ハジャルさんは、違うと思う。

私が言うと、ギュンツは、意地悪く笑った。

違うって? ワルダートを裏切りはしない、とでも言う気か?

ワルダートは、ハジャルを疑いたくない。それでも疑っちまうってことは、ハジャルには、それなりの動機があるんだろ。

そうね…

ハジャルは、副隊商長よ。隊商長である私が死ねば、代わって隊商を率いることになる。
それ自体には、うまみはないけど…

私が残した商品を、ハジャルが副隊商長としての責任で取引相手の元に届ければ、その相手とコネを結ぶきっかけにくらいは、なるでしょうね。

なんだ、コネが目当てか?
想像してた数段、ちっぽけな目的だな。

ちっぽけかしら。
私が死んで荷物を届けられなかった日には、我が一族を、そろって断頭台へ送れるような権力者よ。

……王族か?

顧客の個人情報に関して口を割るわけないでしょう。
ま、とにかく…

私の商売相手とのコネを得れば、動かせるお金のケタが変わるわ。ハジャルの家は、今は彼の息子が当主だけれど、細々とした商売しかしていないもの。

それでも、ハジャルさんは、襲撃には関係ないと思います。
ハジャルさん、この隊商を、とても大切に思っている…

ような、気がするから。

なんだそりゃ、曖昧だな。

砂嵐が来る前、少し話をしたんだ。いい人そうに見えたよ。
隊商を裏切ったり、ワルダートさんを傷つけたりなんて、しそうにない。

アイラは少し話しただけで、相手の腹の中までわかるのか?
ジャマシュにあっさりだまされてただけのことはあるな。

うっ。

それにオレも、話はしてないが、見てて分かったぜ。あの爺さん、滅多に本音でしゃべらねえだろ。

えっ。見てるだけで、そんなことまでわかるの?

笑うのが得意な人間てのは、何企んでるかわかったもんじゃねえのさ。

ごめんね、私いま、鏡を持ってなくって…

というか、だからこそ、だよ。

何が。

ハジャルさん本人が言っていた。本心よりも、どうしたら相手を納得させられるかでしゃべってるって。

でもそれは、隊商の人たちの間に角を立てないためだ。隊商の平和を保とうと、とても気を遣っている人が、自分でその平和を壊そうとするかな。

バカか? 人を信じすぎだ。角を立てないためってのはホントだろうが、それが隊商のためとは限らねえだろ。

オレが暗殺者なら、計画外のイザコザはなるべく起こってほしくねえし、それを防ぐためならいくらだってニコニコしてやるさ。

ひねくれ者。

お人よし馬鹿。

何企んでるかわかったもんじゃない人間第一位。

アハハハッ

おい、誰だ今笑ったの――

と、ギュンツは不機嫌そうに言って――

――――。

すぐに、真顔になった。

…誰も、笑ってないわ。

では、今の声は――?

我らではないぞ!

…洞窟の奥だ。

全員の視線が、洞窟の暗がりに向く。

ッ、んだよコレは!?
こんなところに人間がいたってのか!?

落ち着いて、ギュンツ!

おちつ…っ、い、てはいるが…

どう見ても取り乱してるよ。

いや落ち着けるか、この不気味な状況で!
アイラはよくも冷静だな?

心当たりがある。
アレは人間じゃない、動物だ。

な…っ!?

まさか…

こんな洞窟に巣を作って、昼間はそこで眠る砂漠の獣。
人間が笑うような声で鳴くことから〈人声の砂犬〉と呼ばれてる…

グールの群れだ。

洞窟の奥から――
獣の群れが湧き出してきた。

グール…?

まだ暗闇に目が慣れてなくて、見えねえんだが…
獣、なのか? 蛇の仲間じゃなくて?

グールは砂犬と呼ばれる通り、犬に似た肉食獣だ。
姿は見えずとも影はわかるだろう。あそこで動いているモノが、蛇に見えるか?

確かに、蛇のシルエットじゃないけどさ。

向こうが近づいてきたから、わかったんだが…毒の匂いがする。それも、かなり強力な。

へえ、すごいね。
ギュンツって鼻がいいんだ。

グールは獣には珍しく、毒があるんだ。爪に引っかかれたら、最短三十分で死に至る。
ここは逃げたいところだけど…

ハハッ ハハッ

フーッフッフッフ

狩りをする肉食獣相手に、人間の足じゃかなわないだろうね。
こちらは人数が多いし、怪我人もいるから、すばやく動けない。

暗殺者に追われて逃げた先がグールの巣だなんて冗談じゃないわ。
どうにかして追い払えないかしら。

…鳴き声の合唱は、グールが狩りを始める合図のようなものです。
向こうはすでに戦闘態勢。今から何をしても、追い払うどころか、逆なでするだけでしょう。

くっ、洞窟に入ってから騒ぎすぎたな。
獣の巣だと気づいてさえいれば!

鼻のきく肉食獣だ。
怪我人の血の匂いで、興奮させてしまったことも大きい。

逃げられないし追い払えないなら、殺すしかねえな。囲われちまう前に、先手を打とう。

洞窟でなら、毒煙を使うのが早い。
有毒獣だろうが、毒の種類を選べば有効打になる。

毒、か…

馬鹿か、小僧。
こんなところで毒煙を焚けば、我々も吸いこんでしまうだろうが。

解毒薬があるぜ。この人数なら十分に足りる。
たった今、一人分足りなくなったが。

それならば、貴様を死なせて私が生きるとしよう。

残念だったな、オレは元々数に入ってない。毒が効かない体質なもんで。

ここは、私が行くよ。

え。アイラの分は確保するけど。

いや、解毒薬の話じゃなくて…

ここにいるグールは、私が、剣で倒す。
援護はいらない。連携を図る余裕はないだろうから。

な…っ

本気か? っつーか、正気か?
アイラが人間相手に強いのは知ってるが、獣は勝手が違うだろ。

そうよ、アイラさん。
数も多いわ。十頭近くいる。

それでも、それしか方法はないと思います。

敵味方関係なく毒煙でいぶすなんてやり方は、最後の手段にするべきだ。
毒の効きやすさは、人によって違うかもしれないでしょ?

ああ?
オレが、ねらった相手以外を死なせるようなへっぽこだと――

ギュンツ。

お願い、ここは任せて。

…………。

そうかよ…
やるに当たって、懸念はあるか?

ギュンツくん!
何言ってるの、止めなさい!

自信はあるのか、とは聞かないんだね。

どうせ、イエスとしか答えないだろ。
返答の予想ができるような、無駄な会話をする気はない。

そう。

懸念と言えば、やっぱり毒かな。
グールの毒は、少し引っかかれただけで命に関わるものだから。

は、馬鹿馬鹿しい。オレが自分の用心棒を、毒で死なせると思うか?
毒があるのは爪だったな?

うん。

一匹殺したら、死体をこっちに投げろ。元になる毒がありゃ、解毒薬を作れる。

ちょっと!
そんなこと安請け合いしたら――

わかった、信じる。

アイラさん!? 生物毒の解毒薬を作るのって、すごく難しいのよ?

それに、さっきアイラさんが言った三十分というのは、死亡するまでの時間。筋肉がマヒしきって取り返しがつかなくなるまでは、十五分もないわ。

へえ、マヒ毒か、そりゃあいい。
解マヒ薬ならオレの十八番だ。

ふざけないで!

大丈夫です、ワルダートさん。

ギュンツは、ふざけてるように見えて…大事な局面で、嘘はつかない。

信用されてるようで、嬉しいぜ。

ポンッ

小さな爆発音で振り返ると、ギュンツが洞窟の床にクスリ作りの道具を並べていた。

爆発音は、携帯火鉢の中に火種を投げ込んで点火した音らしい。

ああ、アイラは暗視目薬を使ってるから、明るすぎると逆に見えねえか。
光がそっちに届かないよう、何かさえぎるものを用意しよう。

よし…これでいいか?
まだ眩しい?

いや、視界は問題ないんだけどさ。

私の記憶が確かなら、ギュンツさっきは、火種はないって言ってたよね?

言ったぜ?

あれあれ?

だって、こんな小さな火より、目薬を使った方が、洞窟の中をくまなく見られるだろ?

でも、知らないクスリを言われるまま目につけるやつってあんまいなくてさ。
だから使わざるを得ない状況にするために、嘘ついたってわけ。

あのさあ、ギュンツ。
親切心から忠告するけど――

信用を進んでドブに捨ててくスタイル、早めに直すべきだと思うよ!

ご忠告痛みいるぜ。
忘れないよう、馬鹿には見えないインクで手に書いとこう。

ああもうっ
言い合いしてる場合じゃないや!

私は文句はあとにして、グールたちの待ち受ける方へと歩を進めた。

フフフッ フフフッ

…ごめんね。

ポツリと、つぶやいて。
私は、剣を振るった。

やあっ

また一匹、切り捨てる。
一息つく、暇もなく。

アハハッ

別の一匹が、私に飛びかからんと、姿勢を低く構える。

マルヤム、ザナバク!
何をしているの、アイラさんの援護を!

無理です、ワルダート様!

私やマルヤムの腕では、あの大きさの獣には対抗し得ません。
剣を振り上げる間もなく、喉元に食らいつかれるでしょう。

近づく必要はないわ。
弓矢があるでしょう。

遠距離からの攻撃こそ危険です。
グールの敵意がこちらに向いたら、なかなか倒せぬアイラ殿など放って、まっしぐらにこちらを襲うでしょう。

ここは、アイラ殿に任せるしか…

…あなたたちが尻込みする場面で、あれだけ平静を保って戦えている…

強いのね…
まさかと思っていたのだけど、彼女、本当に〈戦士団〉のアイラなのね。

と言うと、ヤティムとラキヤの秘蔵っ子だという?

ええ。〈砂漠の戦士団〉は、結成して十年にもならない集団だけれど、創設者の人柄のためか、実力者が集まっているのよね。

そんな中で、幼少期から鍛えられた少女が、とんでもない化け物に成長しているという噂は知っていたのだけど…
まさかあんな小さな女の子が、本人だとは思わなかったわ。

小さくは、なくね…?

私より更に背の低いギュンツが、思うところありげにつぶやいた。
解毒薬作りはまだ途中らしく、何本かのガラス管から中身を小皿に移しているところだった。

そんなに買ってんなら、この旅の護衛も〈戦士団〉から雇えばよかったじゃねえか。アイラは少し前に独立したらしいが、他にも使い手はいるんだろ?

平時ならそうしていたかもね。でも今はあの集団、ごたごたしているから避けたのよ。厄介ごとはご免だもの。
あの子も――

だから、逃げてきたんじゃないかしら?

――ッ!

体が強張ったのは、一瞬だ。
それでも、集中が切れた一瞬のうちに――

ハハハアッ!

グールがのしかかってきた。

っ、の!

衣服をつらぬき、食い込む爪。迫る牙。
――後ろからは、別の個体の近寄る気配。

間に合わないっ

何やってる馬鹿!

ギュンツが言うなり、マルヤムさんの弓矢を奪い、矢を射る。

ガンッ

明後日の方へ飛んで行った矢は、岩に当たって音を響かせた。

!!

後ろから迫っていた個体は、音に反応して狙いを私からそらす。

今だっ!!

私は、刃をひるがえして、のしかかってきたグールの上あごを斬り飛ばした。
そのまま勢いを殺さず、背後の個体にも一太刀入れる。

残るは――二頭っ

最後の二頭を切り捨てて、

…………。

ようやく、剣の血を払った私のところへ、マルヤムさんが駆けつけた。

アイラ殿!

毒爪を食らっていたでしょう。平気なのですか?

どう、なんだろ…
結構ガッツリ食らったけど、痛みはなくて…

そりゃ、暗視目薬の副作用で痛覚がなくなってるだけだ。
爪が食い込んだ部分、肩か首か知らねえが、触ってみろ。どうなってる?

わ、赤く腫れて――、

…ッ!?

ぐらり、と、視界が崩れた。

吐き気、と、めまい。

わたしだけ、じくずれのなかにいるみたいに、せかいがくずれて。

たっていられない。

――いきが、できない。

小僧! 解毒薬はまだか!?

今、完成させる。
マルヤム、おまえ、そこにいるならちょうどいい。アイラの手でも握って、歌でも歌ってやれ。

何っ?

とにかく落ち着かせて、血の巡りを遅くしろ。下手に痛みがなかったもんだから、激しく動いちまって、毒が回りやすくなってる。それ以上回らせるな。

しょ、承知した。
手を握って、歌を…

いや歌ってなんだ!?
そんな突然言われて歌えるか!

何でもいいよ。
思いついたやつ歌え。

何でもいいというのが、いちばん困る!
歌わせたいなら、貴様、楽器のひとつでも奏でてみせ――

ふふっ

洞窟の奥から、小さな鳴き声がした。

一瞬、気を失っていた私は、意識を取り戻した。

と言っても、もう、半分死んでいるような。
意識と体が、分離しているような。


そこに倒れている自分を、その少女を、私はどこか客観的に眺めていた。

…!
まだ生き残りがいたのか。

隠れていたということは幼獣か。
アイラ殿、お待ちを。歌は歌えずとも、後の憂いをそぐことなら、私にもできます。

マルヤム、一人で行くな。
幼獣を殺すのならば手伝う。
子どもとは言え、牙も毒爪もそなえているのだから、油断はできんぞ。

む、そうだな。ならば、二人で…

ま、って…

その少女は。
必死でマルヤムさんにすがりつく。

言葉は口から、勝手にこぼれた。

こどもにてをだすのは、だめです。
そんな、ひどいことは。

アイラ殿?
ですが相手は、グールです。

グールだろうが、だめ。
これいじょう、ころさないで。
わたしは――

本当は、やりたくなかったんだ。

……?
殺したくなかった、と?

しかし、他に方法はなかったでしょう。逃げるか、死ぬかでした。
そして、全員無事で逃げ切ることなどできそうになかった。

そうですよ。
殺さなければ殺されていた。

アイラ殿は、用心棒だとか。
砂漠の獣から旅人を守るのも、仕事でしょう。やっていることは、普段と変わりないのでは?

それは、ちがう…
外で出会ったグールを、殺すのとは、わけが違う。

寝ているところに飛び込んできたのは、私たちだ。住みかを荒らされて、怒るのは当然だ。家を守ろうとしただけの獣を、皆殺しにしてしまった。

盗賊のやることと変わりない。私は、盗賊にだけは、なりたくない、のに。
なりたくなかった、のに、私は――

やっぱり、おまえ、わざとか。

まだまだ続く後悔の言葉をさえぎって、ギュンツが言った。
ぞっとするような冷たい声で。

…なに。

毒煙でいぶし殺そうって言ったときに反対したのは「誇り」とやらのためだったんだろ?
いい加減な理由でっち上げてよ。

それは…

殺さなきゃいけない、なら、せめて、正当に、戦いたくて。

煙は「卑怯」で剣は「正当」か?
どっちにしたって殺すくせに、死に方を選ばせてやろうとはお優しいことだ。
それで、どうするんだ?

どう、って。

誇りのために、わざわざ危険のデカい道を取ったんだ。

ところが、その「正当な」道を選んだ報いをなかったことにするクスリがここにある。

キラリ、と。
ギュンツの指先に、光るものがあった。

空洞の針。
ギュンツが、薬を打つときに使う…

この解毒薬一つあれば、すぐさま回復…とは行かねえが、ま、命の保証はするぜ?

使うか、使わないか、選べよ。

…………。

もちろん使うさ。
使うしかないでしょう。
そうでなきゃ死ぬんだ。

使いたく、ないな。

悪いことしたら、報いを受けるんだ。
この毒は、盗賊まがいのことをした報いなんだから。

私がグールを殺したんだ。
グールが私を殺すなら、それは、そうであるべきだ。

――馬鹿が。

ああ、わかった。これは、理性と感情がバラバラになってる状態だ。

毒を受けた恐怖と興奮のせいで、感情が暴走してるんだろう。
理性が弾き出されちゃったんだ。
まるで子どもみたいに、わがままに、感情だけで生きてる。

アイラさん、落ち着いてちょうだい。
あなたは何も悪くないんだから。

ほら、幼獣は生きてます。もちろん、殺さずにおきましょう。
我々に怯えているだけで、戦う意志はないようですし。

マルヤムさんは、私をなだめようと一生懸命になって、幼獣のいる方を指差した。
私の目は、洞窟の奥にひそむ何匹かの幼獣と、その手前に広がる惨劇の痕を映す。

成獣の死体と、未だ流れ続ける血。

感情しかない頭でも、それまで蓄えた知識は生きているようで、私は近い未来にこの洞窟で何が起こるかを幻視した。

おぞましい光景を。

…成獣の死体を、運び出せませんか?

何のために?

グールは共食いするから。
このまま死体を置いておいたら、幼獣が親の死体を食べてしまう。

そんな残酷なこと、させたくない…

おい、いい加減にしろよ。

…? なに、が…

グールは共食いするって、そう言った同じ口で、残酷なことだからさせたくない? ふざけんな。

共食いするってんなら、そいつらにはそれが自然で、普通のことなんだろ。
てめえの勝手な価値観で、勝手に汚らわしいものにしてんじゃねえ。

勘違いしてるようだから教えてやるが、アレは獣だ。おまえとは違う生き物だ。
生きるためには親も食べるし、殺し方に誇りがあろうがなかろうが気にしない、それで「正当」な生き物だよ!

言いながらギュンツは、私の左手をつかんだ。
そして止める間もなく、手の血管に針を刺した。

…っ、使いたくないって、言ったのに!

選べとは言ったが、選んだ結果を尊重してやるとは言ってねえ。
そんなに死にたきゃ、このあと勝手に腹でも切りやがれ。

~~~~!

そんな言い方したら、感情だけで生きてるその子は、真に受けて死んじゃいそうなものだけど…

…あ。

解毒薬のおかげで、少し気持ちが落ち着いた、のか…?

いつの間にか、私は私に、戻ってきていた。

体と心が分離したような、魂が半分抜けているような感覚は消え去り、自分の体を、思う通りに動かせた。

それでもまだ、頭がグラグラする。
吐き気も治まってない。

痛みがないのが救いか。
でも、鎮痛効果が切れたらどうなるんだろう。

いけない。
不安になったら、脈拍が上がる。
落ち着かなきゃ…

ギュンツくん、アイラさんに鎮静剤を打った方がいいんじゃないかしら。

ダメだ、クスリを乱発すると効果に変な影響が出ちまうから。
不安なら縛っとくか――

ううん、平気…

助けてくれて、ありがとう。
怒らせて、ごめんね。

…正気に戻ったか?
別に、怒ってねえよ。

…正気。

さっきまでの私は、狂乱していたのか…?

フフッ フフッ

アハハハッ

幼獣がいる。
笑っている。親を殺されたのに――

違う。あれはグールの鳴き声だ。
人の耳には笑い声に聞こえるけど、笑っているわけじゃない。

グールは獣で…
私とは別の生き物で。

私とは違う価値観で生きてる。

砂嵐が晴れてきたようです。
すでに視界は十分開けています。

出ましょう。
幼獣が牙をむく前に、洞窟から立ち去るべきだわ。

誰かアイラを背負えないか?
ラクダの揺れで毒が回っちゃ困る。

えっ、いいよ。
自分で歩けるって――

ダメよ、アイラさん。
グールの群れ相手に一人で戦うなんて無茶をしたんだから。
ザナバク、あなたに任せるわ。

かしこまりました!

ザナバクさんは、指示が下ると同時に私をひょいと担ぎ、背中に負ぶった。

わ、わ。

揺れますか?

い、いえ、驚いただけです。
すみません。

ああそうだ。
言葉は通じてないだろうが――

と、ギュンツは、洞窟の出口で振り向いて、奥の暗がりに向かって言った。

一応言っとくぞ、ガキども。
そこの死体を食い尽くしたら、次は自分で狩りをすることを覚えろよ。
じゃなきゃ死ぬぜ!

幼獣に向かってそれだけ言い捨てると、私とザナバクさんの方を向いて、洞窟を出るよう、あごでうながした。
ザナバクさんはうなずいて、私を負ぶったまま、洞窟の外へと踏み出す。

…………。

ごめんなさい…

心の中で、つぶやいて。
私は、洞窟をあとにした。

さて――

本隊と合流するわよ。
襲撃の黒幕が誰か、はっきりさせなきゃならないわ。

 

つづく

第9話 洞窟の奥

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