──前回のあらすじ。

莉瀬から『お兄ちゃんが好き』と告白をされた俺は、
返事をせずに黙って立ち去る事しかできなかった。

だって俺には紗登奈という彼女がいるし、
しかも……莉瀬は実の妹だ。

洋平は今でも莉瀬のことが好きなんだから、
莉瀬が洋平と付き合えば丸く収まるのに。

……でも、なぜだろう。

莉瀬と洋平が付き合っているのを想像すると、
胸がモヤモヤするんだ……。

最終話
『妹』

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

(お兄ちゃんが帰って来る前に、
夕飯作っておかないと)

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

(それにしても私、バカみたい……。
なんでお兄ちゃんに
あんなこと言っちゃったの?)

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

(これからどういう顔して会えばいいか
わかんなくなったじゃない……)

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

おねぇ……。
風邪はもう大丈夫ですか……?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

あ……。
うん、大丈夫

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

それは良かったです……

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

それから、あの……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

何よ?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

おにぃとおねぇは、
ケンカしてるんですか……?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

え、どうして?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

昨日の夜、
おねぇの部屋から
大きな声が聞こえました……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

あれはっ……。
い、いつものケンカよ。
千雪は気にしなくていいから

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

そうですか……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

(お兄ちゃんと険悪になったら、
千雪が不安になっちゃう……)

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

(お兄ちゃんが帰って来たら、
普通に話しかけよう……)



──夕食後。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(莉瀬のやつ、
何事も無かったように話しかけてきたな。
昨日は体調を崩したせいで、
ちょっと混乱していただけなのか?)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(身体が弱ってる時に、
俺が他人を家に入れたから……)



コンコンッ

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

バカ兄……。
入っていい?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

お、おう。
入れよ

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

…………


莉瀬がそわそわした様子で、部屋に入って来た。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

お前って、いつの間にか
律儀にノックするようになったよな

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

わ、悪い?
うちでは昔からそういうルールじゃない

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

でもさ、子供の頃は
勝手に入って来ただろ?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

それは……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

なんで赤くなってんだよ

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

だ、だから……。
中学生の時にノックしないで入ったら、
ほら、アンタが……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

あっ

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(思い出した。
俺がナニをしてるところを、
莉瀬に見られたんだった……)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

嫌なこと思い出させるなよ……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

そっちが聞いてきたんでしょ?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(話題を変えるか……)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

えーと……。
あの頃に比べたら、
お前も大人になったよな

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

……どういう意味よ?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

背が高くなったし、髪も伸びたし……。
なんていうか、キレイになったよな

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

…………

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(うわっ、何を言ってんだ俺は!
選ぶ話題を間違えまくりだろ!)

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

やめてよ、そういうこと言うの……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

わ、悪い。
変な意味じゃないんだ

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

どうせなら、
変な意味で言ってくれた方が
良かったのに……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

……えっ?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

お兄ちゃんのこと、
諦めようと思ったのに……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

昨日言ったこと忘れて、
って言おうと思ったのに……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

キレイなんて言われたら、
諦められなくなる……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

お前……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(泣き出しそうな顔が、
妙に色っぽいな……)

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

お兄ちゃんだって、
私に好きって言われても困るでしょ?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

い、いや……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

柚木さんって、
お兄ちゃんにはもったいないくらいに
完璧な女の子だよね

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

私が妹じゃなかったとしても、
柚木さんには敵わないと思う

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(そんなことはない……)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(莉瀬の、
気が強いくせに打たれ弱いところだって、
すごく可愛い)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(だけど……。
それを言っても
莉瀬を困らせるだけだ……)

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

私、魚住さんと付き合うね

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

はっ???
何でだよ!?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

あ、そっか。
魚住さんは私の事、
もう好きじゃないかもね

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

そんなことはない!

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

えっ?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

あっ……。
いや、その

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

まっ、なんでもいいけど。
明日になったら
魚住さんに電話してみるね

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

『今更、何だよお前』って
言われちゃうかもしれないけど

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(言う訳が無い。
洋平は莉瀬の事を、
今でも思い続けてるんだから)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(莉瀬が告白したら、
二人は結ばれるに決まってる……!)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(その内に莉瀬は、
俺を好きだった頃の気持ちを忘れて……)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(歳を取ったら、
お互い笑い話に
なっちゃうんだろうな……)

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

ごめんね……。
もう、お兄ちゃんを困らせたりしないから


莉瀬が部屋を出て行こうとした時、
腕をつかんで強引に引き寄せた。

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

いたっ……!


莉瀬の背中に手を回して、強く抱きしめる。

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

お兄……ちゃん……?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

お前のことなんて、
洋平はとっくの間に忘れてるよ!!

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

何よ……。
お兄ちゃんには関係ないでしょ?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

関係ある!
お前を守ってやれるのは、
俺だけなんだよ!

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

小さい頃から、
ずっとそうだっただろ!

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

な……何言ってんのよ。
近所の男の子と一緒に、
私をいじめたくせに

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

そ、そんなことあったか?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

私たちのグループと、
お兄ちゃんのグループが、
公園の空き地を奪い合った時に……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

お兄ちゃんに水鉄砲で攻撃された……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

い、いや……。
それはもう忘れろよ

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

忘れたくても、忘れらんないのよ

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

お兄ちゃんに言われた
むかつく言葉だって、
お菓子を取られたことだって、

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

それから
オモチャを壊されたことだって、

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

好きなおかずを
横取りされたことだって、

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

みんな忘れられないの!
私の大切な思い出なの!

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(そ、それは、
根に持っているだけでは?)

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

ねえ、もう離してよ……。
こういうの、生殺しって言うんだよ?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(莉瀬を離したくない……)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(だけど……。
紗登奈を振ることなんて、
俺にできるのか?)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(あんなに優しくて可愛い子を振るなんて
できるわけがない!)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(だから、俺は……莉瀬を諦める)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(俺が莉瀬を諦めれば、
紗登奈も、洋平も……
みんなが幸せになれるんだ)


その思いとは反対に、
気づくと莉瀬を強く抱きしめていた。

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

く、苦しい……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

駄目だ……。
俺は頭が悪いから、
先のことなんか考えられない……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

兄妹で恋人同士になるのが、
どんなに大変かっていうことが
わからないんだ……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

お兄ちゃん……?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

このまま紗登奈とずっと付き合って、
将来結婚したとすれば
きっと幸せな家庭を築けるんだろうな

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

でもさ、それって客観的な幸せだろ?
他人から見た幸せに
何の価値があるっていうんだよ

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

…………

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

頭の悪い俺には、
欲望に忠実になることしか
取り得がないんだよ


莉瀬の顎に指を添えて、唇を重ねた。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

チュッ……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

んっ……


莉瀬が瞳を閉じて、
こちらを振り払おうとしていた手から力を抜いた。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

どうしてかわかんないけど、
お前が好きなんだ……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

ちょっと……。
もっと他に言い方があるでしょ?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

例えば?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

び、美人だから好き、とか……。
性格が可愛いから好き、とか……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

プッ!
お前って自分のこと
そんなふうに思ってたのか?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

お、思ってないっ!
例をあげただけ!!

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

今お前が言った例ってのはさ、
一般的に言う理想の条件だろ?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

まあ、そうだけど……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

理想の条件に合う子と、
好きになる子ってのは、
全然違うんだよ

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

何よそれ。
私が理想の条件とは程遠いって
言いたいの?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

ばーか。
理屈なんか抜きにして、
莉瀬が好きだって言ってるんだよ

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

ちょ、ちょっと……。
恥ずかしいじゃない……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

お前だってそうだろ?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

……うん


莉瀬としばらく抱き合ったまま、何度もキスをした。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

チュ……チュッ……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

んっ……。
んちゅ……ちゅっ……


時計の針が12時を指しているのに気づき、唇を離す。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

もうこんな時間だ。
そろそろ寝ようぜ

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

えっ……。
もう少し、このままでいたい……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

心配するなよ。
明日になったら、
元通りってことはないから

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

うん……

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

じゃあ……部屋に戻るね。
おやすみ、お兄ちゃん

パタン…

莉瀬はいつもより静かにドアを閉めた。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(さて……。
俺がすることは……)


鞄からスマホを取り出した。

──翌日、紗登奈は学校を休んだ。

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

昼だぜ!
柚木は休みだし、
ひさびさに野郎同士で飯食うか?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

ああ……


鞄から弁当箱を取り出す。

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

そういえば柚木のやつ、
なんか悩んでたみたいだな……。
お前たち上手くいってないのか?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

昨日、別れた

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

……はい?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

夜中に電話して、別れ話をした

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

な、なんでそんなことになったんだ?
昨日まではあんなに仲良かったのに!

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

俺は、紗登奈のことを無理に好きだと
思いこんでいたのかもしれない……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

本当に好きな女の子が、
紗登奈と真逆のタイプだったせいで、

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

紗登奈を好きになれば、
その子への気持ちを忘れられる……
と、思ってたのかもな

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

なんかよくわかんねえけど、
ポエマーみたいだな

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

マジメに話してるんだから、茶化すなよ

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

はいはい。
んで、その好きな子って誰だよ。
うちの高校の子か?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

うちの高校ではないけど、
お前がよく知ってるやつ……

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

誰だあ?
……あ、中学の時に
同じクラスだった女子だろ?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

いや、違う……

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

じゃあ誰なんだよ。
はっきり言えよ

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

莉瀬だよ

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

…………

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

……何だよそれ。
全然おもしろくねーから

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

冗談じゃない。
本気だ



洋平は立ち上がって、こちらの頬を殴った。

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

ふざけんな!
オレがどれだけ莉瀬ちゃんを好きか
知ってんだろ?!


殴り返すこともせずに、頬を押さえた。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

知ってるさ……

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

だったら、
どうしてそんな無神経な
冗談が言えるんだよ!!



教室中が静まり返り、
クラスメイト全員が息をのんでこちらを見ている。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

だから、俺は莉瀬が好きで、
莉瀬も俺を好きだと言ってくれた

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

付き合うんだよ、俺たち

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

は……?
兄妹でおかしいだろ、そんなの……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

…………

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

質の悪い冗談はやめろよ……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

何度でも言う。
冗談なんかじゃない。
俺は莉瀬が好きなんだ

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

そんなの全っ然っ!
笑えねーんだよ!!


更に苛立った様子で、
洋平は再びこちらの頬を殴った。


クラスメイト達が我に返ったように声をあげ、
洋平を止めに入る。

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

うるせえっ!
ほっといてくれよ!!

魚住 洋平(うおずみ ようへい)

ほっといて……くれよ……


洋平はクラスメイト達を振りほどき、
顔をくしゃくしゃにして教室を飛び出して行った。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(一番、裏切っちゃいけない奴を……。
俺は裏切ったんだな……)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(最低だ……)


帰宅してからリビングに行くと、
そこに居たのは千雪だけだった。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

莉瀬はまだ帰ってないのか?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

今日はバイトです……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

ああ、そうだったか

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

とろこで、これ……。
紗登奈お姉さんに
返しておいてください……


千雪から、可愛い柄の小さな紙袋を渡された。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

何だよこれ?

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

この間、紗登奈お姉さんが来たときに
タオルハンカチを忘れていきました……。
キレイに洗ってあります……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

そうか……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(千雪は、
紗登奈にすごく懐いてたよな……)

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

紗登奈お姉さんは、
次はいつ……うちに来ますか…?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

ま、まあ、その内な

元宮 千雪(もとみや ちゆき)

はい……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(その内、
千雪にもきちんと話さないとな……)



──紗登奈の家の前。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(紗登奈は俺と話したくないだろうし、
紗登奈の家族にハンカチを渡そう)


ピンポーン…

紗登奈の母

はい……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(この声はお母さんか)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

すみません。
紗登奈さんの忘れ物を
届けに来たんですが……

紗登奈の母

どちら様でしょうか?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

涼介です

紗登奈の母

ああ、涼介くんね。
ちょっと待ってね


インターホンが切れると、
少し経ってから玄関のドア開いた。

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

…………

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(てっきり会うのを
嫌がるかと思ったのに……)

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

今日は何の用?



千雪から渡された小さな紙袋を差し出す。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

ハンカチ、忘れて行っただろ?


紗登奈は紙袋の中を覗き込んで、少し笑った。

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

ふふっ……。
こんなの捨てても良かったのに

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

いや、千雪が返してくれって
言うからさ……

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

そっか……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

じゃあ、俺はこれで……

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

ちょっと待って

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

……え?

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

友達から聞いたよ。
今日、学校で大変だったんだって?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

ああ……。
洋平に思いっ切り殴られた

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

魚住くん……。
莉瀬ちゃんのこと、
好きだったんだってね……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

ああ、中学の時からずっとな。
それを知っていて、
俺は莉瀬のことを選んだんだ

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

紗登奈にもひどいことしたし、
俺って最低だよな……

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

そうだね、かなり最低かも

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

…………

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

でもね、涼介くんが
魚住くんに殴られたって聞いて
スッキリしちゃった

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

だから……。
私は涼介くんのこと、
もう怒ってないから

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

怒ってないって、お前……

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

ん?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

お前には、俺を責める権利があるのに……。
そんなこと言わせるなんて、
本当にすまん

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

だからあ。
謝る必要なんか無いってば

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

紗登奈……

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

ん、まあ……。
でも、これからは前みたいに
話せないだろうけど

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

はは……。
そりゃそうだよな……


ふと紗登奈の足元に視線を移すと、
微かに震えているように見えた。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

紗登奈、お前……。
震えてるのか?

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

……なんか眠くなってきちゃったな!
もう寝るから、おやすみ!


紗登奈は俺の言葉をさえぎるように言うと、
返事を待たずにドアを閉めた。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(俺に気を遣わせないように、
最後まで気丈に振舞ってくれたのか)

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(俺は、すごくいい子を
振っちゃったんだな……)

紗登奈の母

ちょっと紗登奈、
なに泣いてるの!?

柚木 紗登奈(ゆずき さとな)

ううっ……。
ぐすっ……ひっく……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(そろそろ莉瀬のバイトが
終わる時間だな)


ファミレスの裏口の前で待っていると、莉瀬が出て来た。

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

あーっ、バカ兄!
なんでここに居るの?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

お前な、バカ兄はもうやめろよ

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

いいじゃん、別に。
バカ兄はバカ兄なんだから


莉瀬が嬉しそうに、腕に抱きついてきた。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

はいはい、呼びやすい名前でどうぞ


そのまま、二人で一緒に歩き始める。

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

ねえ……

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

なんだ?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

ずっと気になってたんだけど、
なんで顔にガーゼ貼りまくってんの?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

転んだから

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

転んだだけで、そんな大怪我になる?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

どっちだっていいだろ、そんなこと


莉瀬の手をつかんで、ギュッと握る。

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

な、何?

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

手を繋ぎたくないなら離すけど?


わざとらしく手を持ち上げて、パッと離した。

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

繋ぎたくないなんて言ってないでしょ!
バカッ!



莉瀬が強引にこちらの手をひっぱり、
しっかりと握った。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

はは……。
少しは素直になったかと思ったのに、
お前の気の強さは変わらないな

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

ア、アンタだって、
バカなところは変わらないでしょ?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

……アンタがバカで良かったけど

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

バカバカ連呼して、失礼な奴だな~。
俺がバカだと、何が良かったんだよ?

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

バカじゃなきゃ……。
私のこと、
好きになってくれなかったかも



足を止めて、莉瀬を抱きしめる。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

だったら、一生バカを通す!

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

周りに後ろ指さされても、
ずっとバカでいる!



莉瀬を解放すると、顔が真っ赤になっていた。

元宮 莉瀬(もとみや りせ)

……バカ兄っ!



莉瀬の手が両頬に寄せられ、キスをされた。

元宮 涼介(もとみや りょうすけ)

(バカ兄って呼び方が、
今までとは違った意味に聞こえるな……)



莉瀬の腰に手を回して、更に深くキスをした。




■おしまい■

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