ショーコの父親に襲撃されてから数日後。俺はまた現場を訪れていた。

えーと、ベネット――アンタ、この子の母親だろう?

―――――――――

クマのぬいぐるみの前に立ちながら尋ねると、クマのベネットはゆっくり縦に頷いた。

未練が断ち切れずに物体憑依するとはな。まったく、親子揃ってどんだけ執念深いんだ……

あの父親の毒入り菓子を食わされてなくなったショーコは、死んだこともよく分からぬまま地縛霊としてこの部屋に残り、母親は加害者である父親を逃したくなく、娘のぬいぐるみに憑依した。
しかし事件は心中として処理され、父親に追及の手は回らなかった。そこで現場を片づけられてしまっては最早父親を追及する手段がなくなる。そこで彼女は心霊現象を起こして作業を妨害し、話が分かる人間が来るのを待っていたのだろう。
まあ結局は話をする前に父親が自爆したのだが。本当に面倒な野郎だったな。

ね、ねえ、おじさん。本当にベネットがママなの?

ああ、そうだ。なあ、憑依してるだけだから、そこから出てこれるんじゃないのか?

呼びかけに、クマのぬいぐるみがぶるぶると震えだす。何も知らないとホラーにしか思えない光景だが、しばらくすると、ぬいぐるみから女の霊が抜け出てきた。動かしていた物が抜けたせいか、ぬいぐるみはコテンと床に倒れた。
霊はショーコによく似た顔立ちをしていて、確かに母親らしく思える。正直彼女の方が遺伝して本当に良かったと思う。

ま、ママ――――

翔子――――

現れた母親の霊を見たショーコはすぐに彼女へと抱きついた。
そう言えば幽霊同士だったら接触できるんだったな、とか感動の再会シーンで冷静に考えてしまう。
しばらく抱き合いながら涙を流す2人を眺めていたが、さすがにこれでは仕事にならない。1つ咳払いを入れてから割り込む。

犯人の父親も捕まったんだから、アンタの未練はなくなったんだろう?

ええ。さすがにあの男におめおめと逃げられるのだけは嫌で……。でもショーコも残っていると思わなかったから、この子を放っていかなくて済んで良かったです……

まったくだな。で、言い方が悪くて申し訳ないが、アンタらはもうココにいていい人間じゃない。それは分かってるよな?

はい……。ご迷惑をおかけしましたし、今すぐにでも出て行こうと思います

俯いていた母親だったが、素直に申し出を飲んでくれた。全部がこれだったら仕事ももっと楽なもんだがな。まあ、それは贅沢な願いか。
母親は顔を俺から外すと、またショーコへと向けた。彼女の頬に手を添えると、諭すように声をかける。

さあ、行きましょう、翔子。私達はここにいるべきじゃないの――

今から行く所は怖い所じゃない?

ええ、大丈夫よ。私もついてるわ――

母親のやさしげな表情に諭されたのか、ショーコはこっくりと頷いた。そして、母親の手を握ると、顔をこちらへと向けてきた。

じゃあね、おじさん――

おう、またな――

悲しそうな表情で手を振るショーコに、俺は手を振って返してやる。ショーコの横では母親が深く頭を下げていた。そんな彼女に小さく会釈を返しておく。
一瞬大きくなった光が2人を包み込むと、2人の輪郭をさらにぼかし始め、2人の姿が瞬く間に分解されていく。
まるで泡が天に昇っていくかのように光の粒が天井へと昇っていき、光は一気に部屋から消えてしまった。
さっきまで2人がいた空間に何も見えなくなってから、俺は大きく伸びをする。
気合いを入れ直した俺は鞄から仕事道具を取り出して構える。

――さて、お掃除しますかね

俺は特殊清掃を請け負う掃除人。もし霊で困った現場があったら、うちの社長に電話してくれ――。

少女とぬいぐるみ④

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