二階の食堂の反対側には休憩スペースが備え付けられている。
 基本締め切られている窓がその場所だけは開き、喫煙者の為に灰皿も用意されたベランダへと出る事が可能だった。

 そこまで歩けば漸く蘇芳の手が離れた。
 何故か怒っている様子の彼にのんびり挨拶をしている場合でも無いと感じ、私は黙って緊張気味に彼を見る。

天領蘇芳(てんりょうすおう)

……兄さんと何話してた訳?

え、仕事の話だよ?


 先程浅葱が誤魔化してくれた用件で話を通そうとするが……

天領蘇芳(てんりょうすおう)

……仕事の話であんな表情になるもんなの?


 感情を抑えるようなその声に驚く。

私何か変な表情してた?


 良くわからなくて聞き返すが、彼の表情は曇るばかりだ。

天領蘇芳(てんりょうすおう)

……自分でわかんない訳?それともわざと言ってんの?

わざとって何言ってるの?


 意味がわからないから訊いているのにそんなように言われては私だって良い気分では無い。

蘇芳、何に怒ってるの?ちゃんと話してくれなきゃわからないよ


 イライラしてくる気持ちをどうにか静めようと冷静に問い掛けようと務めるけれど……

天領蘇芳(てんりょうすおう)

怒ってない


 そんな言葉が返って来て結局イライラしてしまうだけだった。

怒ってないって明らかに怒ってるじゃん

天領蘇芳(てんりょうすおう)

別に怒ってない

……本当にどうしたっていうの?


 何時も通りならこんな空気にはならないよう、気を付けるのが蘇芳だ。
 様子が可笑しいのは明らかだった。

意味がわからないよ……


 そう思えば悲しくなってくる。
 これ以上彼とこうして向かい合って問答を続けるのは耐えられなかった。

……ちゃんと話す気が無いなら私は行く。この後仕事もあるんだから


 突き放すように言って、身体の向きを変えた。

 普段なら向かい合って別れを惜しむのに、今はそんな気持ちにはなれなかった。

 そんな私に蘇芳も何も言わない。
 そうして気不味い空気感の中で別れる。

 この後一緒にやる仕事が無いのが救いだった。

 仕事をしている時は気が紛れたけれど、終わってしまえば一気に憂鬱な気持ちになる。

 時間が経った事で私も冷静になり、彼に対する自分の対応にも否があったとは認識したものの……気持ちが明るくなる訳では無かった。

今まであんな喧嘩別れみたいな事にはならなかったのに……

 仕事で離れている間に何時もなら頻繁に交わしていたラインも今日ばかりは開く事さえしていない。

蘇芳……何考えてたんだろう?もうちょっと私も冷静に訊けたら良かったんだろうな…………

 思うのは後悔ばかりで普段なら一、二分で終わる帰り支度にも五分位掛かってしまっていた。

 あれから会話は無く、帰りの約束について話す事も無かった。
その為に待っているかも知れないと思って出入り口へと向かうが、階段を下りる足取りは重い。

 それでも階段を選んだのは彼との待ち合わせを遅らせたいと無意識に考え、自分のペースで行ける方を選択したからかも知れない。

 とはいえどの道一階に向かっているのだから何時までも階段が続いている訳も無い。
 数分経てばしっかりと到着してしまった。

蘇芳は……

 辺りを見渡してみるが、一階フロアのどこにも彼の姿は無い。

あんな風に別れたら……そりゃ来ないよね

 そう理解しながらも気分は落ち込んでしまう。

……このまま帰ろうかな


 しかしそう思ってみても何となく動き難くて、結局私はフロアにある椅子に腰を下ろした。

後十分位経っても来なかったら……帰る

 腕時計を見ながらそんな事を思った。

 それから五分が経過する。

……やっぱり来ない、かな

 不安になってきて何度も時計を見た。
 そんな時……

 見知った着信音が鳴り響き、画面に映る名前も大して確認しないまま通話ボタンを押していた。

もしもし、蘇芳?

天領蘇芳(てんりょうすおう)

……っあ、えっとプロデューサー?

 電話相手は間違い無く蘇芳で、何だか驚いている様子だった。

天領蘇芳(てんりょうすおう)

ちょっと遅れるから電話したんだけど……後二十分位待ってられる?

あ、うん

 来ないと思い掛けていたからその言葉に安心し、私はすぐに頷いた。

天領蘇芳(てんりょうすおう)

それじゃあなるべく急いで行くから、待ってて

うん

 思ったよりも真摯に返された言葉に嬉しくなりながら通話を切れば、喧嘩別れ等無かったように微笑んでしまったのだった。

『Fratello』【クリスマス・天領蘇芳誕生日番外編8/21】譲れないもの8

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