とても懐かしい、夢を見ていた。

こんな箱の中に子どもが隠れているとは思わなかった。

よく生き延びた。
偉かったな。

ああ~~~泣くな泣くな…
って言っても無理かァ。

父ちゃん母ちゃん助けられなくて、ごめんな。間に合わなくてごめん。

でももう大丈夫だ。〈黒猫団〉は俺たちがやっつけたかんな。

〈黒豹団〉だ、間違えるなヤティム。

細けェなあ、ラキヤ。ネコ科には変わりねェだろが。
それよりこの子だよ。そうだ、まだ名前を聞いてなかった。

アイラ、か。
俺はヤティム。砂漠の戦士だ。
俺がいるからにはもう大丈夫。

なんにも、怖いもんはないからな。

よお、お目覚めか?

目を覚ますと、天幕の下に寝ていた。
かたわらには、ギュンツが座って、こちらを見下ろしていた。

は、昨日とは逆だな。
具合はどうだ?

痛みはない…
けど、体が重くて動かない。

そっか、逃げられなくてちょうどいいや。今のうちに、話つけとこうぜ。

話って?

案内人の仕事を下りるって騒いでた件だよ。
そもそも、途中でやめるくらいなら、なんで依頼を受けた?

それは…

…焦ってたんだ。

何?

〈砂漠の戦士団〉から独立したって話したよね。
けど、本当は、喧嘩別れして飛び出してきたようなものなんだ。

へえ…?
アイラが家出するほどの喧嘩なんて、想像つかねえな。実は〈戦士団〉って仲悪ぃの?

仲、か。どうなんだろ。良くも悪くもないと思うけど。

ただ、今回のことは…
〈戦士団〉の方針が変わって、私がそれについて行けなかったんだ。それで、ラキヤさんと言い合いになって。

ラキヤ…副団長の方か。
方針っていうと?

元々〈戦士団〉は、砂漠の平和を守るために創られた。誰もが安心して旅できるように。だから、依頼人は守り抜くし、決して見捨てない。

それが、創設者であるヤティムさんの理想だった。
ラキヤさんだって、その思いに共感して、戦っていたはずなのに…

…何があった?

…ヤティムさんが、死んだんだ。
盗賊との戦闘で。

それからだ。ラキヤさんは、すっかり臆病になってしまって…

私が〈戦士団〉を飛び出たあの日も…
ラキヤさんは、依頼人を見捨てるような真似をして、危うく死なせるところだったんだ。

ねえ、ラキヤさん。
どうしてあんなことしたの。

〈砂漠の戦士団〉営舎。
ほとんどの団員は眠っている時間だ。
しかし私は起きていて、食堂でロウソクの灯りを見つめる人影に、問いかけた。

あんなこと、とは?

決まってるでしょう。昨日の仕事で、依頼人の安全を確保する前に撤退命令を出したことだよ。

当然の判断だったと思うが?
武器の不利も人数の不利もあった。あのまま戦い続けるのは愚策だったろう。

さて今度はこちらが言い訳を聞こうか、アイラ。
なぜ命令を無視して戦い続けた?

あそこで退いたら、依頼人を危険にさらすところだったからだよ。どうして戦士が戦えない人を見捨てて逃げられるの?

最近おかしいよ、ラキヤさん。危険性の高い依頼を断ったりさ。危険だからこそ私たちを頼ってきたのに。
砂漠の戦士にあるまじき行いだ。

砂漠の戦士、か。

ドン!!

ラキヤさんが、拳を卓に打ちつけた。

いつまで英雄気取りでいるつもりだ?
おまえもヤティムも、間違いだらけの愚か者だ!

戦士の誇りだなんだと、くだらないものを妄信して、強いくせに、死んでいく。理想に殺されるくらいなら、そんなものは捨ててしまえ!

理想も誇りも捨てて生きたって、魂は死んでいるようなものだ。

青臭い戯言を。いいか、おまえは間違っている。何度だって否定してやる。
世間知らずの未熟者なのだから、黙って俺のやり方に従っていればいい。

私は!

ダァン!

叫び、ラキヤさんがやったように卓を叩いた。
燭台が震えて、不快な軋り音を立てる。それが収まってから、私は続けた。

〈戦士団〉の誇りある強さに憧れていた。ここで戦う人たちを、格好いいと思ってた。だからついてきた。

あなたが、その強さを愚かさだと嘲笑うなら――私はもう、ここには居られないし居たくない!

ここを出て行く。

──それで、荷物をまとめて、日が昇るとすぐ営舎を出てきたんだ。

ふぅん…

わかってるんだ。
ラキヤさんが、ヤティムさんの死を悲しんでることも、大切な人を喪う苦しみも。私が…

苦しんでいるラキヤさんを、見捨てて、逃げてきたんだってことも…

そのことから目をそらしたくて、ムキになっていたのかもしれない。私は間違ってなんかない、って──
だから、実力を深く考えずに、依頼に飛びついちゃったんだ。

私の意地に、無関係な君を巻き込んでしまって、本当にごめ――

アイラはさぁ…
思考回路ポンコツなのか?

私は言葉が引っ込んだ。

な、何が?

だってそうだろ。一度や二度ぶっ倒れるよりも、急にいなくなられる方がよっぽど困るわ。

次の町までの仕事はするよ。
町に着いたら、私よりも経験のある案内人を紹介して──

代わりにって? アイラほど強いやつそういないだろ。雇ったのがそこらの凡人だったら、オレは今頃何度死んでるか。

それでも一回、私のせいで死にかけた。

アイラのせい? 馬鹿にしてんの?
ガキじゃねえんだ、体調管理なんて自分でするもんだろ。オレが倒れたのは、オレの責任だ。

でも、砂漠の知識のある私が、情報提供を怠ったからで…

そんなのは、聞きゃ済む話だ。知りたい情報を無から引き出すことはできねえが、アイラの頭ん中にはちゃんとあるんだろ? 質問すれば答えるだろ?

うん。

砂嵐が次に起こるのはいつだ?

それは無理。予測できない。

そう、それが予測できないってこともオレは知らなかった。どれだけの知識を欠いているか、砂漠に慣れてるやつに推測できないのも当然だ。

だから今後は、オレもちゃんと尋ねる。もう失敗はしねえし、させねえよ。

どうしてそんなに信じてくれるのさ?

信じる? そんな曖昧なことはしない。

見て、判断してる。
アイラなら、オレの願いを叶えるだけの力があると、知ってるから、言ってんだ。

どうした、言い返せなくて黙ったか?

ギュンツってさ…

なんだよ?

…船乗りだって言ってたけど、下っ端じゃないよね。
人の上に立つ仕事をしてたんじゃない?

話聞いてた?

つーか、なんで突然オレの話…

なんとなくだけど、話し方から、人を使い慣れてる感じがしてさ。

話し方に着目すんな話の内容を聞け。

ヤティムさんとは違うタイプだけど、それでも、どこか似ているな。
ためらいなく人をほめるところとか…

ほめてねえ。
アイラが強いってのも、砂漠のことをよく知ってるってのも、ホントのことを言っただけだ。

ほら、そういうところ。

ギュンツって、ひねくれてるけど、根っこのところではヤティムさんと同じなのかも――

やめとけ。

ギュンツが、短く制した。

…なんでさ?

ひとつには、おまえのため。
そいつのことを尊敬してんなら、オレと重ねるのだけはやめておけ。後悔するぜ。

もうひとつには、オレのため。

正義の味方なんかと、一緒にすんな、気持ち悪ぃ。

突然、空気が変わった。
表情も口調も、普段通りだけど。

ギュンツのまとう空気。
肌がひりひりと焼けつくような──

…敵意?

そういや、アイラ。
具合はどうだ。マシになったか?

え…? 何、突然。
さっきと変わらないよ。
体が重くて――

そっか、動けないんならちょうどいい。今のうちに、話しておこう。おかしな評価をされるのは不本意だからな。

知っての通り、オレは船乗りだ。
タチの悪い船に襲われることもあると前に言ったが、アレは嘘。オレたち自身が、タチの悪い船として、善良な市民を襲っては日銭を稼いでる――

海賊だ。

 

つづく

第11話 軋り音

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