私はいつもの様に、
椅子に座ったまま縄でグルグル巻きにされた。



「酷い!
 
 何も悪い事をしていないのに。

 これではテレビが
 見られないじゃないですか。

 ドラマが始まっちゃいますよ。

 ゲス母さーん! 助けてー!」



皆、私を無視して夕食の片付けをしている。



「ううっ。

 どうせ私は、
 この家の子じゃないんだ。

 畳表のヨッチャンと同じだ……」



「そんな事ないよ。

 お嬢はこの屋敷の大事なお嬢様だよ。

 さあ、これを食べて機嫌を直して」


青田が、

縛られたままの私の口に何かを放りこんだ。





「うっ、旨い!

 この味は、もしかしてあの

 『梅田の羊羮・極み』ですか?」



「当たりー。よく分かったね」



「青田。

 何故『梅田の羊羮・極み』が、

 ここにあるのですか?」



「今日はドラマの最終回だから、

 皆で食べながら見ようと思って

 買っておいたんだよ」

「でも……。

 私はこの通り、椅子に縛られたまま
身動きが取れない状態ですので、極み羊羮を食べる事は勿論、ドラマも観られません。ううっ」







『ガタッ』







「え? 何?」

突然、私の座っている椅子が

宙に浮いたので振り返ると、

黒川が椅子ごと私を持ち上げていた。





「『母でゲス』が始まる」





「黒川。何で椅子ごと?

 縄を解いてくれるだけでいいんだけど」





「お前がチョロチョロ動くと

 皆がドラマに集中できなくなる。

 ドラマが終わるまで縛られていろ」





「は? いつチョロチョロしましたか?

 いつも大人しく見ているじゃないですか」

「自覚が無いのか……」





黒川がリビングのテレビの前で私を下ろした。

青田がテーブルにお茶や羊羮を準備していく。





「お嬢。まだ縛られているのか?」





赤井がテレビのチャンネルを変えながら、こちらを見た。





「もうッ! 赤井の役立たず!

 入部届けにサインをもらえないどころか、

 この有り様ですよ」





「ふ。

 お嬢、秘策を思い付いたから安心しろ」


「どんな策ですか?」





「まあ、待て。

 取りあえずドラマの最終回を楽しもうぜ」





「……はい」





先程の赤井を見ていると

不安要素しかないけれど、

手も足も出せない今、

赤井の秘策とやらに掛けるしかない。





今はドラマの最終回を楽しもう。



「てれってれっ、とぅっとぅっとぅー、

 しゃららららーん、

 ツッテケテッテッテテーン。

 ズカズカズカ、ズコーン」





「お嬢。

 主題歌に合わせて口ずさむのを

 止めてください」





「いいじゃん、いいじゃん」





「何故、歌詞通りに歌わないのか……」





皆が羊羮を食べ始める。





「青田ー。

 梅田の羊羮・極みプリーズ!」

「はいはい」





青田がテレビ画面にくぎ付けのまま、

私の口に『梅田の羊羮・極み』を運ぶ。





「青田ー!

 そこ、鼻の穴ー!」





「うるせー!」





黒川ご立腹。



まだ主題歌だからいいじゃん。

「ウマー!

 『梅田の羊羮・極み』、滅茶苦茶美味!

 餡の中に梅の実が練り込まれているので、上品な甘さの後に爽やかな酸味が口の中に広がってゆく。
お口の中に春が来たー。
『梅田の羊羮・極み』を作り上げた梅田家は、羊羮界のパイオニアやー!」





「梅の実は梅雨明けに収穫しますから、

 春ではなく初夏ですよ。

 それに梅風味の羊羮は既に他社で

 発案されていましたから、

 パイオニアではありませんね」





「白石、ウルサイ。

 だいたいのふいんきでわかるでしょう?」

「『ふいんき』ではなく『ふんいき』です」





「そんな細かいことなど、

 どうでもいいじゃないですか。

 いちいちうるさいですよ」





「お前ら、うるせー」





黒川、またもやご立腹。



前回までのあらすじだからいいじゃん。



仕方がないな。

そろそろ本編が始まるから、大人しくするか。



「ああッ!

 オッサンが裏切ったー!

 オッサン、敵になるの?

 それとも改心する?

 どちらにしても、一時間番組の枠内で

 収まりそうにないですよね?

 どうするどうなる、この展開。

 青田ー、お茶ー!」





「はいはい」





青田が湯呑みにストローをさして

私の口まで運んできた。



「熱ッツ!

 あっつ! あーーーーーッツ!」



あまりの熱さに私はふんぞり返り、

椅子ごと後ろに倒れた。





「お嬢!」





慌てて黒川が椅子ごと私を起こす。



いい加減、縄を解く気は無いのだろうか。





「あ、ごめん。

 玉露を切らしていたから、

 ほうじ茶にしたんだけど……。

 熱かった?」



青田……。



この屋敷の大事なお嬢様が、

椅子ごとふんぞり返って後頭部を強打し、

熱湯で口の中を火傷したのに、

どうしてそんなに落ち着いていられるの?





「いえ。

 玉露とかほうじ茶とかの問題レはなく、

 舌に火傷を負う熱さレスよ」





舌が痺れて、ろれつが回らない。





「え?
 皆は普通に飲んでいるから、

 お嬢が猫舌なだけじゃないかな?」



「熱いものをストローで飲むからですよ。

 湯呑みから飲む場合は、飲む時

 一緒に空気が入るので、飲み物が

 少し覚めますが、ストローだと

 空気の無い状態ですから、

 熱いまま口に入って……」





白石の長い説明が始まった。





「レスって。

 青田、次から気を付けてくラさいね。

 さあ、蟹山ポリスの出番レスよ!」





「お前、結局椅子に縛られていても、

 うるせーな」


黒川が私の後頭部に氷のうを

グルグル巻き付けながら溜め息をつく。





「そうレスよ?

 どちらにしても、

 うるさいことに変わりはないのレスから、

 いい加減この縄を解いてくラさい」





「仕方がねーな……。

 後頭部を打ったのだから、

 本当に大人しくしていろよ?」



「イエス・ウイー・キャン!」





「……」





黒川が素直に縄を解いてくれた。



フリーダム!





「蟹山ポリース! まさかの大失恋!」





「な? 言っただろう?

 コモリゲちゃんは、
 絶対ドラム師匠を選ぶ」


「黒川に乙女心が分かるなんて……。

 信じられない」





「俺は百戦錬磨だ」





「は? 何の?」





「ちょっと!

 今、一番いいところなんだから、

 お嬢も黒川君も静かにしてよ!」





桃に怒られた。



「ハイ、スミマセン……」





結局、コモリゲちゃんは
ドラム師匠を選び、

ロマンス竹野内は木星ではなく

土星に旅立ってしまった。



そしてまさかの第二シーズン突入へ。



この話、まだ続くのか……。





「あー。面白かったなー」



赤井がわざとらしく背伸びをしながら

大声で言った。



いよいよ赤井の秘策とやらが発動する?



不安だな……。





「ところで皆。

 体育祭で学園バーサス生徒に出場するよな?

 今回、その勝負で賭けをしないか?」





「賭け?」



「ああ。

 生徒チームと学園チームで、

 負けたチームが勝ったチームの

 言うことを一つ聞く」





「生徒チームに何か要望があるのですか?」





「生徒チームが勝ったら、

 お嬢の演劇部の入部を認めてほしい」





「……」


白石と黒川が、黙って顔を見合わせている。





「なるほど。

 では、学園チームが勝った時は、

 こちらの言うことを絶対聞くのだな?」





ヒィッ!

黒川が滅茶苦茶ドSな顔をしている。



生徒チームが負けたら、

私達は一体どうなるの?





死?



「良いだろう。

 但し、応援団の入団届けは既に提出済みだ。

 演劇部に入部できたとしても、

 応援団は続けてもらう」





「ああ。いいぜ」





いやいや。良くない。



何故コイツらは、

私を無視して話を進めるんだ?





「よーし。頑張るぞー」


青田、頑張るな。

何故、私の邪魔をしようとする?





「お嬢、楽しみだね!

 ボクも頑張るから、

 一緒に大人達をやっつけよう」



「お? お、おぅ……」





運命の歯車が、

私の知らないところで回り始める。





黒川が滅茶苦茶嬉しそうな顔で、

こちらを見て笑っている……。

恐怖!





勝たなければ……、

絶対勝たなければ!





負けた時の、
黒川の要求が怖いッ!

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