子供の頃のことです。
僕はある日を境に両親がとても怖くなったことがあります。
躾が厳しいとか、理不尽な仕打ちをうけたとか、そういうことではありません。
僕は一人っ子でした。両親は共稼ぎで、父親は会社員。母親は知り合いが経営している英語塾で講師をしていました。
きっかけは小学生のときに受けた盲腸の手術でした。入院していたのは一週間かそこらだと思います。子供の頃のことですから明確な記憶はありません。手術も無事に終え、術後も順調でした。
退院して、ひさしぶりに自宅で眠れることを喜んだその日の夜でした。
トイレで目が醒めた僕は廊下とリビングを隔てる引き戸の隙間から灯りが漏れていることに気がつきました。戸の向こう側で両親がひそひそ話をしている気配がありました。一人っ子の僕は内向的な性格で、どちらかといえば親の目を盗むように陰に身を潜める傾向がありました。そのときも、そーっと音をたてないようにして戸に近づき、耳をそばだてました。なにか秘密めいた気配を感じたのだと思います。
「・・・・・・ついていたわね・・・・・・」
母の声でした。父がそれに応えて何か言いました。
「貢(みつぐ)にかけた・・・・・・が本来の目的とは違った役にたった。・・・・・・もつけておけばよかったな」
父の言葉はそのときの僕にはよく理解できませんでした。
「大部屋だから部屋代はタダよね」
「・・・・・・・にも入っていれば日数分だけ金がもらえたな。残念なことをした」
「お金はいつ入ってくるの?」
「今月末だ」
「もしかしたらもっと大きなお金になっていたかもしれないと思うと・・・・・・」
もっと大きなお金?
僕にかけた?
両親の言葉は当時の僕にとっては謎めいたものでした。
でも、そんなことはすぐに忘れてしまいました。