発端は一月と少し前。七月の終わりだった。
 何時も通り出勤して、何時も通り先輩職員さんについて教えて貰いながら仕事をしていた。
 本当は皆、三ヶ月で自立するのが普通。それなのに自分は仕事がまだ時間通り回せず、結果的に一人立ちが出来ていなかった。早番・遅番・夜勤の交代勤務。それはわかっていた、だけど……早番も遅番も自立出来て居ない自分はまだ夜勤さえもやらせて貰えない。そんな状況だった。

 同期は居たものの自分合わせて五人と少数。更に『介護職員』として大学上がりで現場に居るのは自分一人。又他の四人はユニットが違うのが一人、施設さえ違うのが三人で……相談出来るような相手では無く、寧ろライバルのような物。
 月に一度集まる研修は有った物の、この頃になると聞く話は自立出来たという物ばかりだ。自分と同じように自立出来て居ないのだと……そう話していたのは高校上がりの男性職員のみ。自立出来ていなくて悩んでいるなんて……年上で皆より大分レベルが下だと思ってしまった自分からすると……恥ずかしい物だった。今思えば年上としてのプライド、福祉勉強期間が長い故のプライド。それらが邪魔していたのかも知れないとは思う。
 だが当時はそうでは無い。ライバルが皆自分より何倍も上にいっている……その事実に焦りを感じていた。それは確かに間違いなかった。

 そんな中での勤務。
 先輩職員は確かについて教えてくれている。だけど一人立ちするのが当たり前の月日が経っており、それだけの日々を自分も勤務していた身。仕事の流れもやり方も大体覚えている。
 もう先輩は自分・スカイの業務を見ながら教えてくれたりはしない。

先輩職員

もうこっちから教える事は無いから……わからない事だけ自分から訊くように


 記憶は定かでは無いが……そう言われてから一月以上経っていたのでは無いだろうか。

 自分の不慣れな介護で入居者様に怪我をさせる恐れがあるその業務の時は

先輩職員

○○さんの○○介助の時は言って。絶対に一人でやらないように


 そう仰り、自分からついて頂くようお願いしていた日々だった。

 又不慣れな自分の介護でご入居者様が怪我をさせる恐れがある。そう感じていた業務の時だけ

スカイ

一緒に来て見て下さい、お願いします


 そう先輩にお願いした。確かにそう言ったら先輩はついて来てくれていた。

そんな感じで自分が言った時のみ先輩は一緒に介護対象のご入所者様の許へと来てくれていたのだが……それについてもある日先輩は仰った。

先輩職員

見てって言われても何を見て欲しいのかわからない。具体的に何を見て欲しいのか言ってくれないと。
もう教えられる事は教えたし伝えられる事は伝えた。こっちから教える事は何にも無いんだよ


 ……と。

 しかしそう言われても自分には難易度が高い。
 元より他人に何かを訊くのは嫌いでは無いし寧ろ新たな知識が増えると思うと楽しくて好きな方なのだが……苦手なのである。
 昔から『訊き方が悪過ぎて必要な情報を貰えない』のだ。

 又自分が尤も苦手とする事、それは……『わからない事について訊く事』である。
 特に苦手な分野となると誰もがそうだと思うのだが……『わからない事が多過ぎて何がわからないのかわからない』のである。
 『わからない事を訊け』と言われても『わからない事がわからないのにどう訊くのかわからない』……そこからなのである。

 それともう一つ訊いて理解しようとは常にしている。だけど……。
 他人の思う理解の速度や方法が合わないのである。

 自分は昔から頭を使うのが好きな人間で、身体を使うのは嫌いであり苦手な人間であった。
 そんな自分は訊いた内容を一度頭に入れ、それから整理をして漸く理解する。その上で更に実践を重ね、漸く身体に入れるのである。
 恐らく他人の思う理解速度よりも大分遅いのである。

 更に自分は中学時代、虐めに遭った経験から人間不信の節がある。
 考え過ぎて他人の言葉の裏を読もうとする癖がついていた。
 それによって理解する速度は更に遅くなる上、勘違いのリスクも上がる。

 そんな自分の理解の方法では『教える事は何にも無い』……それはイコール『出来て当たり前の事しかあなたに課していない』……そう認識するのが関の山だ。

 自分の受け取り方は間違っていたのか……?
 結局訊けず仕舞いで先輩しかその真意はわからない……だけど。

 そう受け取った自分は『出来ないのはあなたが悪い』……恐らくそう考えたのだろう。

 元々自分は今では良く『メンヘラ』と言われる部類の人間だ。

 自分に自信が持てず、ネガティブになりがちな思考回路。
 更に一度ネガティブスイッチが入ったら何でもかんでも自分が悪い自分のせいだ……と思ってしまう。
 その癖プライドだけは一丁前。

 言い換えると変な方向に自意識過剰。又は自信過剰。

 その頃の自分は何もかも上手く行かないと感じてしまうネガティブ全盛期。
 結局『訊け』と言われていたのに『訊けなく』なっていった。

1-1 壊れたブレーキ。行く末は……一

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