長根 陽弘が小牧 千夏に出会ったのはある夜のこと。当時中学生であった彼は夜にランニングをしていた。人と会うと必ずトラブルが起きてしまう体質の彼はなるべく夜に活動している。

 昔ほどトラブルの頻度は少なくなったし、寺の跡継ぎとして周りから認められているが今での家族の悪評によって長根 陽弘も悪とみられている場合が多々あり、彼はそんな状況に辟易していた。

 ここから離れて自分を知らない土地に行けば自身の不幸にあわないが、彼はこの土地が好きであること、そして自分を拾ってくれた寺や周りの人を好きであることから離れる気はなかった。

 日課の夜のランニングについて父親代わりである和尚から注意を受けた。
 近頃の殺人鬼の件についてだ。

 長根はあまり遅くならないようにすると答えて日課のランニングを始めた。
 そして長根はあることを目撃する。

なんだ……女の子が一人で

 塾帰りの子かと思ったがそれは違うようだ。手には大きなバケツ。こんな夜遅くに彼女は何をしているのだろうかと長根は走るのをやめて後をつく。

 バケツを持った女の子が着いたのは廃墟の壁。十年前からずっと空き家で持ち主不明のコンクリート建造物。女の子は躊躇せず慣れた手つきで落書きを始めた。

声をかけるべきなのか、落書きって犯罪たもんな

 長根はこっそりと近づくが、油断していたのか草を踏んでしまった。その音で女の子が振り返る。

……!!

驚かせてごめん

……この家の人でしたか

いや、違うよ。ただ君が何者なのか気になって

 長根は小牧 千夏に出会う。彼女は犯罪を犯しそうな見た目ではなかった。染めてない髪、校則をきっちりと守ってそうな制服の着こなし。しかし、その手には落書きに使うペンキと刷毛を持っている。

どうして落書きを

……私がやるのはただの落書きじゃない。予告

予告?

 予告と聞いて長根は思い出す。そういえば、このような噂が流れていたことを。

 いつの頃なのか、殺人事件の予告をする落書きされるようになった。犯行場所に近い建物や橋の橋脚などに赤いペンキで書かれている。

 予告は具体的なものではなく、抽象的で詩的に書かれたものである。書かれた文を少しずつ解読してやっと分かったところで事件が起きる。

 この予告を書いているのは殺人犯自身なのか、それとも別の人物なのか。
 学校や近所では話題になっていた。

まさか、君が噂の

……

 小牧 千夏は黙々と予告を書く。それが自分の義務だといわんばかりに。
 長根は黙って落書きを見守る。

私がやらなきゃだめなんです。私は……。

 長根は小牧 千夏の告白を聞く。それは懺悔、誰にも漏らしてはならないことだった。

同じだったんだ。俺と小牧は

 長根はゆっくりと言葉をかみしめて言う。

今の俺は戸籍上は日本人になっている。表向きにはずっと続いている呪縛は解かれたはずだ

 長根と小牧には呪いがある。ずっとついている呪い。それは変えられない事実であり、未来でも変わることはない。過去からずっと続く事実だ。

しかし、俺の過去を知っている人はずっと本当のことを知っている。俺自身も日本人ではなかったことを知っている

 呪いは傷として残っている。その気z津は静かにひっそりと存在していた。

俺は呪縛と向き合うために仏の教えに頼った。そうしなければ俺は生きていけない

 長根の人生は決まっていた。自分と同様の傷を持った小牧を支えると決めたのだ。予告について何も咎めずに見守ると。

しかし、小牧には生きていける道があるのだろうか。俺は長年、辛いことを経験したから耐性があるが、小牧には生きていけるのだろうか

 彼女の生きる道が茨だらけなのか。
 長根は心配していた。
 この先がバッドエンドになるのではないかと。

足立 環奈

ちーちゃんは死なない

 沈黙を破ったのは足立だ。足立は立ち上がって長根の前に出る。

足立 環奈

小牧 千夏を死なせなんかしない

 足立は長根の襟首をつかんだ。

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