外に出れば冷たい風が心地よかった。
 街のあちらこちらに飾られたクリスマス飾りが十二月だというのを主張する。

松原結月(まつばらゆづき)

もうクリスマスになるよね


 意識せざるを得ない状況に、思わず結月は呟く。
 それに明彦が頷いた。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

テストも終わればすぐだな


 それに結月は意を決して言葉を紡ぐ。

松原結月(まつばらゆづき)

今年はどうしよっか、クリスマス。毎年どっちかの家に両方の家族とかが集まっていたけど……


 彼女が尋ねるように言ったのには意味がある。

松原結月(まつばらゆづき)

こ、今年こそはアキと二人で!!


 中学一年生の時に明彦に惚れてからずっと思って来た事を実行したかったのである。
 彼女の想い人は兎に角鈍感なので、ここ三年ずっと『二人で過ごしたいアピール』をしているのに一切通じず、失敗に終わっている。

松原結月(まつばらゆづき)

今はもう、徒の幼馴染じゃないんだもん。流石にわかってくれるよね?


 密かに念じて彼を見れば何事か考え込んでいる様子だ。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

…………

松原結月(まつばらゆづき)

…………


 一緒に沈黙して、今か今かと返事を待つ。
 数分後、明彦は……

白峰明彦(しらみねあきひこ)

ケイと美咲も誘うか


 確かに昨年とは違う回答ではあった。あったが……。

松原結月(まつばらゆづき)

ち、違―う!!


 結月は転びそうになるのを堪え、内心で叫んだ。
 今年も彼女の惨敗である。

松原結月(まつばらゆづき)

アキ鈍感過ぎるよ……


 がっかりである。
 とはいえ敬一と美咲と過ごすのもそれはそれで楽しみなので、反論は留まった。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

我が城にて催すか
【訳:俺の家でやろう】


 続けてそう言う明彦に、複雑ながらも結月は頷いた。

松原結月(まつばらゆづき)

う、うん……そうだね

白峰明彦(しらみねあきひこ)

ユズ、どうかしなかったか
【逆:どうかしたのか】

松原結月(まつばらゆづき)

ううん……何でもないよ


 口ではそう言いながらも、結月が落ち込んでいるのは明彦にもわかった。
 明彦は恋愛事には鈍感だが、それ以外の面で結月の気持ちは敏感に察知出来るのである。
 しかし落ち込んでいるのはわかるが、何に落ち込んでいるのかがわからない。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

ユズが落ち込んでいるのを見てたく無いし、どうにかしてあげたいけど……訊いたら何で落ち込んでいるのかを教えてくれるかなぁ……?


 考えてみるが、彼女との今までの関わりからして話してくれない可能性が高いと判断する。それを思えばこの後の行動は考えずとも浮かんだ。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

こういう時俺がやるべきなのは……


 明彦が考えて行動した瞬間……

松原結月(まつばらゆづき)

えっ!?


 結月の驚いた声が上がる。

松原結月(まつばらゆづき)

あ、アキ……あの……


 続いて結月は戸惑ったように頬を染めるが、その内それは笑顔に変わった。
 嬉しそうにずらした視線の先には明彦に繋がれた手がある。
 それだけで落ち込んでいた事なんてすぐに忘れられるような気がした。

松原結月(まつばらゆづき)

……もう良いか


 二人っきりのクリスマスも魅力的だったと思うけど、友達と過ごすのだってきっと楽しい日になるだろうから。

 そう思って手を強く握り返せば、照れたような明彦が言う。

白峰明彦(しらみねあきひこ)

……別に落ち込んでいるから慰めようとかそんなんじゃないからな

松原結月(まつばらゆづき)

うん、わかってる


 寒い冬の日だというのに、心がとても温かい。
 それがただ嬉しかった。

 二人ともどこか照れ臭いので互いに口数は減るが、居心地の悪さは感じなかった。

松原結月(まつばらゆづき)

小さい頃アキは……わたしが少しでも落ち込めばこうして手を握ってくれたよね


 大きくなるにつれて、それが普通で何気なくやれる事では無くなってからは……長い事忘れていた感覚だった。
 だからこそ……今こうして手を繋げる事が特別に思えて嬉しいのだ。
 しかし同時に不安になる事がある。どうしても幼馴染以上になれていない気がする自分達に。

松原結月(まつばらゆづき)

アキは……わたしの事本当はどう思っているのかな?わたしが彼女で良いのかな?


 告白してくれたのは彼だ。そしてその言葉を信じている……つもりだ。
 しかし彼の対応は余り変化していないと感じている。

 時折照れたり、何時の間にかやらなくなっていた事をやってみたりはする。
 しかしそれは新しい対応では無いのだと、敬一や美咲の反応を見るようになって……理解するようになった。

松原結月(まつばらゆづき)

今までわたしはアキをしっかり見てこれてなかった……だから時々わからなくなる

 この手を繋ぐのは……本当は自分では無かったのではないかと思う事がある。
 離したくなんてないのに……本当は離さなくてはいけないのではないか、と。

『オタク彼女の面倒彼氏』【クリスマス番外編2/10】オタク彼女の初体験クリスマス2

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