【2033年、イバラキ。ヒト腹創】
【2033年、イバラキ。ヒト腹創】
『ペスト』のワクチンは未だボクらの手に無い。フォーチュンが扱う『ペスト』により強い耐性を得られるよう、ボク達はより良い食事を選んだ。その管理担当をボクは実の姉『祈(いのり)』に任せた。
みんなぁ、お夕食出来たよぉ!
姉の言葉と温かな食事に皆が喜ぶ。日々の少ない資金からひねり出した究極の贅沢が、姉の手料理だった。
わぁい♪ 祈(いのり)大好きぃ♪
祈(いのり)! 私の嫌いなもの入れてないでしょうね?
それはどうかなぁ?
姉は笑いながら『楽々(らら)』の疑惑を否定しない。
総隊長~、『祈』がイジメルよぉ~!
そしてボクへの報告(ちくり)だ。本を片手に『楽々』をあしらう。貴重な食料を味わう為にボクも自身の席へと向かった。
今回はわたしも一緒に作った。
た、タタミが? あ、あんた料理なんか出来たわけ?
えへん!
と、『タタミ』がその幼い胸部を強調する。
頑張った。みんなぁ、いっぱい食べて大きくなぁーれ♪
タタミは寡黙な表情で手を大きく広げる。その頬に付いたチーズがつまみ食いの産物であることは疑いの余地がない。
まぁ、あんたが一番小さいけどね。
楽々の言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、手を広げたままのタタミは尚も頬を動かしている。
それは、私も呼ばれていいのかね?
建屋の柱に背を預けていたジョーカーがそう口にした。
はい! ジョーカーさんも是非食べていってくださいね♪
ジョーカーが姉の言葉へ寡黙に微笑む。ボクは前々から聞きたかった事を彼に問いかけた。
ジョーカー、その腕はかなり前からソレなのかい?
……ほう。これに気づいたのか、キミは。
まだ家族にも気づかれていなかったんだがね。
と、義手を手直しジョーカーが困ったように微笑んだ。
腕のいい技師にやってもらった。もうかなり昔の話だ。
良い人に直してもらったんだろう。思い出すようにするその横顔は、とても優しいものだった。
みれい。何を書いているの?
食事を終えたみれいを追って、タタミがバラック奥の薄汚れたPCを覗き込んでいる。
う、うわ! ちょっとタタミ覗かないでよ!
なになに、『……戦士は独りだった』って、 みれい小説書いてるの?
その反対側から楽々が覗き込む。みれいが必死に隠すがこんな小さな家では隠せるものも隠せない。
観念してみれいは手を上げた。
あ、うん。私バカだけど、ちょっと夢だったりしたんだよ。
……小説家。
と、か細い声で、いじいじと指を弄りながら『みれい』が話した。
それであのおっさんを主人公に? 何てタイトルなの?
みれいの背もたれを揺らし『楽々』が嬉々として訊ねる。その言葉に頭をかいてみれいは応えた。
ははは、こんなのどうだろ。
乾いた笑い。バラック端の光在るダイニング、そこで黙々と食事を摂るジョーカーを見てみれいが話した。
たった1人で闘い続ける戦士を謳った話なの。……『独りの戦士』って云う。
それは幼馴染である、彼女の一抹の夢だったのかもしれない。自身の文字を眺めるみれいの瞳は、PCの照り返しを受け誰よりも煌めいていた。