異様な程広い敷地と異常な部屋数。
 外観はまさにお城。
 見るのも恐ろしいようなお屋敷の……特に大きな部屋扉をノックした少女が居た。

???

お父様、入りますわよ。宜しくて?


 上品な言葉遣いの彼女は城ケ崎(じょうがさき)財閥総帥、城ケ崎真賢(まさちか)の溺愛する一人娘、城ケ崎真理愛(まりあ)だ。

???

真理愛?待っていたよ。
どうぞ入って


 部屋内から穏やかな男性の声が聞こえる。真賢の物だ。
 穏やかで優しい父の声が真理愛は大好きだった。

城ケ崎真理愛

では、失礼致しますわ


 父の声に応じるように部屋に入るとそこには父親ともう一人美しい女性が居た。
 メイド長の武橙千穂里(むとうちほり)だ。幼い頃から本当の母親を知らないで育った真理愛にとって、彼女は母親のような存在だった。

城ケ崎真理愛

突然呼び出すなんて……お父様も千穂里さんもどうなさったの?


 不思議に思って問い掛ける真理愛に二人は顔を見合わせて頬笑み合い、それから話し始める。

城ケ崎真賢

今日は真理愛に大切な話があってね。それに千穂里も関係しているんだ

千穂里

そうなの、真理愛ちゃん。驚かせちゃったかしら?
それだったらごめんなさいね

城ケ崎真理愛

驚く驚かないは話の内容によりますわ。
でもお父様と千穂里さんの事ですもの。きっと悪くは無いお話しなのでしょう?


 仲睦まじい二人の様子から、そんな気がする。

城ケ崎真賢

流石私の愛娘。察しが良いね。可愛いぞ


 言いながら真賢は真理愛の頭を撫でる。

城ケ崎真理愛

もうお父様ったら。髪が乱れてしまいますわ


 真理愛も慣れている為、そう言いながらも笑顔を返す。

城ケ崎真賢

ああ、ごめん。でも真理愛にとっても悪くない話だと思うよ


 真理愛を撫でていた手を離し、真賢が微笑む。
 それから彼はもう一度千穂里に視線を送った後、穏やかな表情で言った。

城ケ崎真賢

これからね、真理愛。千穂里が私達の家族になるんだ。
千穂里の息子兄弟も一緒にね

城ケ崎真理愛

まぁ


 言葉の意味を理解した真理愛も穏やかな笑みを返す。

城ケ崎真理愛

千穂里さん、本当なの?


 微笑で返す真理愛に千穂里が頷く。

千穂里

ええ。真理愛ちゃんさえ良ければ……わたくしは貴女のお母さんになりたいわ


 それまで穏やかな笑みを湛(たた)えていた千穂里だったが、緊張した面持ちでそう言った。

城ケ崎真理愛

やっぱりお父様と千穂里さんは思い合っていたのね。それはとても素敵な事だわ


 千穂里は真理愛の母親代わりをずっと務めてくれていた。千穂里が隣に居るだけで大好きな父も幸せそうな表情をしている。更に千穂里の息子兄弟と真理愛は幼い頃からの付き合いで、兄弟になっても上手く出来る自信もある。当然真理愛には反対する理由は無かった。
 しかし真理愛は悪戯をするような気持ちになった。

城ケ崎真理愛

でもこれは……チャンスではないかしら?


 笑みを湛えたまま考え込む。

 真理愛はずっと城ケ崎財閥総帥の一人娘として恥じない人生を歩んで来た。その自信はある。
 しかしそのせいで出来なかった事。それもあるのだ。

城ケ崎真理愛

例えばわたくしだって……人並みに恋でもしてみたいわ。
お父様と千穂里さんのように……誰かと思い合ったりしてみたい


 今でも部屋にある小説や漫画やゲームを開けば……そこにはロマンに溢れた青春の頁が広がっている。恋をして強くなって輝く女の子の姿を何度も見て来た。
 しかし真理愛は幼い頃から許婚がおり、一年後にはその相手と結婚をする事になっている。幼い頃に少しだけ関わっただけの……許婚。

城ケ崎真理愛

恋も愛もあったものでは無いわ。だって一緒に過ごした時間が少なすぎるもの


 それに真理愛は女子校育ち。許婚以外の異性は見た事さえも数少ない思い出で……物語のような青春を送れている自覚は無い。

城ケ崎真理愛

共学校に行ったら……違った世界が見られるかしら?あのゲームの世界のような恋をする……それも悪く無さそうだわ


 そんな憧れもずっとあった。

 でもここで条件付けで結婚を許すと真理愛が話せば……もしかしたら真理愛に甘い父親は夢を叶えてくれるかも知れない。

 そう思ったらすぐに二人の結婚を許す言葉を言う気にならなかったのだ。

城ケ崎真賢

…………

千穂里

…………


 真賢と千穂里は静かに真理愛の言葉を待っている。父は相変わらずの穏やかな笑みで、千穂里は少し心配そうに。
 そんな二人を見ていると……おねだりをする気にもなった。

城ケ崎真理愛

千穂里さんがお母様になる。兄弟も増える……それはとっても楽しそうだわ


 真理愛のその言葉に千穂里の表情も安堵に変わった、が。
 それだけで終わらせる気は毛頭無かった。

城ケ崎真理愛

でもどうしても不安ですわ。わたくしの世界には男性なんてお父様以外に居なかったのですから……上手くやれるかわかりません


 わざと物憂げな表情をしてみせる。それで千穂里が再び不安そうな表情に変わった。

城ケ崎真理愛

でもそうですわね……お二人がわたくしのお願いを聞いて下さるなら……心穏やかにお二人の結婚を認められる気がします


 続けた言葉に千穂里の表情が心配そうな、ホッとしたような表情に変わった。
 それを見た真賢が真剣な表情で真理愛に問う。

城ケ崎真賢

そのお願いとは何だ、真理愛。言ってみなさい。私が叶えられる事ならば何だって実現させてみせよう

城ケ崎真理愛

お父様有難う。あのねこんな事を言って驚かせてはいけないと思うのですけれど……


 一瞬安堵の表情を浮かべ、それから物憂げな表情に戻す。
 更に伏し目がちにして、言い辛そうな姿を演出した。

城ケ崎真理愛

わたくし……共学校に通ってみたいです。
大丈夫。一年後にはちゃんと許婚と婚姻を上げますわ。それまでで良いのです。少しでも他の男性を知って、兄弟と上手く関係を築けるように予習してみたいの


 真理愛が言うと真賢が瞳を潤ませた。

城ケ崎真賢

真理愛……御前は何て素敵な娘なんだ。そんなにも私と千穂里さんに歩み寄ろうと思ってくれているんだな……。その願い、必ず叶えてみせる。
真理愛がこんなにも心を砕いてくれているのに反対する理由なんて私にある訳が無い!

城ケ崎真理愛

お父様……嬉しい。有難う


 言いながら父娘でしっかりと抱き合う。
 切なげな表情を演出しつつ、内心ではほくそ笑んでいたが。

城ケ崎真理愛

やりましたわ。これで数日後にはとっても楽しい学生生活が送れますわね


 真理愛がそんな事を思っているなんて……気付く者はその場には誰一人として居なかったのである。

Episode0 小悪魔令嬢のおねだり大作戦

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