エン様から渡された資料には以下の内容が書かれていた。


罪人の罪状は『殺人』。

ただし、その殺人は正当防衛であり、それまでの品行方正な生き方から考えれば情状酌量の余地はある。

しかし、残念なことに今の地獄では、殺人を行った者は必ず等活地獄換算で500年分以上の罰を受けなければならない。


その理由は二つある。

一つは、罪は罪である以上、それが軽減されることは何があってもあってはならないというもの。

もう一つは単純に罪人の魂を浄化するのに必要最低限な罰が『等活地獄で換算で500年』というものなのだ。

もちろん人によるため、人によっては100年で浄化が済む場合があるが、個体差などによる標準偏差を考えた場合500年以下にすると次世代に罪人の魂をそのまま残すリスクが生じるのだ。

100人中100人が確実に浄化されるためには、それだけの時間が必要というのが地獄全体の考えというわけだ。


前者はともかく後者という事情がある以上、実行された罪に対する罰を軽減することは困難であると言わざるを得ない。

それにしても……

僕は思わず独り言をこぼした。

最終試験っていうのはつまり、自分の身内相手に正確な判断を下せるかどうかが試されているんだろうな。

前の罪人しかり、今回の罪人しかり、どうしても彼らは僕の両親と重なる部分がある。

前の罪人については父の家庭内暴力、今回の罪人については母の殺人がそれぞれ重なる。

きっと、エン様はそこまで分かったうえで、罪人を選別し僕の最終試験を行っているのだろう。

僕が自分の判断の天秤を、気持ちだけで傾けないかを確認したいのだろう。

その手には乗らない。

僕が人間界で人として生きるためには地獄での睡眠時間が絶対に必要なのだ。


――何が何でも公平な判断を下してやる。

あなたが地獄の弁護人さんですか?

――はい。

対面して驚いた。

姿が見えないとは言え、思っていたよりも目の前の罪人は母と似ていた。

どこが、とははっきり言えないが、声のトーンや対面した際の物腰が在りし日の母と重なる。


……そんな馬鹿な。

あれから既に1年が経過しているんだ。

まさか母がこんなところに居るわけがない。

僕は自分の馬鹿な考えを一蹴し、罪人の話を聞くことにした。


――そもそも、僕たちを溺愛していたあの母が、僕の姿を見て『あなた』なんて言うはずがないのだ。

私、地獄というものが良く分からないので、良ければ簡単に教えていただけませんか?

分かりました。簡単に説明させていただきます。

僕はエン様からもらっている地獄案内図をもとに地獄についての説明を行う。

僕たちが裁く罪人は主に8大地獄にて罪を裁かれます。
8大地獄とは等活/黒縄/衆合/叫喚/大叫喚/焦熱/大焦熱/阿鼻を示しまして、裁定にてそれぞれの地獄に対応した罪人の地獄寿命が定められ、罪を裁かれていきます。

なるほど、基本的には等活から阿鼻にいくにしたがって裁かれる罪が重くなっていくんですね。
私の罪はどの地獄に対応するんですか?

あなたの場合は殺人ですので、等活地獄行きとなります。
罪人の魂を浄化するには最低でも等活地獄換算で500年の時を過ごさなければなりませんので、何事も無ければその罪状となりますでしょう。

なるほど、魂の浄化、とはなんですか?

つまるところ、記憶の完全消去、簡単に言えば魂のリセットです。
すべての人間は等活地獄で500年過ごせば魂のリセットが終わると言われています。
それ以上の期間の設定はあくまで過剰な処置であり、本来の罰の目的とは異なるものです。
人間界でも懲役100年以上の囚人とかあるでしょう。
あんな感じです。

なるほど、分かりやすいですね。
では、もう一つ質問です。
例えば私が等活地獄行きに決まったとして、他の地獄に罰を変更してもらった場合、地獄寿命を短くすることは可能なのでしょうか?

地獄寿命を短く、ですか?

罪人の言葉に僕は首を傾げる。

そんなことは今まで考えたことも無かった。


これまでの罪に対する罰の考え方から考えればおそらく答えはイエスだ。

罪と罰は同等でなければならないことを考えると、等活地獄は8大地獄の中で最も軽い罰だから、他の厳しい地獄に罰を切り替えるとした場合、地獄寿命を短くすることでしか罰のつり合いを取ることはできないだろう。


しかし、いずれの地獄に行ったとしても最終的には魂が浄化され、記憶が消される以上、より責め苦が楽な地獄に行くべきだと思うが、この罪人の発言の真意はどこにあるのだろうか。

――僕の方では判断いたしかねます。
一度閻魔大王様に確認を取ろうと思いますので、その後またお話させてください。

よろしくお願いします。
地獄の弁護人さん。

そう言って手を振る罪人に会釈し、僕はその場を立ち去ることとした。

残念ながら今日の僕の活動できる時間はこれでおしまいだ。

睡眠をとらなければならない。



ちょうどいい。

エン様に相談する前に少し考えさせてもらおう。

pagetop