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……それから、文化祭当日のステージ利用希望者は、申請書類に必要事項を明記して、今週中に実行委員会まで提出してください。実行委員側で簡単な書類審査と面接を行ったうえで、利用の可否を決定するそうです。
以上、文化祭実行委員からのお知らせでした
その日、朝のHRで文化祭実行委員の高橋がそう告知しているのを聞き流しながら、オレはぼんやりと雲の行方を眺めていた。窓の外は、一日中学校に籠もっているのがもったいないくらいの青空だ。
そうか、もう文化祭の時期なんだな
高校に入学して、慣れないことばかりで慌ただしかった新生活もやっと落ち着いてきたところだ。高校の文化祭は、どんなふうだろう。中学よりもできることは増えるだろうし、生徒数も多いから、やっぱりもっと盛り上がるのだろうか。楽しみでもあり、不安でもある。
クラスの展示には当然参加するけど、ステージ発表ってたぶんバンドとかコントとかだよな。ああいうのは、どんなヤツが出るんだろう
ま、少なくともオレには関係ないよな……
そう。
この時までは、確かに関係ないはずだったのだ……。
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昼休み。そろそろ次の時間の体育の準備をしようと席を立つついでに、後ろの席のりっきーを振り返ると、なにやら真剣な顔して書類に書き込んでいる。
文化祭ステージ利用申請書……って、りっきー、なんかやるの?
おう。バンドだ
――まさか、文化祭でバンド発表やるヤツが、こんな身近にいようとは。
りっきーとは高校で知り合ったから、お互いのこともまだあまり知らない。楽器ができるというのは初耳だった。
へー。すごいね、がんばってね
サク、おまえはベースな
はいはい、そーですか
……って、えぇぇ!?
いま、サラッとおっしゃられたけど、なにか重大発表を聞かされた気がするんですけど、王子!??
ハッとして申請書のメンバー記入欄を見ると、りっきーの本名『米樹利基(よねき としき)』の下には『桜井野音(さくらい のおと)』――オレの名前が既に、ボールペンで黒々と記入されている。
……!??
申請書の名前とりっきーの顔を幾度も交互に見比べて、予想外の展開に絶句するオレを見て、りっきーはさも楽しそうに、ニヤリと笑った。
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体育の授業は、いつも隣のクラスの男子と合同で行われる。今日は体育館でバスケをやるらしい。
聞いてよピカリン! りっきーが横暴なんだよー!
体育館横の通路に隣のクラスのピカリン――田島光(たじま ひかる)を見つけるなり、オレはやや芝居がかった口調で泣き付いた。
りっきーの幼馴染みで幼稚園からの付き合いだというピカリンとは、当然りっきーを介して知り合ったのだけど、裏表なくさっぱりした性格に加え同年代の男子高校生らしからぬ落ち着きがあり、現在はオレにとっても頼れる友人のひとりになっている。
誰が横暴だって? 失敬な。俺はただ、文化祭のバンドに誘っただけだぞ?
誘ったっていうか、もう既に確定事項だったじゃん!
後ろから来たりっきーがいかにも心外だという声を上げたから、オレも負けじと食い下がった。
小柄で童顔なりっきーは、(黙っていれば)ちょっとしたいいとこの坊っちゃんぽい見た目もさながら、大抵のことには物怖じしないし若干(?)横柄で横暴だから、いろんな意味で通称・王子なんて呼ばれてる。オレはといえば、りっきーに言わせるとバカ正直で単純な性格なうえにからかうと面白いとかで、もはや完全に下僕扱いだ。悔しいがそれが現実だし、りっきーにはどうあがいても勝てる気がしない。……そう言ってしまうとオレたち周囲の人間が散々な目にあわされているように聞こえるものの、りっきー本人が他人に危害や損害を与えるつもりのないことが、唯一にして最大の救いだった。
オレ、楽器わかんないし、ベースなんて触ったこともないのに……!
あはは。いつもリキちゃんが迷惑掛けてごめんねぇ
さすがはピカリン、いまのやり取りで大体の事情を把握したらしい。苦笑しつつ、ポンポンとオレの肩を叩いた。しかし。
ベースなら先輩に教えてもらえるよう頼んでおくし、ついでに使ってない楽器も貸してもらえると思うから、大丈夫なんじゃないかな
そのひとことに、オレはがっくりと頭を垂れる。
なんとなく予想はしてたけど、止めてくれるわけではないんだ……
まぁ、僕はリキちゃんのやる気を尊重してるから
満足げに頷くピカリンに、オレが
おとうさんなのかよ!
と全力でツッコんだところで予鈴が鳴り響き、オレたちは慌てて体育館に駆け込んだのだった。
<続く>
ベース自分やってるんですが、
最初ベースって、聞くとみんないやがるんですよねー
まぁ、うまくなりゃ、楽しいし
カッコつけられていいんですけどね!!