君にはやる気が感じられない。残業しないし、休日出勤しない

うちには働き方改革なんてない。ほかの大手で働く方がいいのではないか

 いつかはこうなるだろうと思っていた。私は覚悟していた。自分は完璧な人間ではない。ミスをしたり、あたふたと作業できず不器用な人間だ。

 電話応対をうまくできない。報告書の誤字脱字、わからないことがあったら質問しなさいと言われて質問したら他の人の作業を中断させないようにしてくれと何かそういうほどほどのことができない。

今年は仕事が取れなかったから稼げなかったし、来年から新人2人入るからとても金がかかるのよね。だからあなたにかけられるお金がない。

 だからボーナスもそんなにない、異論はないかと聞かれて私はないと答えた。うなずくしかなかった。事実だから。

 会社を辞めようと思ったきっかけは色々ある。社長に思いっきり罵倒されたことが多かったりしたが一番は私が許せないというか理解できないことがあったからだ。

 私が働いていた職場はある意味ブラックだった。

 あらかじめ社長からはうちはブラックなんだよと教えられたが内定がそこしかなかった私は働くことを決めた。

 働いた会社は中小企業の土木系。私はそこの事務職として働いていた。小さな会社だから教えられる人はなくて自力で学ぶというもの。電話応対など拙くやっていた。とにかく頑張らなければならないという状態だった。報告書などの作成をしながら社会の基本を学んでいった。

 会社の構成は年配と新人だけ。新人が中心に働くというものであった。

 残業は当たり前、休日出勤もやるべきときはやらなければならない。繁忙期のときがとても忙しいものである。

 何より私たちは社長から大きな期待をされていた。その期待に応えなければ社長から思いっきり罵倒される。

 そんな会社だった。最初のときはこういうものなのかと思いながら働いていたが、うちの会社やばくねえかと思ったのは2年目のときのことだった。

 入社してから2年目に新人が入った。3人の新人だ。どの新人も明るい表情をしていた。

 社長が大きな期待を込めてあれこれと仕事を頼んだ。難しいことでも断るわけにはいかない。新人たちは頑張っていた。

 その新人の数が1人になるとは、思わなかった。

 1人は睡眠障害に、1人は無断欠勤をして会社を去っていった。会社を去った直接の理由は人それぞれあると思うが、その原因が何かは私は知らない。

 ただ、このことについて社長はこう言っていた。就職活動の会社にこう言っていたのだ。

今度は強い新人を頼む

 新人が2人やめたのは自分のせいではない。たまたま会社に来たのが弱い新人だったからだ。自分たちが、自分たちの環境が悪いとは思ってない。もしかしたら自分たちに問題があるかもしれないという考えが一つもないことに私は恐怖した。

 若者と年配、中堅がいないこの会社は年配からの指示を強く受けている。どんなに大変だと言っても年配には届かない。根性でがんばれと返されるのが落ちであった。

 無断欠勤でやめた新人に対しては

どうせ次では成功しないだろう

 と言っていた。無断欠勤をしたときは驚いたが、今になってわかる。自分の考え方がまったく異なる人から逃げたくなる気持ちがわかる。

 残業推奨、休日出勤、なんてえらいの。仕事をたくさんする人はえらい。仕事万歳、何もかも万歳という環境が私がつとめていた会社だ。

 仕事ができない人が悪い、弱い人が悪い、残業、休日出勤をしない人は悪い人。みんなが忙しいから残業しろ、残業、休日出勤こそが仕事を頑張っているとしか見ない。それが私がいた環境だった。

 人を大切にしない企業、働き方改革ない企業に私はいた。

 人の人生は一度きりである。一度きりというのは貴重なものである。その貴重なものを壊しているのが私が勤めていた会社だ。

 私は社長にたくさん罵倒されやすかったため、すぐに会社をやめたいと思っていた。残業もあまりせず、仕事も割り振られることないため、明日も仕事できるようにあえて残業せずに配分していた。

 私が望む働き方と会社が望む働き方は正反対。正反対という矛盾を抱えたまま、うまくいくことはなかった。

 クビ宣告を受けたその日から私は転職活動を決めることにした。自分が望む働き方を求め始める。

すべてはここから始まった

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