放課後のグラウンドは体育祭に向け、練習する生徒たちで賑やかだ。



今日から私は応援団の練習に参加しなければならない。



あー、憂鬱だー。



黒川のブカブカブレザーと青田の高下駄と白石のゴム手袋が入った、黒川お手製のナップサックを背負って応援団の練習場へ向かう。



うー。こんな新入部員、

断られそうだけど……。

白石、本当に入部届けを出しているのかな……。





「たのーもー!」





黒川が、入団する時は必ず大きな声で『たのもー』と言えと言っていた。



『たのもー』って、一体何だ?





「どうれー!」





応援団らしき人たちが、

一斉に振り返って答えた。



何?

一体何なんだ?

何の儀式が始まるんだ?



応援団の群れの中から、爽やかな笑顔の青年が現れる。





「さち子さん、いらっしゃい。

 お待ちしていましたよ」



「え……。竹田・優しさ・先輩?」



「ん? 優しさ?」




ギャッ。

竹田・優しさ・先輩の笑顔が眩しい!



「竹田・先輩……。

 竹田・先輩も応援団に
 入っているのですか?」



「ええ。そうです。

 さち子さんも入団してくれるんでしょう?

 嬉しいな」





皆ー!

私、
熱烈歓迎を受けていますよー!



私を必要としてくれる人間が、

ここにいますからねー!



よーし。

竹田・優しさ・先輩のために頑張ろう。



私は背負っていたナップサックを地面に置き、高下駄を漁った。



「ところでさち子さん。
 
 どうして頭に包帯を巻いているの?

 もしかして怪我をしているの?」





うー。竹田・優しさ・先輩。

どれだけ優しいの?



優しさが底無し沼やー。





「いえ。

 これは、家に鉢巻きが無かったので。

 黒か……、じゃなくて、兄者が
 代わりに包帯でも巻いておけ
 と言ったものですから……」





「ああ、なるほど。
 さすがお兄様だね。

 でも心配しないで。

 さち子さんの学ラン一式は
 準備してあるから」


「えッ? そうなのですか?」




私は慌ててナップサックの中の高下駄とゴム手袋を、黒川のブレザーで丸めこんだ。



「練習の時はジャージでいいよ。

 さち子さん、

 学ランのサイズが合うか、

 一度着てみてくれるかな?」



「あ。はい」



眩しい笑顔の竹田・優しさ・先輩から学ランを受け取り、袖に手を通す。




「ぐわっ!

 クッサ! 滅茶苦茶臭ッ!」


「フフ。

 この学ランは、応援団を結成した時から代々受け継がれているからね」



うー。

強烈な匂いで鼻が曲がりそう。



この学ランを屋敷に持ち込んだら、

絶対白石が失神するよね。



これなら黒川のブレザーを着る方がいいな……。




『押忍!』




ジャージに着替え、練習が始まった。


「さち子さん、声が小さい!」




「ふぉっす!」




「ふぉっすじゃなくて押忍!

 お腹に力を入れて!」




「ふごっす!」




「違ーう!

 さち子さん、腹筋三十回!」




ふへー。



竹田・優しさ・先輩の人格が変わった。


竹田・優しさ・先輩から優しさを取ったら、ただの竹田先輩だよね。



「さち子さん、

 腹筋が終わったらグラウンド五周!」




「えー」




「返事は押忍!」





「ふぉっす!」




「違ーう!」




フゥー……。

今日の練習が、やっと終わった……。

これが毎日続くと思うとゾッとする。



竹田・優しさ・先輩が、

竹田・優しくない・先輩だ。



早く体育祭で勝利して、

応援団から抜けたいな……。





私はグラウンドの端で仰向けに寝転がった。

 

 

雲一つない青い空。



乾いた空気を吸いながら、空を仰ぐのは

何年ぶりだろう……。





これぞ青春!


よし、昼寝をしよう。


目を閉じてしばらく寝転がっていると、

足元で人の気配がした。





「お嬢、長時間炎天下にいると
 熱中症になるよ」



「ん……?」





目を開くと、大きな金色ヤカンを持った
ジャージ姿の青田が、優しい笑顔で私の顔を覗きこんでいた。





「……? ……! ゲッファー!
 ゴフッ……!
 あ……、アゴタ……、
 な……、何を? ……ガハッ!」





青田が仰向けで寝ている私の顔に、突然ヤカンの水をかけてきた。


ヤカンの水が鼻と口を塞ぎ、私は危うくヤカンの水で水死するところだった。





「何って……。

 ほら、よく青春ドラマで

 ヤカンの水を生徒にかける

 シーンがあるでしょ?」





「いやいやいやいや!

 そんな青春ドラマ、
 見たことありませんし!

 それにこのヤカン、水じゃなくて

 麦茶が入っていますよね?

 ガッハ!」





「麦茶じゃなくて烏龍茶だよ?」


「いやいやいやいや!

 この際お茶の種類など

 どうでも良いです。

 どうするの? このジャージ。

 茶色く染まって、お茶の匂いが

 染み付いていますよ?

 これ、絶対白石が激怒しますよね?

 ゴッハ!」



「フフッ。

 染めるなら紅茶の方が

 オシャレだったかな?」




駄目だ……。



青田に何を言っても通じない。

さっさと帰宅しよう。




私はずぶ濡れのまま

校門で黒川の迎えを待った。



「何だ? お嬢。

 何でそんなにずぶ濡れなんだ。

 またふざけたのか?」



「いえ。真面目に練習しました。

 その結果、こうなりました」



「お前の汗は
 麦茶でできているのか?」



「これは、ご乱心の青田が

 急にぶっかけてきたのです。

 それに、麦茶ではなく
 烏龍茶なのです」



「麦茶か烏龍茶かなど、
 どうでも良い。

 やはり青田君とふざけていたのだな?

 烏龍茶まみれの奴など車に乗せたくないから、お前は徒歩で帰って来い」



「あッ!

 待って黒川、カムバーック!」



黒川の車が、

ずぶ濡れの私を置いて行ってしまった。



こんなずぶ濡れの姿で一人で帰れなんて……。

酷いよ。ううっ。



「お嬢、何で泣いているの?」



振り返ると、

のほほんとした青田が立っていた。



「青田ァァァ!
 全てお前のせいだー!」


「ハハハ。

 そんな格好で一人で帰るの、
 恥ずかしいでしょう?

 僕の車で一緒に帰る?」



「当たり前だー!」





「アハハ。さあ、乗って乗って」



「乗ってって……。

 何ですか? これは」



「何って、人力車だよ?」



「うん。それは見れば分かる。

 何で青田が人力車を牽いているのかと」


「この人力車、

 体育祭の競技で使うんだけどさー。

 面白そうだから学長に借りた。

 さあ、乗って」



ほー。

人力車を使った競技があるのか……。



……って、青田、

いつまで借りるつもりなんだ?





青田の考えている事が

ますます分からない。

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