「お嬢、入ってもいい?」



黒川との墓参りを終え、自分の部屋で着替えていると、部屋の外から桃の声がした。




「うん。いいですよ」




桃がニコニコしながら部屋に入ってくる。


「桃、

 ワンピースを貸してくれて
 ありがとう。

 洗って返すね」


「うん。それよりお嬢、

 黒川君とのデートは
 どうだった?」


「デートじゃありませんよ。

 お墓参りです」



「ふーん。

 黒川君、デートで

 墓参りに連れて行くんだ……」



「だから
 デートじゃありませんって」



「フフッ。

 それで、
 墓参りはどうだった?」




桃は窓辺の椅子に腰を掛けて、窓の外を眺めた。



「……ねえ、桃」



「ん?」

 

「桃は、
 黒川達の過去を知っている?

 この屋敷に来る前は、

 何処でどんな暮らしを
 していたかとか、

 父さんや母さんが
 何故亡くなったのかとか、

 どうしてこの屋敷に来たのか
 とか……」



「知ってるよ」



「そっか……」



「……でもお嬢。
 ボク達が相手の過去を
 知ったとしても、
 その人の過去を変えたり、
 辛さや苦しさを消す事は
 出来ないよ?」



「うん。
 分かっているよ」


「黒川君が
 いつも言っているよね?

『過去は振り返るな。
 前を向いて生きろ』って」



「うん」



でもね、桃。

ほんの少しだけど、黒川が初めて自分の過去を話してくれたんだ……。

その時の顔が切なくて、思い出すと胸の奥がズキズキするよ……。



「……桃。

 桃は自分の父さんや母さんの
 お墓参りに行っている?」


「ううん。

 ボクの両親の墓は
 親戚の所にあってね。

 二度とアイツらに
 会いたくないから、
 行かないんだ」



「……ごめん」



「アハハ。

 何でお嬢が謝るの?」



「うん……」



「お嬢。

 ボクはお嬢が思っているほど

 家族にこだわりがないんだ」


「うん……」



「だから、

 心配してくれなくて大丈夫だよ?」


「うん……」



「フフッ。

 でも、お嬢のそういう所が好き」


「……」



「そろそろ昼ご飯の時間だよ。

 今日はお嬢の希望で、

 うどんにするんだってね。

 どうせ出掛けるのなら、

 二人で何か食べて帰れば
 良かったのに」


桃が笑いながら立ち上がった。



「皆で食べる方がいいよ」



「あーあ。

 二人の道のりは長いな……」



「だから、
 そんなんじゃないって!」


「フフッ」



私と桃は食卓へ向かった。



「遅いですよ、二人とも。

 何をしていたのですか?」


うどんを運んできた白石に怒られる。



「うー。はいはい」



いつものように昼食を食べて、いつも通りの時間が流れる。 





「お嬢、
 演劇部の入部届けに
 サインした」





黒川が入部届けを渡してきた。





「え? 黒川、いいの?」


「ああ」





「白石もサインしてくれている……。

 本当にいいの?」





「仕方がないです」





「良かったな、お嬢」



「うん!

 赤井、応援してくれてありがとう」





きっと明日も新しい出来事が起こるだろう。



だから、しばらくは過去を振り返らずにいよう。

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