幽霊密室殺人事件!


ある春の日です。

江戸の下町にある、なんの変哲も無いボロ家屋の縁側で、青年とウサギがくつろいでいました。

タツ

今日も良い天気だなぁ。お日様が気持ちいいよ、ねぇジョン


話しかけられたウサギは、鼻をひくつかせて答えました。

ジョン

おう、そうだな相棒。しかし、オレ様にはちっと退屈すぎるぜ。なにか面白い事件でも起きねえかなぁ

タツ

そんなこと言うな、って。平和なのはいいことじゃないか。


少年がそう言ったときです。

スミレ

た、大変ですぅ!


メイド姿の少女が、息せき切ってやってきたのを見て、少年は、やれやれとため息をつきました。

タツ

なんだい、スミレ。朝から騒々しいな

スミレ

大変なんですよ、ご主人様! 殺人事件です、殺人事件!

タツ

そっかぁ、物騒だねぇ

ジョン

確かに事件だが……騒ぐほどのことじゃあないぜ、嬢ちゃん


二人の反応に、スミレは首を振ります。

スミレ

ただの殺人じゃないんです、密室なんです!

タツ

そっかぁ、密室ねぇ

ジョン

そいつは確かに、少し事件の匂いがするな

ですよね! とスミレは首肯します。

スミレ

しかも、それだけじゃないんです、一番大事なのは殺された人です! 殺されたのはなんと……

タツ

…………

ジョン

…………


スミレはたっぷりと溜めてから、言葉を続けました。

スミレ

幽霊なんです!

タツ

幽霊?

ジョン

嬢ちゃん、頭イカれたか?

首をかしげる二人に、スミレは我が意を得たりと頷きます。

スミレ

そうですよね? 不思議ですよね? 大事件ですよね? だから解決しましょう!


ここは大江戸異世界探偵事務所。

黒船が来航して開国を迫った、あの事件において幕府は、米国との交易を拒み、とある決断をした。

それが、異世界への、開国である。

異世界への開国以来、日本は多種多様な種族・文明の溢れる国となった。

そんな変化が起きてから十数年。

大きく変わった世界で起こる、不思議な出来事を解決するための探偵事務所。

おかしな世界で起きる、のんびりとした事件のはじまりはじま——

タツ

やだ

スミレ

なんでですか!?

タツ

なんで、って。そんな、頼まれてもいないのに首を突っ込むなんて……

スミレ

いいですか、ご主人様? 今月の依頼は、いったい何件ありました?

タツ

うーん、ちょっと覚えてないなぁ

ジョン

教えてやろうか、相棒

タツ

覚えてるのかい、ジョン。よろしく頼むよ

ジョン

ゼロだ

タツ

ゼロって……そんなまさか

スミレ

…………

ジョン

…………

タツ

いやいや、だって、ついこの間、お隣のポチがいなくなったのを見つけたり、四丁目のミミちゃんが不良に絡まれているのを助けたり、したじゃないか!

ジョン

相棒、残念だが、それはもう二ヶ月も前の話だ

タツ

……そう、だっけ?

スミレ

そうだっけ? じゃありません! そうなんです!

タツ

はい

スミレ

ご主人様はこの一ヶ月、毎日毎日縁側に座ったまま、ジョンさんと一緒にぐだぐだぐだぐだぐだぐだぐだぐだ日がな一日そうして過ごしているだけなんですよ!!

ジョン

面目ねえ

スミレ

いい加減仕事をしてくれないと、私、困ります!

タツ

スミレが困ることはないだろう? お給金はちゃんと払っているはずだよ

それはその通りで、タツは仕事をしていないにも関わらず、スミレのお給金はきちんと支払っていました。

スミレ

確かに、払って頂いています。
けど、ですね、ここのお家賃!
それをまだ払えていないんですよ!?

ジョン

家賃……

タツ

大家さんはいつでもいい、って言ってくれてるよ

スミレ

社交辞令を真に受けないでください!!
私が大家さんからなんて言われてるかわかってますか?

タツ

よく働いててえらいね?

スミレ

ぜんっぜん違います!
「あら、スミレちゃん。新しい洋服、かわいいわね?」
って言われるんです!

ジョン

なんでぇ、褒められてるだけじゃねえか

スミレ

違います。この言葉の裏には、
「私に払うお家賃はないけど、新しいお洋服を買うお金はあるのね? あらあらあら?」
という、真意がですね、あるんですよ!!

タツ

それは、スミレの考えすぎじゃないかなぁ……

スミレ

それに、お金の問題だけじゃないんですぅ!
ご主人様がそんなだと、私の世間体が悪くなるんですぅ!
お隣の奥さんにも毎日のように「タツさんは、いっつものんびり縁側で寝っ転がってて羨ましいわねぇ」なんていうようなことをもうくどくどくどくどくどくどくどくど言われ続けて……

ジョン

おう、そいつは大変だな嬢ちゃん

スミレ

そうでしょう? 大変なんですよ——って、

スミレ

そうじゃないんです!
だから仕事です! 仕事! 
ご主人様、働いてください! 
働かざる者食うべからずですよ! 

タツ

ああ、うん。そういうよね

スミレ

こんなこと、今時、寺子屋通う前の子どもでも知ってるんですからね。
大体、ご主人様は昔からそうなんです、この間の事件だって、ちゃんとお金を貰っておけば、今こんな風に困ったりは……

じめじめじめじめじめじめ、過去のことをほじくり返して、ああすればようかった、こうすればよかった、と言い続けるスミレに、タツは、

タツ

わかった、わかったよ。その事件、解決しよう

スミレ

本当ですか!?

タツ

ああ、もちろんさ。なぁ、ジョン?

ジョン

ああ、嬢ちゃんにそこまで言われちゃしょうがねえ。ちょっくらやってやるさ

スミレ

ありがとうございます! ジョンさん&ご主人様!

——では、改めて。

ここは大江戸異世界探偵事務所。

黒船が来航して開国を迫った、あの事件において幕府は、米国との交易を拒み、とある決断をした。

それが、異世界への、開国である。

異世界への開国以来、日本は多種多様な種族・文明の溢れる国となった。

そんな変化が起きてから十数年。

大きく変わった世界で起こる、不思議な出来事を解決するための探偵事務所。

おかしな世界で起こる、のんびりとした事件のはじまりはじまり。

幽霊密室殺人事件、その1

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