私が柔らかいベッドの中で目を覚ますと、私自身が書いた通りの人相の青年が、本当に私を見守って看病してくれているのを確かに見た。
 金髪の活発で騎士の誇りに満ちた好青年。その目も綺麗な青い瞳で、彼は屈託なく挨拶してくれた。私に。
 

アドニス

意識を取り戻したのですね。良かった。体の方も怪我はありませんでしたし、大丈夫ですよ

翔子

ここは…?

アドニス

ここは盟主・レム様のお屋敷です。気を失っていらっしゃったので、屋敷までお連れしました。食欲はどうですか?

 そう言えば、お腹が減って仕方ない。さっきからお腹が”ぐ~”と鳴って、早く何かを食べさせろと胃が言っているみたい。
 作り物の世界なのに、リアルにお腹が減るのは驚きだ。
 すると、あの盟主が私の様子を見に来た様子だった。渋くてダンディーな声が聴こえる。

レム

アドニス。客人の様子はどうかね?目を覚ましたのかな?

アドニス

はい。丁度、今、先程、目を覚ましました

レム

失礼するよ

 
 そこに現れたのは、やっぱり私が書いた通りの人相の男性が目の前で私を見つめていた。
 髪は銀色の短髪で、肌は艶のある乳白色。目の色は紫水晶の瞳で、だがこうして目の前にすると不思議な輝きを宿している。そして顔には特徴的な髭も生えていた。
 絵に描いたような紳士だ。ダンディーで何だか上品な色気も感じる。彼の衣服もあの小説と同じ。
 全身を品が良い漆黒で統率された華美な衣装を着ている。背は高い。175センチはあるんじゃないかと思う。
 腰が男性としては細いとあの小説内で自分で書いたけど、本当に細い腰回りだ。脚も長い。
 盟主・レムは穏やかに微笑を浮かべている。ひとまず安心したという感じで、優しい目をしていた。
 でも、騙されてはダメ。彼は外面はいいけど、中身はかなりの淫乱設定である。だけど……実際に目にするとそんなのは微塵も感じさせない。
 彼は紳士的に優しく声をかけてくれた。

レム

良かった…。元気そうで何よりだ。君が倒れているのを見たから、勝手にだが私の屋敷へ案内させてもらった。気分はどうかな…?

 私は返答に困る。あの小説の中では、ヒロインはどう答えていたっけ?
 そこで彼は私に名前を訊いてきた。

レム

そう言えば…君の名前は?

翔子

翔子です

レム

翔子…か。いい名前だね。私の名前はレムだ。よろしく、翔子さん

 何だか変な気分…というか妙な気分だね。まさに私が書いた筋書通りに話が進んでいた。
 どうせなら、現実世界にはすぐには戻らないで、このまま私が想像した世界を見てみたいな。
 そう思った私は、この”小説の世界”の一人の登場人物として、住んでみることにした。
 そうやって食事がしばらくしたら運ばれてくる。
 ミネストローネ風のおかゆだった。
 弱った胃腸には丁度いい、トマト風味のおかゆの美味しさは現実世界と同じ。
 胃に入れるべき食べ物を食べた私は、妙に眠たくなって、そのまま夜を明かした。
 部屋の外では、レムとアドニスが何かを話している声がドアの外から少しだけ聴こえていたけど、聴かないふりをして眠った。

レム

しばらくの間、あの子には私の屋敷にいてもらおう

アドニス

リリア様と同じく、下働きとして働いてもらうのですか?

レム

ああ…。彼女はリリアと同じだからね

レム

さて……。リリアのことを話したら、その彼女に会いたくなった。彼女を私の部屋に来させてくれ…。いいな?

アドニス

昨夜もあんなに激しく励んだのに、また今夜も…ですか?

レム

ふふ…。リリアは嫌がっているように見えるけど、私にはわかるんだ。リリアはああ見えて、私を心底欲しがっているよ

レム

それは、あの彼女にも言えることだけど……ね

 レムは冷徹な声の響きにして、何気なく呟いた。
 

レム

それとも、毎晩のように、激しいまぐわいの音が君の部屋に聴こえる度、君はリリアに欲情しているのかな?

アドニス

……けして、そのようには

 彼、アドニスはそこで声を曇らせてしまう。そう、彼の言う通り、アドニスはあのレムとリリアのセックスの声が響くたびに己の欲望を必死になって自分で解放しているから。
 

レム

いつまで、その朴訥の好青年が維持出来るか試させてもらうとするか

 レムは馬鹿にするような声の響きにして、得意気にその表情を浮かべて、彼に背を向けて自室へと戻っていった……。

 ここから、作者である御崎翔子ですら予期していなかった、淫欲に満ち満ちた物語の幕は上がった。

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