最近、お嬢が面倒臭い。



「黒川ー。まだですか?

 楽しみにしているのですから

 早くしてください」



お嬢は、この屋敷に松田君達を招く際に書いた台本の続きが読みたくて仕方がないようだ。



「うるせーな。

 あれは遊びじゃないんだ。

 お前が楽しんでどうする」



「あんなもの遊びですよ。

 絶対ふざけていますよ。

 本気であんなものを書いたのなら、逆に尊敬します」



『くっ……!』



「とにかく私は
 青田を殺した犯人が誰なのか。

 この先、主人公に待ち受ける
 試練は。

 そしてどういう結末を迎えるのか……。

 気になって眠れません」



「眠れないのなら丁度良い。

 その時間を利用して勉強でも

 すればいいじゃないか」



「続きが気になって、

 勉強どころではないのです」





何故だろう……。



溜め息をつくお嬢の顔が妙に腹立つ。

今すぐお嬢の頬っぺたをギュウギュウしてやりたい。





「お嬢。
 あれは小説ではなくて台本だ」



「はい。
 納得していませんが、知っています」



「演じる者達は台本どおりに

 動かなければならない」



「分かっています。

 皆、台本を無視して

 勝手に動いていましたが」



『くっ……!』





ああッ!



ギュウギュウしたい。

ギュウギュウしてやりたい!





「俺が台本を書けば、

 お前は俺の台本どおりに

 動かなければならない」



「そうですね」


「俺が台本を書く事で、
 俺はお前を自由自在に操れるようになる」



「そう……、ですね」



「俺が台本に

 『主人公が徹夜で勉強をする』と書けば、お前も徹夜で勉強しなければならない」



「お……、恐ろしい!

 黒川、
 何て恐ろしい事を考えるの!」



「ふははは!

 お前は一生
 俺の操り人形になるのだ!」



「ギャー! 黒川、恐怖!

 皆さん、逃げてくださーい!

 黒川が
 世界征服を目論んでいますよー!

 黒川地獄の始まりですよー!」



お嬢が顔面蒼白で逃げていった。



少し驚かせ過ぎたか……。

ハハハ。

 



お嬢にはあんな事を言ってしまったが、そろそろ次の作戦を考えなければならないのも事実。



少し何かの本を参考にしながら
台本の続きでも書くとするか……。





本棚にある本を適当に手に取っていくと、懐かしい本を見つけた。





『ハムスターの飼いかた図鑑』


別に、ハムスターを飼っていたわけでもハムスターが好きだったわけでもない。






お嬢がこの屋敷に来て間もない頃、今では考えられない程無口なお嬢との意志疎通が図れず、俺は困り果てていた。





「白石君、
 何故俺がお嬢の教育係に
 なったのだろう。
 子どもは苦手だ」





「ハハ。不運でしたね。
 俺も子どもは苦手……、
 と言うより嫌いですし、
 青田君は赤井君と桃の面倒で
 手一杯のようですから、
 黒川君になったのでは?」


「ああ。
 白石君ほど嫌いではないが、
 子どもの考えている事……。
 特に、何も喋らないお嬢の考えている事が全く分からない」





「育児書を読めば、
 何かヒントがあるかもしれませんね」





「育児書か……」





学校帰り、
本屋に寄って探してみた。





赤ん坊の育児書なら沢山あるが、
お嬢の年頃について書かれている本は見当たらない。


「何かお探しですか?」





女性店員が声を掛けてきた。





「女の子の育て方が載っている本を……」





しまった。



女性店員が怪訝そうな顔でこちらを見ている。





仕方がない。



学生服を着た男が『女の子の育て方』の本を探していたら、誰だって怪しむだろう。


「いえ。
 ハ、ハムスターの飼い方が載っている本を……」





「ああ。それでしたら、
 図鑑コーナーにございます」





女性店員が笑顔で案内する。





しまった。



男子高生がハムスターを飼い始めるのも、割りと恥ずかしくないか?



カメレオンにしておけば良かった。



結局『ハムスターの飼いかた図鑑』を購入し、折角だから読んでみた。

 



『ハムスターに
 おやつをあげて仲良くなろう』





……。



お嬢にやってみるか。





庭の草むらでお嬢を発見し、
手招きする。





「お嬢、塩大福だ」



お嬢は草むらから飛び出し、
俺の手から一瞬にして
塩大福を奪い取って、
物凄い速さでどこかへ行ってしまった。



……何故逃げる?



あいつ、
野生で生まれ育ったのか?





数日繰り返していると、
お嬢が逃げなくなった。



少し馴れてきたのだろうか。







毎日観察していると小さな発見がある。



お嬢は
粒あん入りの和菓子が好きなようだ。

酢コンブはあまり好きではないようで、与えると微妙に悲しそうな顔をする。

煮干しを与えると、半ばヤケクソのような顔をして噛み砕いていた。


懐かしいな……。





図鑑を捲りながら、あの頃を思い出していると、図鑑から何かがひらりと落ちた。





……クローバー。



お嬢に「押し花にしてやる」と、

この図鑑に挟んだまま忘れていた物だ。





お嬢が屋敷に馴染んできた頃。

庭の手入れをしていると、

お嬢がクローバーを持って来た。



「見てー、黒川。

 今から『花占い』をしまーす。

 黒川は私のことが嫌ーい、
 好きー、嫌ーい、おおぅ!」



お嬢がクローバーの葉を一枚一枚ちぎって、

驚いた顔をした。





「も……、もう一度占うね。

 黒川は私のことが嫌ーい、
 好きー、嫌ーい、ああッ!」





当たり前だ。

クローバーの葉は三枚しかない。
結果は見えている。





「じゃ、じゃあ、質問を変えます。

 私は黒川のことが嫌ーい、好きー、
 嫌ーい……。

 ……く、黒川、違うから!

 もう一度占い直すから!」





お嬢が慌ててクローバーを抜く。





「いや待て。
 何故『嫌い』から始めるんだ?

 『嫌い』から始めたら、

 何度占っても同じ結果になると
 思うのだが……」





「好きから嫌いになるのは簡単だけど、

 嫌いから好きになるのは難しい。

 そこにロマンがあるのです」


言っている事は全く理解出来ないが、お嬢が哲学的な事を言った。



どこかで頭でも打ったのだろうか?





「も、もう一度占います。

 黒川は私のことが嫌……」



「待て、お嬢」





咄嗟にお嬢のクローバー葉をちぎろうとする手を止めた。



「このクローバーは、

 葉をちぎらずに占ってみろ」



「え? ……うん。

 黒川は私のことが嫌ーい、好きー、

 嫌ーい、好きー。……あ!」


「よく見つけたな。

 四つ葉のクローバーは持っていると幸運が訪れると言われている。

 押し花にしてやるから、葉はちぎらずに大切に持っていろ」



「うん!」





渡し忘れていたクローバー。

恐らくお嬢も忘れているだろう。





「暗黒大王ー、おられるかー?」





部屋の扉をノックする音とともに、お嬢の声が響く。



……暗黒大王?



「青田が、よもぎ餅を買ってきたから

 皆でお茶にしようと言っておりますー。

 だから……、

 だから世界征服は止めて頂きたい!」





「世界征服など、するわけないだろう」





扉を開くと、お嬢が何かを握っていた。





「黒川。これ、見てください。

 五つ葉のクローバー。

 白石がクローバーを交配させて

 作ったそうです。

 目標は六十葉のクローバーを作って

 ギネスを更新することらしいです」



「あ。ああ……」



「黒川、何ですか?

 その返事はッ!

 白石が暗黒の研究を続けて

 世界征服を始めたらどうします?

 我々で暗黒白石の暴走を止めなければ!

 行きましょう!

 よもぎ餅で世界平和ー!」







「は? ああ……」





こいつ、本気で言っているのか?





「よもぎ餅よもぎ餅ー!」



「……」





まあ、良い。

渡しそびれた四つ葉のクローバーは、そのまま俺が持っておくか。

閑話(黒川とお嬢の日常)その4

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