【2033年、イバラキ。ヒト腹創】

 ジョーカーは良い男だった。そこに憧れを抱いたのはたぶんボクだけじゃないと思う。

みれい

お~いみんなぁ~! 『ババ抜き』しよ! 『ババ抜き』!

タタミ

わたしもやる!

楽々

みんなでやろうよ!

みれい

ジョーカーさんも一緒にやろう! ほらほら、祈ねぇも!

はいはい!

ジョーカー

ババ抜きか。懐かしいね。


 ――数少ない娯楽を、ジョーカーとボクらは共有した。春の高い空の下、皆で一緒に。

 その日、ジョーカーが用で街を離れた時の事だった。

 空を舞う船から黒マスクの軍団が一斉に降りてきた。手に持った火炎放射器が容赦なく街に火を点けていく。

『化けクリ』メンバーが各個撃破に向かった。その火を抑え込もうと皆が奔走する。ボクは言い知れぬ嫌な予感に自宅へ急いだ。戻ってきたボクの前でソレは行われた。

 崩れ落ちた我が家の上で『祈』姉ちゃんの胸に深々と剣が突き立てられている。死に逆らうように血の奔流が迸っていた。

歯車フォーチュン

脆いねぇ。軽く力を加えただけで、ヒトは命を垂れ流す。


 姉を刺したのは、――鳥仮面の男『フォーチュン』だった。

 笑い、のけ反り、彼は訴えた。仮面の下に大きな半円を描いて。

 姉は目を剥きビクリ、と地を跳ねる。
 たどり着いたそこに在ったのは、――ただの屍だった。

歯車フォーチュン

覆水盆に返らず。命とはそういうモノだよ。溢れた命は決して元に戻らない。


 仮面の鼻を掲げフォーチュンが声を上げる。フォーチュンはボク達姉弟(きょうだい)を嗤っていた。

 全てが燃えている。全てが、この世界から果てようとしていた。



 終わりを告げる世界の先から、独りの影が歩んでくる。一歩ずつその逞しい身体を前へと進ませていた。

 彼はその鋭い刀でこの街を滅ぼした男を追い払った。その力強い、引き締まった腕は幼い頃から憧れていた『父さん』のモノ!

 ボクの顔の先へ『父さん』はその逞しい腕を伸ばした。

『父さん』は包容力を抱(いだ)いた笑みでボクだけを見ていてくれた。

ジョーカー

……私を父と呼ぶなら、おいで私の元へ。


『父さん』はキメラの血を浴び緑色に染まったボクを見て、こう言ったんだ。

ジョーカー

緑色のキミ。私の、……『グリーン・ブラザー』。

【2033年、イバラキ。言霊みれい】

 街が燃えていく。私達の守ってきた街が、ほんの数時間前まで人の居た街が、全てを赤く染めていく。辺りには逃げ惑う人の姿すら無かった。

 創の姿も祈ねぇの姿も見当たらない。

 ヒタチナカの皆を救おうと燃え盛る街を奔走した。けれど救えたのは数人で、数匹で、それでも満身創痍、帰ってきた我が家に居たのは創でも祈ねぇでも無かった。

 這いつくばり彼はただただ我が家を漁っていた。

歯車フォーチュン

創くんはアノ男が連れていったか。なら仕方ない。私はこれで我慢するとしよう。


 クマ型のキメラが剛(たけし)おじさんを運んでいた。『歯車フォーチュン』はキメラ達におじさんと私達の家財を運ばせている。

歯車フォーチュン

ついでにサンプルもモラッテいこうかな?


 奴は、冷凍保存された『奈久留』にまで手を掛けようとした。彼女の棺を持ち上げようとしている。

『化けクリ』全てのキメラは、『フォーチュン』のキメラと交戦し傷ついていた。黒マスクの軍勢によって、楽々も、タタミも傷を負い疲弊していた。誰も動けなかった。

みれい

助けて、


 縋った。世界の誰かと同じように私は命を乞うた。

みれい

助けてよ。


 思わずその名を呼んでいた。救いのヒーローの名を私は呼んだ。

みれい

助けてよ、『緋色』――!!


 おぼろげに、でも徐々にはっきりと紅い炎に影が映る。『フォーチュン』の高い背に引けを取らないそのヒトが『フォーチュン』の厳つい肩に手をかけていた。

そいつは俺のオンナだ。手を触れないでもらおうか。


 それは『ジョーカー』ではなかった。炎から現れたヒトは、右肩の付け根から完全に腕を無くしている。義手すら持たないその片腕のヒトを私は知っていた。

歯車フォーチュン

――オマエは何者だ?


 自身を押し退けた彼を見上げ『フォーチュン』が言い放つ。

 彼は語った。炎の赤に負けない、優しさに満ちた笑みを浮かべて。その背に担いでいたのは農業用の鍬(クワ)だった。

緋色

『泉緋色(いずみ ひいろ)』大した者じゃない。ただの、――『泉奈久留(いずみ なくる)』生涯の伴侶だよ。

【第6話】赤い炎の中に。

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