宇宙(そら)は広く、果ては未だ見えず
無窮とも思える場所を住処として
どれほど経ったのか――

理想郷は届く気配はない。
されど戻ることは叶わず、それゆえ人は
幻想(ユメ)を観るのだ。











今日も暑いねー

畳みに寝っころがりながら
私が独り言を呟くと――

夏だからねぇ

『母』が応えてくれる。

和服姿の母は居住まいを正しているが
だからといって口やかましくは無い。

あぁ、落ち着く

誰かが応えてくれる。
それがどれだけ貴重なことか――

コストとして見れば無駄なエネルギーでも
人が人としてあるためには、必要なこと
たとえ――

こりゃ、みっともない
若い娘がなにしとる

父ちゃんのお小言も
たまには好いものね

なんというか、ノスタルジーに浸れる。

起きますよー

ひょいっと起き上がり
少しばかりむくれた風に言ってみる。

みっともないって言ってもさー
暑いんだもん

この部屋にもエアコンつけてよー

ばっかやろう
心頭滅却すれば

全部気のせいになる

えー、精神論じゃんそれー
暑いものは暑いもーん

エアコン欲しいー

私が駄々をこねてると――

にーちゃんのボーナス出たら
考えてやる

兄ちゃんも参戦。

おお、今回は賑やかだ。

えぇと、このパターン
前にあったかな?

思い出すも記憶にない。

やっぱり、シチュエーションを変えると
違うパターンが出て来るみたいだ。

この雰囲気好いな~

ゆるくまったりした感じが良い。
日常ってヤツだ。きっと。

実体験したことは無いけども。

いつか体験できるでしょ
たぶん……

深く考えると思考の泥沼に落ちそうになるので
てきとーにする。長生きの秘訣だ。

などと、つらつら思っていると――

暑いんなら、アイス食べよー

姉ちゃんが、袋一杯に入ったアイスを
差し入れで持って来てくれた。

『コンビニ』って所で
手に入れたのかな?

いや、知らんけど

今度、姉ちゃんに訊いてみよう。
新規パターンが発生するかもしれないし。

早い者勝ちだからねー

私が、ぼーっと考えていると
姉ちゃんは、自分の好きなのを先に取る。

えっ、何あれ白くて丸いの?

食べたことない。
同じのが無いか探したけど見つからない。

しまったー。姉ちゃん、めざとい

姉ちゃんは要領が良いのだろう。

いや、会ったことは無いから知らんけど。

ループ再生しようかなー

ちょっと迷って、止める。

こういうのは一期一会だから良いのだ。

次で、買い物に連いてけば良いし

何が起こるか分からないから面白いのだ。

なので『今回』は、残ったアイスを漁る。

私、こーれー

細かく砕いた氷に
赤い何かが掛かった物を取る。

なんだこれ?

今まで夏のパターンは試したことが無かったので
なにげに初体験だ。

ざくざくと、木で出来ている『設定』の
スプーンで、掬い取り口に入れ――

つめたい

あと、あま~い

おお、この感覚は良い。

夏という、暑いだけの設定のどこが良いのか?

などと思って今まで避けていたが
食わず嫌いというヤツだったようだ。

お母さん、夏が好きって
言ってたけど

こういうことだったんだ

他の家族に訊いてみれば違うかもしれないけど
お母さんは、夏が好きだ。

お父さんやお兄ちゃん

お姉ちゃんは違うかもしんないけど

それは実際に会って聞けば分かるだろう。

いつになるやら

結果ばかり求めちゃいけない。

分かってるけど、止められない。

どうしたの?

んー

ごろりと転がり

『母』の膝に頭を乗せる。

甘えん坊ねぇ

んー

分かってるけど、別に良いじゃん。

どうせ――

ここには貴女しか居ないけど

いずれ家族には伝わるんですよ

……すごいね

なにが?

本物の、お母さんみたい

ある意味、本物よ

だから、貴女もそのつもりで

今の貴女の在りようが
生身の、お父さんや
お姉ちゃんやお兄ちゃん

みんなと出会う時に
役に立つんだから

……はーい

生返事で返しながら
お母さんの膝枕でゴロゴロ

これも取り込まれるのは
分かってるんだけどな~

まぁ、いいじゃん
私、末っ子だし

生身の家族のみんなには
そういうもんだと分かって貰おう。

このままだらだらしよっかな~

なんて思ってると、システムメッセージが
聞こえてくる。

定期巡回の時間が近付いてます。

担当者は、直ちにダイブを中止し
定期巡回に備えて下さい。

はーい。分かってますよー

儀式的なもんではあるが
意味が無いわけではないので
やるべきことはしないといけない。

そろそろ、お仕事行って来まーす

行ってらっしゃい

気を付けてねー

はーい

見落としが無いよう
三重チェックは忘れんようにな

分かってるってばー

お父さんは、毎回毎回口うるさい。
心配性なのかな?

ま、実際会えば分かるでしょ

それがいつになるか、分からないが。

なんて、思ってると――

またね

……

うん

最後に母に見送られ
私は現実に帰還する――








仮想空間からの神経接続解除。
メディカルチェック・・・・・・――

終了。異常は見られません。

好き目覚めを。

はいはい、分かってますよ

私はタイブチェアから起き上がる。

明かり付けて

船内AIが反応し明かりをつける。

相変わらず
無愛想な部屋だこと

匂いまで感じられる仮想世界とは違い
酷く無機質だ。

向こうの方が生身みたい

思いはするが、口には出さない。
下手な独り言を口にすると
AIがメディカルチェックを受けろとうるさいし

さてと、見回りに行きますか

お仕事お仕事。

定期巡回をするために部屋を出ようとして
私はAIに指示を出す。

外の景色を映して

了解しました。

頭の中に声が直接響き、景色が変わる。

さて、お仕事しますか

偶には、気分が変わって良いだろう。

とてとて歩きながら、私は思う。

あの星かな?
私たちが目指してるの?

テラフォーミング船団6297361号

それが私達の住まいだ。

チェック。問題なし

基本的に、船内船外含めてAIが
統括しているので不備は無い。

とはいえ、人のチェックは必要とされている。

それこそ無駄な
労力だと思うんだけど

そういう決まりに
なってるんだからしょうがない。

選択権が常に人にある様に徹底されている。

その辺、お母さんに
習った気はするけど

いかん、うろ覚えだ。

向こうに行った時に習い直そう。

本物じゃ、ないけどさ

仮想世界。
ついさっきまで私が居たのは、そこだ。

宇宙船の統括AIの6%も使って
運用されている。

目的は、コールドスリープをしていない
搭乗者の精神安定。

無かったら頭が
どうかしちゃってるでしょうね

心底思う。

目当ての星に向かうまで、一番効率が悪いのは
生物を起こしたままでいることだ。

だから仮死状態で固定して運搬しているけど
ここで問題になったのが、起きている人間だ。

全部、AIにチェック
任せちゃえば好いのに

それはAIの構造上、無理らしい。

なにがしらの選択や最終チェックをするのに
人間が必要とされるように作られているのだ。

だから誰かが
常に起きてる訳だ

私みたいに

任期は100年。

ナノマシンの投与がされて無かった時代だと
それだけで寿命が来てたらしいが
今は違う。

だからってまぁ
精神的に平気な訳じゃないけど

広い広い船内に独りきり。
頭が、どうにかなる。

それを防ぐために作られてるのが仮想世界。
現実の人間をモデルに、内部アバターは運用され
かつての『地球』と変わらぬ日常を体験できる。

次は、どの季節で行こうかな?

仮想世界なので自由に出来る。

やっぱり、また夏かな~

次は、あの丸くて白いの
食べるんだ

うん、決めた。そうしよう。

今度は、お姉ちゃんより
早く選ぶんだ~

おねだりしたらくれるかもしれないけど

そこは実際に会ってみないと
分からないし

人格AIのモデル、本人だから
生身と同じだと思うけどね

先に役職に就いたお父さんやお兄ちゃん
それにお姉ちゃんが、仮想世界で
行動したパターンをAIが学習し
向こうのアバターは動かされてる。

そうは言っても
生身出会うのは違うよねー

なにしろ、お母さん以外
私のこと知らないわけだし

お母さんは、家族の中で4番目に
役職について起きた訳だけど
その時に、私がお腹に居ることに気付いたらしい

母星を出発する前に
気付かなかったのかな?

ちょっとその辺は、怪しい。
お母さんの話だと、宇宙船に乗れる時期は
決まってたらしいし。

直前になって気付いても、私が生まれるまで
宇宙船は待ってくれなかったわけで

家族みんなで
秘密にしてたとしか
思えないんだよね

初めて私が、仮想世界に行った時
みんな私が居るのが当たり前みたいな
そんな感じだったし。

私が居るの知ってて
仮想世界にデータ
残してくれてたのかな?

そんな気はする。

まだ会ったことのない私のために
みんな仮想世界に何度も訪れ
自分の欠片を残してくれたんだ

こういうの、昔の世界で
なんていったっけ?

ちょっと考えて、お母さんに教えて貰った
ことを思い出す。

そうだ。手紙だ

確か、文通ってのもあった筈だ。

うん、そうだ。
きっと、そうだ

何だか嬉しくなる。だから――

お仕事、早く終わらせないと

仕事を終わらせて、仮想世界で生きて。

私はこんな子だよって

みんなに教えないと

私の家族の任期は1000年。
まだまだ先は長い。

いつか出会えるその前に
私は私を、家族に伝えたい。

さあ、頑張るぞ

自分で自分を盛り上げて
私は広い広い宇宙船の見回りを
続けることにした。









  バーチャル家族・ちょっとSF おわり

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