――昔々とある国のとある地方に、人々が霊峰と崇める山がありました。
 しかし山の半分は幽世に繋がっており、魑魅魍魎の怪物たちが棲む山の影を避けて、人々は日の当たる山の麓に村を築きました。

 霊峰を崇める人々の信仰心により山の東は精霊で賑わい、妖怪たちに似て悪戯はすれど、やがて人々の生活に豊かさをもたらすと、やがて人々は精霊も崇めるようになりました。

 その中で特に信仰を集めたのは、山にある沼の蛇神様でした。
 人間の生活に欠かせない水を山から分け、時に雨を降らせる蛇神様の澄む沼は『蛇神沼』と呼ばれ、唯一、人が供物を捧げに山に踏み入れるのがこの沼でした。
 
 ――誰が盗み見たのか。
 ――蛇神様は女神だったという。
 

蛇の子

母様、母様。

 濃い緑に囲まれ、水の気で満たされた蛇神沼のほとり。
 沼の中心に佇む蛇神に向けて花冠を乗せた両手を差し出しながらはしゃぐ幼い娘がいる。

蛇神

あらあら。息が乱れるまで走って、どうかしました?ミヅチ?

ミヅチ

見てください。母様に似合うと思って、そこの野花で冠を作って参ったのです。

 その娘は蛇神の一人娘だった。母子揃いの白い髪。儚げな面。それでも娘の顔には幼さゆえの無邪気さが満ちていた。
 しきりに呼ぶ娘のもとへと水面の上を滑り、自分のために作ったという花冠を受け取ると、蛇神は人間には見せない微笑みを浮かべる。

蛇神

ミヅチ。私の愛娘。ありがとう、母のためにこのような良きものを。

蛇神

どうです?母に似合っておりますか?

ミヅチ

はい、とても!

蛇神

ふふふ、かわいい子。

 蛇神は野兎のように跳ねて喜ぶ娘を抱き寄せると、沼のほとりに腰を掛けて肩を寄せ合った。
 たおやかな細い指がミヅチの白い髪を梳けば、懐いた仔犬のように頭を母の体に擦りつけた。
 母親の身体からは水蜜のような甘い香りがする。その香りに包まれる以上の安心感をミヅチは知らなかった。

ミヅチ

母様に喜んでもらえてミヅチは嬉しいです。

蛇神

ええ。母はあなたからの供物が一番嬉しい。

 蛇神は自分を信仰してくれる人間を嫌ってはいない。むしろ愛でていた。ただ、たった一人の娘の存在に敵う者がいなかっただけで。

 沼は母子にとって安寧の地だった。人間たちの信仰心によって蛇女は神となり、沼は精気を保ち、そして霊峰に守られていた。

 だから、この平穏が潰える日が来るなど夢にも思わなかった。
 むしろあの平穏が夢だったのだ。
 母の腕という揺り篭に守られながら微睡みの中に見た夢。

 覚めてしまえば二度と続きを見ることは叶わない。その夢から唐突に、無理矢理目覚めさせられたのは、物語の始まり方と同じ。

 ――昔々、ある日のことでした。
 

ミヅチ

ふんふふーん。

 ミヅチはその日、ご機嫌な様子でカクヨノ山を散策していた。

 彼女の母親、蛇神は沼の主だから一緒に外を出歩くことはない。
 尊敬する大好きな母親だが、それでも無邪気で好奇心の旺盛な子どもであるミヅチは、一日中沼に居るだけでは刺激が足りない。それに、外で見たことやあった出来事を母親に聞かせて楽しませてあげるのが自分の務めだと、ミヅチはそう思っていたから。山を歩くのは慣れたものだった。

 それに、ミヅチは沼の外では決して一人きりではなかった。
 今日も今日とて何か面白いことがないかと山を歩いていると、それは丁度向こうから飛んできた。

新人精霊馬

ほらほら親分、しっかりしてくださいよ。まったく、親分の寝覚めの悪さは幾度冬を越えても変わりませんね。

オヤブン

むむ~、おい、こらあんまり揺らすんじゃねえよ。酔うだろうが。

 山頂に続く山道を下って来るのは胡瓜と茄子の精霊馬。そして、その背中に乗った一匹のカブト虫。
 精霊馬は背中に乗せたカブト虫を落とさないように、そろりそろりと空中を滑る。ちょっとでも揺らすと、背中に乗せたカブト虫が騒ぐので大分ゆっくりと進んでいた。
 彼らを見つけたミヅチは嬉しそうに山道を駆け上がる。

ミヅチ

キューさん、ナーさん!それにオヤブンだ!久しぶりー!

オヤブン

……ん?おお、ミヅチか。っ

オヤブン

ておうおう、俺を掴んで振り回すんじゃねえよ。目が回るだろう!

ミヅチ

あははは!

新人精霊馬

蛇沼のお嬢。親分はついさっき冬眠から目覚めたばかりなんです。どうかお手柔らかに……。

 駆け寄ってくるなりオヤブンを上下左右に振り回すミヅチを、精霊馬の二匹がやんわりと止めにかかる。

 オヤブンは姿形こそただのカブト虫だけど、ミヅチ達精霊が棲む東の陣を統治する頭目だ。そしてカクヨノ山の主のひとりである。つまり偉いのだ。
 カブト虫のくせに冬眠をするので、ここしばらく姿を見せなかったが、芽吹きの時期が近づいてきて目覚めたのだろう。

 面倒見のいいオヤブンはミヅチにとって特別な遊び相手だった。冬季の間は会えなくてつまらなかったから、久しぶりに会えて嬉しかったのだけれども。

新人精霊馬

蛇沼のお嬢。親分との久しぶりの逢瀬のところ申し訳ないですが、親分にはこれから山の守りの結界を見て回ってもらわないといけませんので……。

新人精霊馬

また明後日にでも会いに来てください。

ミヅチ

う~、明後日か……。オヤブンに聞いてほしいお話、いっぱい用意していたのに。

新人精霊馬

すみません、お嬢。結界は親分が張っているものですから、親分に見て頂かないと。冬眠の間は無事でしたが、どこかに綻びがあってはお嬢にも危険が及びますので。

新人精霊馬

……って、だからそんなにオヤブンを振っちゃダメです。空気と混ざっちゃいますって。

オヤブン

おおう……ぐるぐる。

オヤブン

まあ、というわけだ、ミヅチ。また会いに来てくれ。なあに、見回りが終わった頃には目もすっかり覚めていくらでも話を聞いてやれるさ。

ミヅチ

う~ん、わかった。約束だからね、オヤブン。

 別れるのは惜しかったが、聞き分けのない子だとは思われたくない。オヤブンは顔が広いから、母親に恥をかかせるのは本望ではないから。指切りを一つするだけで、ミヅチはその場を後にした。
 すると去り際にオヤブンが思い出したように二つ教えてくれる。

オヤブン

そういや、さっき鬼王丸に会った。西の統領の鬼だ。山頂に行くなら、出会ったらしっかり挨拶しとくんだぞ。鬼と言っても無闇にこちらの者を取って食ったりしねえからよ。

ミヅチ

はーい。

オヤブン

それから結界のそばにも近づくなよー。余所者は俺らの仲間とは限らねえからなぁ。

ミヅチ

わかっていますよー。

 霊峰の聖域に守られ続けていると忘れがちになるけれど、この山は二つの面を持っている。

 妖怪と精霊。
 陰と陽。聖と邪。光と影。

 普段交わることのない者たちが棲みついたときから、この山に生まれた二大勢力。けれど、それぞれの統領は野蛮な争いで霊峰を汚すことをよしとせず、互いで取り決めた祭りごと以外で領地を取り合うことを禁じた。

 いうなれば不可侵の契りだ。

 精霊の中にも妖怪の中にも頭に逆らうものはいない。そのおかげで霊峰では無差別に無慈悲な争いが起ることはなかった。
 ただそれは、霊峰の二大勢力に加わっている者たちの中の話であって。
 本来、魑魅魍魎八百万の物の怪に秩序も何もないのだから……。

 その日は結局、東と西の領地の境目を流れる川で小魚を捕まえることにしたミヅチは、母の棲む沼を賑わせようと張り切ったおかげで数匹の小魚をすくうことが出来たけれど、小さな体に疲れを溜め込んだせいか、木陰で休んでいるうちにいつの間にか居眠りをしてしまったのだった。

 苦手な冬を越すために眠っていたオヤブンの目を覚ます、うららかな日和だったが、まだ春先、陽が沈みかけると途端に肌寒さがぶり返す。

 冬の残滓が爪を立てるような寒さを肌に感じてミヅチは目を覚ました。
 

ミヅチ

へくしゅんっ。

ミヅチ

う、う~ん……寒い。

 昼間の暖かさからの変わりように首を捻りながら肩を震わす。どうも目覚めが悪いなとミヅチは思ったが、ぼんやりと視界が悪いのはとっくに陽が落ちてしまったせいだ。

 まだ半分夢を見ているミヅチが両の目を手で擦ると、前触れもなく声をかけられた。

???

……そこで何をしている。

ミヅチ

 冷えた風で混ぜられる木の葉の擦れる音を退けて、地の底を這うように重く響く声音。
 驚いて見上げれば、その声の主は、木の根元で座り込むミヅチに影を被せるようこちらを覗き込んでいた。

 真上から差す月明かりに浮かぶ相手の姿。
 丈夫な蔓で編んだ傘を頭から首まですっぽりと被っているせいで顔は見えない。けれど僅かに開けられた隙間から、ぎらりと野生を露わにした目が覗いている。
 それと、額にあたる部分から突き破るように伸びた二本の角。

 ――鬼だ。その特徴を持つのは鬼だけだから、すぐに目の前の男の正体がわかった。

 体躯は大岩のように大きい。ミヅチの体など片手で簡単に捻ってしまえるほど太い腕。着物を羽織っているが、隆々とした胸の筋肉が見えるほどボロボロな身なりだった。

???

何をしていると聞いている。その精気……東の者だろう。なら今すぐこの境から元の居場所へ去れ。

 鬼は笠で隠した顔を近づけて脅すように言う。
 けれど、不思議とミヅチに恐怖はなかった。ただ鬼の後ろに浮かぶ朧月を見て、いつの間にか夜になってしまったことを理解していた。

???

どうした。

ミヅチ

……いけない。早く沼に帰らないと、母様が心配している。

???

……。

 先ほどから去れと鬼が言っていたのを全く聞いていなかったらしい。呆れた様子の鬼をよそに、ミヅチは素っ頓狂な声を上げて立ち上がると、小魚と水を閉じ込めた瓶を抱えて着物の埃を払う。そして急いで蛇神沼へ帰ろうと東の方へ駆け出した。


 けれど最初の二、三歩目であっと思い出して立ち止まると、後ろを振り返った。
 ミヅチの背中を見送ろうとしていた鬼だったが、そのミヅチが引き返してきたのに不思議に思う。
 鬼の元へと戻ってきたミヅチは無邪気に尋ねた。

ミヅチ

鬼王丸の鬼さんはお家に帰らないの?

???

……!

鬼王丸

……儂は、どこかでお前に名乗ったのか?

ミヅチ

ううん。オヤブンが教えてくれたよ。それにカクヨノ山にいる鬼は西の統領だけだって。

ミヅチ

その角、鬼の角でしょう?初めて見たけど、オヤブンの角みたいに立派だね。

鬼王丸

オヤブン……。

 鬼王丸は傘の下に手を入れて顎を撫でるような仕草をする。ミヅチが自分の名を知っているわけを納得したようだった。
 けれど、何を答えるわけでもなく、鬼王丸は繰り返しミヅチを帰そうと追い立てた。

鬼王丸

儂のことはどうでもいい。早く東に帰れ。今夜の月は、他所からよくないモノを導いてきてしまった。ここは互いの土地の境界だ。結界も薄い。出会う前に元の土地に帰るといい。

ミヅチ

でも……。

鬼王丸

儂は儂たちの土地を守る必要がある。西側の結界を張っているも儂だ。お前には関係がない。帰れ。

ミヅチ

……うん。

 最後の忠告はやけに語気を強めて。そう言う鬼王丸の言葉に、ミヅチはこれ以上目の前の鬼に気をかけるのを諦めたのだった。

 今度こそ精霊たちの区域へ去って行った幼い背中を見送った鬼王丸は、まだ一人でその場に残っていた。
まるで何かやり残しているような、見落としているような。そうじゃなくても掠めるような不安が気になって動けない。原因はさっき別れた精霊の子どもか。
 彼女はどこに帰ると言っていたか……。思い出して、鬼王丸は気になるように呟いた。

鬼王丸

沼……沼、か……。

 月が昇り始めた宵闇の中。母が待つ蛇神沼へと帰るため山道を下るミヅチは、いつもなら感じることのない奇妙な違和感にとらわれていた。

 なんだろうか。何かがおかしい。そんな気がする。
 いつも何度も通った山道なのに、見慣れた光景なのに、何かが間違っているような。
 突如飛び込んできた違和感の正体がわからない。ふと、さっき出会った鬼が言っていた言葉がミヅチの頭をよぎる。


 ――今夜の月は、他所からよくないモノを導いてきてしまった。

ミヅチ

よくないモノって何だろう……?

 その正体をぼんやりと想像してみるけれど、注意が少しでもそれると、抱えた桶から小魚が水飛沫と一緒に外へ飛び出してしまいそうになるので、考えはまとまらず途切れ途切れだった。

 そうして答えが得られないまま、ミヅチは蛇神沼へと続く獣道の入り口まで帰ってきた。
 母が待つ沼までもう少しだと、駆けようとしたが、ここでもまた違和感と不安がよぎる。それも、今度ははっきりと、その正体が近くにいると感じた。


 沼は蛇神である母が清めている。けれど、獣道の向こう側からは精気のかけらも感じない。
 代わりに禍々しい気を感じる。

ミヅチ

母様……?

 ここに辿り着くまで気を使って歩いていた理由も忘れて、ミヅチは沼へと駆けていた。
 桶から水飛沫が上がり、顔や着物を濡らす。それも構わずミヅチは焦って走った。

 なんだろう。いやな、とても嫌な感じがする。
 沼に近づくほど強く感じる禍々しい気配と、腹の底から湧き上がる不安にミヅチはいてもたってもいられない気持ちだった。

ミヅチ

どうして……なんで。どうして母様の精気が感じられないの…?

 考えるつもりもないのに頭をよぎる嫌な予感。それは杞憂だと言い聞かせても、振り払うように駆けてもはれることはない。自分自身に証明するためには、この目で確かめなければなかった。

 そして、ミヅチは見た。

ミヅチ

かあ……さま……?

 沼は変わり果てていた。木々の葉から零れる月明かりに薄く照らされたその場所は、知っている場所ではなくなっていた。

 何者かに酷く荒らされた沼地には焦げた木の枝や葉が屑となって散らばり、煤で汚れた地面は鋭い刃物で切り裂かれたように抉られ、沼の名称が彫られた石碑が掘り返されている。
 火の残り香がした。それから生温かく鉄のような鼻を刺すにおい。

 そして母が棲む沼の水は。主の肌のように透き通っていた水面は、月の光も水底に通さないほど赤黒く淀み、ぬらりと気味の悪い光沢で光を弾く。
 ――それは油だった。沼の水に油が流され、溢れた油に火がついて辺りを火に包んだ跡だった。

 一体何者が沼を荒らしたのか……。先ほどからずっと感じていた禍々しい気配は、先ほどからずっとミヅチの目の前にいた。

蛇神

ミ……ヅチ……?

 それは母の声でミヅチの名を繰り返し呼んだ。

蛇神

ああ……ああ、あぁミヅチ……見てはなりません。母を、見ては……こちらに来てはだめ。

 母の目から赤い涙が逆さまに落ちる。母の着物は沼の水と同じ色に染まり、鱗がはった腹を上に向け、その細長い身体は腰を宙に引っ掛けたように逆さまに浮いていた。
 母の下半身は闇にのまれて無い。
 否、闇に溶け込む、ある者に食われていた。

 消えた下半身辺りの闇がスッと赤く裂けて広がる。

猫又

おやおや……子供がいたのかい?

 次いで相貌が開かれた。琥珀色のガラス球のように綺麗で、恐ろしいほど美しい眼差し。
 夜風が吹き、木の枝が大きくしなって、差し込んだ月の光がその者の姿を闇の中から暴いた。
 それは見上げるほどの大猫だった。闇に溶けていたのは黒い艶やかな毛皮で、揺れる尾は根元から二股に分かれている。猫又と呼ばれる大妖怪だ。

ミヅチ

あ――あぁ……わぁ、ああああ!

 抱えていた桶を地面に落として、水と小魚が飛び散る。空気に放り出された小魚が苦しそうに地面の上を跳ねる。ミヅチはそれ以上に苦しい悲鳴を上げていた。
 猫又の姿をはっきりと目の当たりにしたせいで、ミヅチは見てしまったのだ。


 猫又に半分食われた、母親の変わり果てた姿を。

猫又

うるさいねぇ……。

ミヅチ

ひぃっ

 猫又は苛立った声で唸り、耳を垂れる。鼻の頭に皺を寄せると、力の入った口元から――ぶちりっ。と、音を立てて何かが零れ落ちた。

 どしゃっと半分水に浸かって地面に落ちたそれを見て、ミヅチは短い悲鳴を上げる。
 思わず後ずさると、落ちたそれはモゾりとミヅチを追いかけるように蠢いた。

蛇神

逃げ……なさい、早く……。ここから、山の上……へ。この者は……カクヨノの者では……。

 母だったそれは最後の力を振り絞ってミヅチに訴える。けれど、やっとの思いで伝えたその願いは、ミヅチが受けた体が硬直するほどの恐怖の前では力のないものだった。
 足音もなく猫又がミヅチに迫る。

猫又

ふぅん。寄り道がてら腹ごなしにと食らった蛇だけど……どうにも満腹まであと一口足りないにゃぁと思っていたところにゃあ。まだ子どもなら、硬い蛇の肉も少しは噛みやすいだろうにゃぁ……?

ミヅチ

あ、あわ……っ。

 しなやかな足取りで舌なめずりをしながら近づいてくる化け猫を目の前に、ミヅチは身じろぎすらもままならない。琥珀の瞳に射止められて、逃げることは叶わなかった。

 猫又の爪がミヅチに襲いかかる。

ミヅチ

ぎゃ……っあ!

猫又

大人しくしていれば一息で噛み切ってやるにゃあ。アタシは柔らかい肉が好みだからにゃ。

 前脚に踏まれた体が軋む。
 痛みに呻けば口から空気と悲鳴が漏れ、臓腑と骨が圧される。
 皮膚に爪が食い込む。じわじわと切り裂かれて血がにじむ。
 目の前が暗くなる。月明かりが届かない。
 さっきまで聞こえていた母の声が耳に届かない。
 生臭い据えたにおいが鼻につく。頬に生温かい涎が伝う。
そして牙が――。


 嗚呼――。

 最期に唱えた言葉は何だったっけ……?

四話 鬼の贈り灯(前)

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