「ちょっ……、
 ちょっと待って下さい。

 応援団と言っても
 私は学ランなど持っていませんし、学ランを購入するお金もありません。

 学ランを着ない応援団など、
 魚のいない水族館と同じです」





フフッ。

黒川が黙っている。



黒川が私のために散財するはずがない。

もうひと押し!





「いやー。

 応援団って
 意外とお金のかかる部活動
 なのですねー。

 下駄とか鉢巻きとか白い手袋とか。

 ああッ。
 団長を務める覚悟があったのにッ。

 非常に残念です!」


私は頭を抱え、
泣き崩れるふりをした。





「お嬢。

 下駄なら着物用のが沢山あるから大丈夫だよ」





なッ!

何ですって?



顔を上げると、
目の前に笑顔の青田がいた。



青田、

毎度私の計画を邪魔するのはわざとなの?





「……仕方がないですね。

 白い手袋なら、俺が車の運転時に着用している物がありますから、それをあげましょう。

 あ。俺は予備の新しい手袋がありますから、返さなくていいですよ」


お?

白石が私に自分のタダで物をくれるなんて珍しい。



新しい方ではなく、お古をくれるところが白石らしいけれど。





「鉢巻きは俺が縫ってやるとして、

 後は学ランか……。

 よし。

 俺の高校時代の制服を貸してやろう」





「は?

 黒川、何で高校時代の制服を持っているの?

 何か良からぬ事に使おうとしているの?

 もしかして、ヘンタ……」





ぎゃっ!


一瞬、

黒川の目の奥に青い炎が宿ったのが見えた。



これ以上、

黒川の制服について追及するのは危険!





「ヤ、ヤダナー、黒川。

 冗談ですよ。ヌハハ!

 黒川の制服が私の体に合うか分かりませんし、そんな大事な物をお借りするわけには……」





「……。そうだな。

 サイズが合うかどうか、
 着てみなければ分からないな。

 持ってきてやるから着てみろ」



そう言って黒川が部屋から出ていった。





「それじゃあ、

 僕もお嬢に合いそうな下駄を探してくるよ」





青田がそう言いながら部屋を出ると、

白石も黙って部屋を出ていった。





「わー!

 また変な方向に話が進んだー!

 なぜ皆、私の気持ちに反することばかりするのですか?

 嫌がらせですか?

 私を苛めて楽しいですか?

 ううッ」





「お嬢、落ち着けって。

 皆、良かれと思ってやっているんだ。

 決して嫌がらせなどではないぞ」


「ウルサイ赤井。

 赤井に私の気持ちは分かりませんよ。

 私はこの屋敷に来た時から、

 ずっと籠の中の小鳥なのです」





「お嬢が小鳥?

 ハハッ。笑えるな」





「うるさい、この自由人。

 赤井と桃は一体何部に入っているんだー!」





「ボクはチア部だよ?」



「え? 桃、チア部なの?

 ……と、いうか、チア部があるのなら

 早く言ってくださいよ。

 私もポンポン振り回して踊りたかった」



「いやいや。

 チアはポンポン振り回すだけじゃないからね?

 体力やチームワークが必要だから、

 結構大変だよ?」





「私に……、向いてないと……?」





「うーん。

 仮にお嬢に協調性があったとして、

 チア姿のお嬢に応援されたい奴がいるかどうかなんだよなー」


「何だと? 赤井。

 お前とはいつか一戦交えねばならぬと

 思っていたが、今がその時だ!」





「望むところだ」





私がファイティングポーズを取ると、

赤井も身構えた。





「もう! お嬢も赤井君も止めなって。

 ボクたちは
 チームメイトなんだからさー」


「桃。先ほどの赤井の言葉、

 聞いていましたよね?

 酷いと思いませんか?

 チア姿の私に応援されたい人、

 この世に一人ぐらいはいますよね?」





「えッ?
 あー。うーん……」





「桃。

 赤井を倒した後、お前も倒す。

 絶対に!」





「あ……、赤井君。
 お嬢を倒して……」







「お前ら何をしているんだ!」



張りつめた空気を切り裂く声。



その声の方向へ目を向けると、

仁王立ちの黒川と、
白石、青田の姿が見えた。





「隙あり!」





その瞬間、赤井の頭突きを食らった。





「あ……、赤井……。

 ひ……、卑怯なり……」



 

バランスを崩してスローモーションのように倒れていく瞬間、黒川が走って来て私を抱き止めた。



「く……、黒川……」





「お前ら何をしていたんだ。

 お嬢。お前は椅子ごとふんぞり返って

 後頭部を打ったばかりだろう?

 気を付けろよ」





私は黒川の腕の中で呟いた。





「私は何をやっても黒川達に怒られるばかり……。

 私って、そんなにダメ人間ですか?

 それともこれは、前世で神様のお供えを盗み食いしてしまった罰なのでしょうか……」





「お前……。

 前世でも意地汚なかったのか……」


「いえ。

 前世の記憶など、全くありませんから」





「そうか……。なら良かった。

 お前は過去など振り返らず、

 真っ直ぐ前を向いて生きてゆけ。

 赤井君、お嬢はこう見えても女なんだ。

 少し手加減してやってくれないか?」





「ごめん、黒川君」





うーん。

何かすごく引っ掛かる。

突っ込みどころが満載だけど……。

初めて黒川が私の味方をしてくれた。



へっへー!



私は黒川の腕の中から赤井に向かって、

とっておきの変顔をしてやった。





「くっ……!」





フフッ。

赤井が悔しそうにしている。



大勝利!



「お前、何て顔をしているんだ……。

 ふざけているのか?」



とっておきの変顔を黒川に見られた。





「あ、いえ。

 ふざけていません。
 ごめんなさい」





あ。
赤井が私に変顔を返してきた。

くーッ! 悔しいッ!





「それより、

 俺の制服を持ってきたから着てみろ」


黒川が私の体を起こすと、

青田と白石がそれぞれ下駄と手袋を渡してきた。





「ん? 白石。

 これ、白い手袋じゃ
 ありませんよね?

 私の目には
 ピンクのゴム手袋にしか見えないのですが……」





「ああ。やはり運転用の白い手袋は

 気に入っているので、お嬢にあげるのが勿体なくて。

 代用品を持ってきました」


「代用品って!

 ピンクですよ?

 ゴムだから蒸れそうだし!

 まだ軍手の方が良いですよ!」





「あー。

 では後日、軍手を用意しておきます」





「いやいやいやいや。

 わざわざ用意するのなら、

 軍手じゃなくて白い手袋を買って来てよ」





「何、我が儘な事を言っているのですか?」



え?

私って、我が儘人間なの?





「青田ー!

 何で一本歯の高下駄を持って来たのですか?

 これ、天狗が履いているやつですよね?」



「お、お嬢。

 一本歯の高下駄を知っているんだ。

 凄いねー」





「小さい頃、

 黒川が読んでくれた絵本で

 天狗が履いていましたからね。

 ……って!

 こんな下駄、バランスが取れなくて

 スッ転びますよ!」


「何事も修行だよ?」





「嫌だ。絶対嫌だからね!」





「じゃあ、こっちにする?」





青田が真っ赤な高下駄を出してきた。





「これ、花魁が履く下駄ですよね?

 何で青田がこんな物を持っているの?」





「フフ。

 下駄を見ると、
 つい欲しくなってね……」



何なんだ一体……。



派手だけど、一本歯の高下駄よりはバランスが取りやすいかな……。



いやいやいやいや!





「お嬢。鉢巻きは後で用意するから、

 それまでこれを代用するといい。

 それより早く俺の制服を着てみろ」



黒川が私の頭に包帯を巻いた。



どじっ子ミーちゃん再び!





もうどうでも良くなってきたので、

言われるがまま黒川の制服に腕を通す。





「わー。ブカブカ。

 黒川、高校の頃から背が高かったのですねー」





それに石鹸のいい香りがする。

 

黒川の高校時代の制服だから、

古い洋服ダンスの匂いでもするのかと思った。

「でも黒川……。

 これ、ブレザーだよね?

 学ランじゃないよね?」



「当たり前だろう?

 お前と同じ高校だったんだから。

 今ごろ気付いたのか?」



「あー。そっかー」



頭に包帯、ブカブカのブレザー、

ピンクのゴム手袋に真っ赤な高下駄……。



こんな姿の応援団に応援されたい奴、

いるのか……?





絶対いないよね!

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