為人

本に夢中になって、すっかり遅くなってしまいました

為人

ボクはあまり日本語の本に慣れていないので、珍しくていろいろ見てました

為人

気がついたらすっかり陽が傾いてました
この陽が傾く、も憶えました!
もっと色々憶えたいです

為人

ボクの家は駅の西の旧市街にあります
おばーちゃんの家です
古くて、結構大きいです
おばーちゃんは昔、学校の先生をしてました
亡くなったおじーちゃんは校長先生だったそうです

為人

ボクが今の高校に転入できたのも
おばーちゃんの「くちきき」だそうです
口なのに聞くんでしょうか?
耳じゃないんでしょうか?
ちょっと謎です

あら、おかえりなさい、為人(なるひと)さん

為人

あ、ただいまです!

為人

門を抜けたところで家政婦の田代さんが片づけをしてました

今日は遅かったですねえ?

為人

ハイ、図書室で本を読んでました

熱心ねえ
うちの子も為人さんくらい、
しっかり勉強してくれたらいいのに

そうそう、マンガの新刊、
持ってきたわよ!

為人

アリガトウゴザイマス!

為人

ボクより1歳年上の息子がいる田代さんは
ボクのためによくマンガを持ってきて、
貸してくれます!

後で渡しますね!

為人

ハイ!

為人

日本のマンガは以前も読んでました
ちょっとウキウキして家に入ると
おばーちゃんがいました

おばーちゃん

おかえり、為人

為人

ただいま帰りました

おばーちゃん

ちょっとお話がありますから
着替えたら仏間へおいで

為人

ハイ

為人

改まって何でしょうか…?

ボクは着替えると、おばーちゃんの待つ仏間へ行きました

おばーちゃん

為人、学校の先生から聞いたのだけど…

おばーちゃん

奨学金を受けたいと言ったそうですね?

ハイ

おばーちゃん

実はね、条件を満たさないので、
受け付けられないそうなのよ
さっき連絡が来たの

え?
どうしてですか?

おばーちゃん

私が後見人になっているからね…
収入的な問題で…

足りないですか?
足りなくて、ダメ、ですか?

おばーちゃん

ああ、違うの、逆なのよ
おばあちゃんはね、お茶やお花の教室とか、家を貸したりしているから
そこそこ収入があるのよ

おばーちゃん

だから、奨学金は本当に困っている人のために置いておいてあげないとね

あ……

たしかにボクよりももっと困っている人がいるのはわかるのですが…
でも、ボクはおばーちゃんに迷惑をかけたくなかったのです…

おばーちゃん

あなた、守伯父さんの言ったことを
気にしているのじゃないかしら…?

……

守伯父さんはおかーさんのお兄さんです
おかーさんとは仲があまり良くなかったらしいです
海外に行ったきり戻ってこなかった
おかーさんのことを良く思っていないのです

だから海外で生まれたボクのことも
キライみたいです…

おばーちゃん

守伯父さんのことは気にしなくてもいいのよ?

じゃ、ボク、働いて学費を…

おばーちゃん

為人、あなたはまだ子供なんだから
そんな事を気にしなくてもいいの
その気持だけで、私は嬉しいわ

でも……

おばーちゃんはちょっと困ったように笑ってから、

おばーちゃん

じゃあ、こうしましょう
あなたも日本語に慣れるために
夏休みまではしっかり勉強してね
夏休みになったらアルバイトくらいなら
してもいいわ

おばーちゃん

そのかわり、成績が振るわなかったら
アルバイト禁止!
いいわね?

…ハイ…

おばーちゃん

まったく
あなたってば、本当に母親似だわ
あなたのお母さんも独立心旺盛だったのよ

……

おばーちゃん

あの子はね、本を出版するのが夢だったのよ

おばーちゃん

歴史的・学問的な怪物論とでもいうのかしら…

おばーちゃん

いろんな国に残る伝説の怪物の
関連性を調べたいって…
それはもう、熱心に一人で調べていたの

あ、ハイ、よく話を聞きました
国によって伝説に違いがあるけど
怪物は似てるものが多いって…

おばーちゃん

その伝説の発祥やら、
地域によって伝わり方の違いやら…
そんなことを調べていたのよ
大学や仕事が休みの時には
よく飛び回っていたわ!

そうしていろんな国を旅行しているときに、おかーさんはおとーさんと出会ったのだそうです

お夕食ができましたよ

田代さんが食事の準備をしてくれました
おばーちゃんの話はそこまでになりました

ボクとしては奨学金が受けられなくて残念でした
できればおばーちゃんの負担になりたくなかったからです
でも…
おばーちゃんがボクを家族と言ってくれてうれしかったです

ボクは…
受け入れてもらえるかどうか
ちょっと怖かったのです

でも、おばーちゃんも
もし本当のボクのことを知ったら…

……

今は考えないことにしましょう…

つづく

第5話 1 オオカミ少年、帰宅する

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