水が沸騰してお湯がゆっくりと管を通って上がっていく。上に上がったお湯はコーヒーの粉が積まれた容器の中に注がれた。すると、お湯とコーヒーの粉が混ざり合って見た事がある飲み物になっていた。

 しばらくして火を止め容器を取り出す。次第に上の容器から下の容器にコーヒーが流れていった。

 上の容器を取り外し、コーヒーをカップに注いで出来立てのコーヒーを目の前に置いた。いい匂いだ。普段は甘いコーヒーしか飲まないけれど口をつけた。

矢吹 紬

やっぱり苦いや


 やはり慣れてないブラックコーヒーは飲みにくい。けれど、砂糖やミルクを入れるのはもったいない気がした。

水野 エリナ

ブラックは苦手かしら


 女性店員は私の顔を覗いていた。

矢吹 紬

あっ、ごめんなさい。せっかく入れてくれたのに、苦いのが苦手で

矢吹 紬

でも、店員さんが入れたコーヒーは味を変えたくないです

 私は慌てて言い訳をした。その時、女性店員の胸元に水野と書かれたネームがあることがわかった。

 水野は何か思ったのか「ちょと待っててね」と言い残し、厨房へ向かう。厨房から戻ってくるとチーズケーキを持ってきた。

矢吹 紬

あの、これって

水野 エリナ

サービス、あなたにコーヒーを好きになって欲しいから

矢吹 紬

ありがとうございます

水野 エリナ

チーズケーキと一緒に飲んでごらん。少しは好きになれるから

水野 エリナ

もしそれでもダメだったら、砂糖とミルクを入れてね

矢吹 紬

はい

 私は言われるがまま出されたチーズケーキを一口食べた。

 ヨーグルトの味がする?

 普通のチーズケーキと思って食べたらヨーグルトの味がした。さっぱりした甘さで食べやすくレモンの風味がした。クリームチーズとヨーグルトが良い感じにバランスがとれていて美味しかった。

矢吹 紬

ヨーグルトが入っているんですね

水野 エリナ

ええ、手作りなの


 もしかして、このチーズケーキは水野さんが作ったのかな、どうしたら美味しいチーズケーキを作れるんだろう。

矢吹 紬

あの、このケーキは水野さんが作ったんですか?

水野 エリナ

そうよ。クリームチーズとヨーグルトを混ぜて簡単に作っただけだけどね

矢吹 紬

そうなんだ、すごいですね

 簡単に作れると言ったけど実際にやってみると難しいんだろうな。

 ケーキ作りの手順を聞いても余り理解できないまま、コーヒーを飲んでみた。すると最初に口にした時と違う味がする事に気が付いた。

矢吹 紬

あれ? さっきより飲みやすい

水野 エリナ

良かったわ。それじゃゆっくりしてね

 水野は会計をしに来たお客の対応に行った。レジを打つ姿を私はじっと見詰めていると目が合った。目が合うとすぐに目をそらしてコーヒーを啜った。

 胸がドキッとした。

 緊張した時のドキッとも違う。

 ビックリした時のドキッとも違う。

 この感じはなんだろうか、コーヒーとチーズケーキを頂きながら考えていた。しかし、いくら考えても答えは出なかった。

 食事を終え会計を済ませようとレジに向う。水野さんが対応してくれたが、このまま店を出るだけなのに何故か心残りがあった。

矢吹 紬

あの、また来ても良いですか

水野 エリナ

もちろん、いつでも歓迎していますよ


 笑顔で答える水野を見ても心残りが消えなかった。

矢吹 紬

……あの

水野 エリナ

はい

矢吹 紬

――っう


 言葉か詰まった。何か伝えたかったのだが、言葉が浮かばない。けれど、浮かばないで良かった。ちゃんと納得した言葉を伝えたいと、いけない気がしたからだ。

矢吹 紬

いえ、何でもありません。美味しかったです。また来ます

水野 エリナ

そう、ありがとう。今度はコーヒー美味しく飲めると良いね

矢吹 紬

あっ、そうですね。アハハ

 良く分からない感情のせいだろう。私は逃げるように店から出て行った。後ろを振り向かず家に一目散に帰った。

 家に帰るとスマホであの喫茶店の事を調べていた。

矢吹 紬

水野珈琲店って言うだ

 スマホの画面に立ち寄った喫茶店の情報が載ってあった。そこにはメニューの写真や店の外見を写した写真など、感想、レビューが書かれていた。

 矢吹は画面をスクロールしてレビューを読んでいくと、料理が美味しかったです。内装がレトロで良い感じ! とレビューが書かれ評価もそこそこあった。

 しかし、モヤモヤっとした物は何だろう。私の中に残っている。それが何かはわからない。もう一度アノ喫茶店に行けばわかるだろうか。

矢吹 紬

へえ、カレーが美味しいんだ。次行くとき食べてみよう

始めは一杯のコーヒーを(2)

facebook twitter
pagetop