慌てて佐藤ミサの手を引き、ランドリールームから退出した。


ランドリールームから出ると、佐藤ミサが私の手を払った。



別に佐藤ミサと手を繋ぎたかったわけではないから、いいけれど。





「さあ、最後に桃の所へ行きますか?」



「桃って、あの女執事か?」



「桃は女じゃないですけどね」



「女は紹介しなくていい」



「だから、桃は男だって」



「うるせー。

 女の格好をしている奴に興味ねーよ」


「あー。ハイハイそうですか。

 ならば部屋に戻って

 おやつを食べていいですか?」



「……」



私は佐藤ミサに構うことなく、廊下を歩いた。



「……アンタ、

 お嬢様らしくないよね」



後ろで佐藤ミサがポツリと呟いた。



「そうですね。

 ジャージを着たお嬢様って、

 なかなかいませんよね。

 でもジャージは楽で良いですよ?」

「いや。

 見た目とか、そういうのじゃなくて……。

 アンタより執事達の方が立場が上というか……」



「ああ。

 雇い主は私じゃなくて、私の爺ちゃんですし。

 この屋敷に来た順番は、私が一番最後でしたから。

 自然にこんな感じになりました」



「アンタ、

 生まれた時からこの屋敷にいるんじゃないの?」



「はい。父さんや母さんが生きている頃は、

 小さなボロアパートに住んでいたので。

 この屋敷の存在すら知りませんでした」

「ふーん。

 アンタも複雑な家庭で育ったんだ」



「別に複雑ではありませんけどね」





私は何で佐藤ミサにベラベラ喋っているのだろう。



……ん?



「アンタも」って言った?



「アンタも」という事は、佐藤ミサの家庭も少し変わっているの?





駄目だ。


人の過去に首を突っ込むなって、桃に言われたばかりだ。



深く考えるのは止めておこう。





「佐藤ミサ。

 部屋に戻って一緒におやつを食べませんか?

 黒川が焼いたクッキーやケーキは、

 沢山食べても太りませんよ?」



「フッ……。

 アンタ、本当に面白い奴だね」



佐藤ミサが小さく笑った。



それから二人で黒川特製のクッキーを食べ、

佐藤ミサは帰って行った。


佐藤ミサ、思ったより悪い奴ではないのかな……。





佐藤ミサが帰った後、結局、今日一日で小学六年生用の漢字ドリルを五問しか解いていない事実が発覚し、黒川の説教を受けるはめに。



佐藤ミサ……。



私に勉強を教える気があるのだろうか……。

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