体育祭があっけなく終わってしまった。



体育祭終了後、各部活に分かれてグラウンドの後片付けをする。



「お嬢、ごめんな。

 全く力になれなくて」


赤井が手押し車に体育祭で使った道具を乗せて運びながら声を掛けてきた。





「ううん。仕方がないですよ」


「黒川君達の要求って
 何だろうな?

 俺、出来る限りお嬢を
 手伝ってやるから」


赤井は昔からこんな奴だ。



いつもは喧嘩ばかりしてしまうけれど、いざという時は必ず私を助けてくれる。





「大丈夫ですよ、赤井。

 いくら黒川でも、

 無茶な事は言わないって。

 それに今年の体育祭、

 すごく楽しかったです」





私がにっこり笑うと、
赤井が黙って俯いた。





「赤井?」


「お嬢。

 俺、本当にお嬢の夢を

 叶えてやりたかったんだ」





「……。

 赤井は真面目ですなー。

 私の夢なんてコロコロ変わるから

 気にしないでください。

 来年の今頃は宇宙飛行士を

 目指しているかもしれませんよ?」





「でもさ……」





「あー。

 そんなに気にするのなら

 クレープを奢ってください。

 今の私の夢は
 クレープを食べることです」



「ハハッ。
 分かったよ。

 学校帰りに買って帰るから
 待っていろよ」





赤井がニカッと笑って、手押し車を押しながら去って行った。



ふー。

それにしても黒川達の要求って、一体何だろう……。



その日は黒川の車に乗って帰った。



車の中で黒川が黙ったままなので、私も話しかけられずにいた。



屋敷に到着すると、既に戻っていた桃が小声で話し掛けてきた。


「お嬢。

 黒川君、
 学園バーサス生徒対抗競技
 について何か言っていた?」





「ううん。何も」





「ボクも白石君の車で
 帰って来たけれど、

 白石君も何も言っていなかったよ」





「そっか……」





一層のこと、このまま何も無かったことにならないかな……。


「黒川君、

 すごく嬉しそうにしていたから、

 要求が気になるよね」



「どうせ私に『もっと勉強しろ』

 とか『生活態度を改めろ』とか……。

 きっと、そんな感じですよ」





夕食時間になり、皆が席に着いた。

気のせいか、今日は静かだ。

誰も何も話さないので、食器の音だけが響く。



あまりの静けさに耐えられなくなった桃が、話を切り出した。





「黒川君。

 今日の競技でボク達が負けたけれど。

 学園チームの要求って、
 一体何なの?」


「ああ。あれか……」





黒川がナイフとフォークを皿の上に置き、私の方を見た。





「お嬢。

 明日一日、俺に付き合え」





「は? え?」





私はナイフとフォークを持ったまま固まった。





「黒川君。

 付き合うって、お嬢だけ?」





固まっている私の代わりに桃が話を進める。


「ああ。そうだ」


「黒川君とお嬢が二人きりで

 何処かへ行くって事?」





「ああ。そうだ」


「何それ?

 白石君も青田君も、

 その事を知っているの?」




「行って来たら良いですよ」



白石が顔色一つ変えず返事をした。


「お嬢。お嬢は良いのか?」




隣に座っている赤井が私の顔を覗き込んだ。





「べ……、べべべべ別に。

 普段から買い出しに付き合わされたりしていますから……。

 ぜ、ぜぜぜぜ全然構いませんよ?」





それでも、面と向かって「付き合え」なんて言われたら、変に意識してしまう……。





それから急に食事が喉を通らなくなってしまって、久しぶりにご飯を残した。





「どうした?

 お嬢、具合でも悪いのか?」



黒川に心配される。





「い、いえ。

 だだだだ大丈夫です。

 体育祭で少し疲れただけですから」



駄目だ……。

黒川と目を合わせられない。





「なら良い。

 明日は早いから、
 
 今日は早めに寝て、

 しっかり休んでおけ」


「あ、はい。

 おやすみなさい」



黒川、
明日は何処へ行くつもりだろう……。



おやすみと言ったものの、

緊張してなかなか眠れそうにない。





「お嬢、起きてる?」





風呂上がりの私の部屋に、桃がやって来た。



桃は私のベッドに座った。





「お嬢。

 明日のデートは

 ボクも手伝ってあげるから、

 お洒落しなきゃ駄目だよ?」


「ででででデートって……。

 別に黒川と私は付き合って

 いませんから」





「付き合っていなくても、

 二人きりで遊びに行ったら、

 それはデートだよ」





そうなの?





「明日、ボクの服を貸してあげるから、

 ジャージは禁止!

 ね?」





「う……、うーん」


「ボクね、嬉しいんだ。

 黒川君、
 いつもボク達の世話ばかりで、

 遊びに行ったりしないじゃない?

 あ。もちろん白石君も青田君も」





「うん……」





「一度、黒川君に

 『黒川君も好きな事をしてみたら?』
 
 って

 言った事があるんだけど。

 『お嬢達の面倒を見るのが好きだから、これでいい』って笑いながら言われて」



そうだよね。



黒川達、

ずっと私の世話ばかりで……。



黒川達が「遊びに行ってくる」って出掛けるところなんか、見たことがない。


「ボク、黒川君も白石君も青田君も、

 もっと自分の事を考えて

 幸せになって欲しい」


「私だって……。

 私だって、そう思っているよ。

 黒川も白石も青田も赤井も桃も!

 皆、幸せになって欲しい」





何故だろう。

悲しくないのに、勝手に涙がこぼれ落ちた。



「フフッ。

 ありがとう、お嬢。

 ボクは結構遊んでいるから、

 心配しなくて大丈夫だよ」



桃が私の頭を優しく撫でた。

「ほら、お嬢。

 もう泣かないで。

 これ以上泣くと、

 明日、目が腫れちゃうよ?」





「うん」





「ボク、黒川君とお嬢って、

 結構お似合いだと思う」





「えー? それは無いです!

 黒川と私は昔から、

 母親とバカ息子のような
 関係ですから」


「アハハ。
 何で母と息子なのー?

 さあ、そろそろ明日に備えて
 寝なくちゃ。

 おやすみ、お嬢」


桃は笑って部屋から出ていった。



それから私は、結局明け方まで眠れなかった。

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